訃報

元学長 有江 幹男(ありえ みきお) 氏(享年89歳)

元学長 有江 幹男(ありえ みきお) 氏(享年89歳)

 第12代学長 名誉教授 工学博士 有江幹男氏は,平成21年11月21日,午前4時4分,かねてより病気療養中のところ,満89歳でご逝去されました。ここに生前のご功績を偲び,慎んで哀悼の意を表します。
 同氏は,大正9年7月30日,夕張郡夕張町(現夕張市)に生まれ,昭和20年9月北海道帝国大学工学部機械工学科を卒業され,同年11月同大学講師に採用,同22年12月同大学工学部助教授に昇任され,同35年2月同大学工学部教授に昇任されました。この間,昭和30年8月MASTER OF SCIENCE(米国アイオワ大学)及び同34年12月工学博士(九州大学)の学位を授与されています。
 その後,昭和42年6月から同44年5月まで評議員,同47年4月から同49年3月まで学生部長・評議員,同52年4月から同56年3月まで工学部長・工学研究科長・評議員にそれぞれ併任され,同56年5月北海道大学学長(第12代)・評議員・北海道大学医療技術短期大学部学長に就任,2期6年にわたり在任され,同62年4月30日限りで任期満了により退官,同年5月北海道大学名誉教授の称号を授与されました。在任中の昭和58年5月にはマサチューセッツ大学名誉工学博士を授与されています。
 本学退官後は,昭和62年5月から同63年3月北海道東海大学教授,同63年4月から平成4年3月大学入試センター所長,平成4年4月から同5年3月北海道工業大学教授・同大学学長代理,同5年4月から同10年3月同大学学長,同9年5月から同21年5月学校法人北海道尚志学園理事長,同21年5月から同法人名誉理事長を歴任されました。
 氏は,長年にわたり,機械工学とくに流体工学,流体機械に関する教育,研究に従事し,多くの研究者,技術者の養成に努めると共に,我が国機械工学の発展に貢献されました。
 研究面においては,流体抵抗の生成機構の解明とその制御,物体後流の乱流構造,流動現象の全体的把握を目的とする流れ可視化法,気液及び固液二相流などの研究に先駆的業績を挙げ,流体機械の分野においては,遠心形ターボポンプの軸推力測定法に新しい道を開き,キャビテーション性能と空気混入によるその制御,低揚程気泡ポンプの性能向上,人工心臓弁の流体力学的特性評価など,広い分野にわたる実用的研究を推進し,多大の成果を挙げられました。
 さらに,夕張市夕張川二股ダムの自動門扉に関する模型実験,様似町幌満川第2発電所水車の出力増加計画などの技術指導を行い,また,冬季オリンピック札幌大会の開催に際しては,大倉山シャンツェの気流に関する風洞実験を行ってその改修指針を与えると共に,真駒内公園屋外競技場の気流分布,札幌市営地下鉄スノーシェルターの風圧分布に関する風洞実験を実施するなど,地域社会の科学技術上の発展にも多大の貢献をされました。
 昭和49年4月には「せん断流における物体周辺の流れに関する研究」により,日本機械学会論文賞を受賞され,また,昭和60年6月アイオワ大学から特別功績賞を授与されました。
 北海道大学にあっては,昭和47年4月から2年間,学生部長として,いわゆる大学紛争の余波が続く中で,大学の正常化に尽力され,また昭和52年4月より2期4年間にわたって工学部長として同学部の管理運営に尽力され,附属直接発電実験施設の設置など,同学部の発展に貢献されました。
 昭和56年5月から第12代北海道大学学長として,本学の管理運営にあたると共に,本学の発展,整備充実に寄与されました。とりわけ,国際交流の充実発展をはかるため,北海道大学国際交流基金を設立し,学術交流を促進する機能を果たす「学術交流会館」を建設(昭和60年)されたことは誠に大きな功績であり,さらに外国人研究者等の招へい及び受け入れのため,外国人教師等宿泊施設の増設に尽力されました。また,コーネル大学(昭和57年),ミュンヘン大学(同57年),北京鋼鉄学院(同61年),アラスカ大学(同61年),ウィスコンシン大学(同62年)との間に大学間協定を締結し,研究者及び学生の相互交流の推進を図られました。
 一方,行財政改革など財政の厳しい状況の中で,教養改革については,学科目の大講座化,言語文化部庁舎の建設等着実に成果を挙げ,学内共同教育研究施設として,「遺伝子実験施設」を設置し,バイオテクノロジー研究等の基盤づくりに尽力されました。その他,第2体育館,準硬式野球場,附属図書館の設置・増築,おしょろ丸(4世)代船建造等に尽力されました。
 さらに,大学教育の地域住民への開放という基本的理念に基づき,昭和58年度から実施の国立大学共同利用機関「放送教育開発センター」の委嘱による北海道大学放送講座の開設に尽力し,道民への放送による生涯教育の道を開かれました。
 北海道大学学長在任中は,国立大学協会第6常置委員会委員及び委員長として,大学の財政問題,定員問題,教官等の処遇改善などについて,関係機関に働きかけ,その改善にあたられました。そのほか,大学設置審議会委員,大学入試センター評議員,財団法人大学基準協会理事,国立極地研究所評議員,北海道総合開発委員会委員,北海道先端技術推進会議委員,財団法人北海道未来総合研究所顧問等を歴任され,さらに,北海道大学工学部教授在任中には,北海道生産性本部副会長,北海道科学技術審議会委員,学術審議会専門委員,札幌オリンピック冬季大会組織委員会科学技術専門委員等を歴任され,教育行政・地域社会及び学術奨励等に多大な寄与をされました。
 任期満了により学長を退職後は,昭和63年4月に入試センター所長に就任され,最後の「共通第1次学力試験」を無事終了させるとともに,第1回「大学入試センター試験」を実施されました。さらに,私立大学の大学入試センター試験の利用拡大を実現し,この試験制度の定着に多大の貢献をされました。また,キャプテン通信網を利用する大学進学情報提供(ハートシステム)を開始されました。
 学会関係では,社団法人日本機械学会において,庶務理事,編修理事,北海道支部長,副会長を務め,名誉員に選出されました。また,ターボ機械協会の副会長,社団法人日本油空圧学会の評議員を務められました。
 平成5年4月からは北海道工業大学学長として,同大学の管理運営と発展に懸命に尽力され,平成9年5月からは学校法人尚志学園理事長,平成21年5月からは同法人名誉理事長として,同法人の発展に寄与されました。在任中には,北海道天然ガス利用促進協議会会長,北海道日米協会会長等を歴任され,北海道の発展,国際交流に尽力されました。
 以上のように,同氏は,大学における教育ならびに学術の発展に多年にわたり尽力すると共に,学生部長,工学部長として,大学の枢機に参画し,管理運営に尽力され,さらには学長の枢要な職にあって,国際交流の推進,教育研究上の諸組織の整備充実など,北海道大学の発展に多大な貢献をされました。また,大学入試センター試験の実施準備段階から中心的な役割を果たし,この制度の定着化に向けて大きく貢献され,我が国の高等教育の発展及び地域社会への寄与ならびに大学入試改善に果たした功績は誠に顕著であり,平成7年11月に勲一等瑞宝章を受章されました。
 また,平成9年9月には,学術の振興と北海道総合開発の推進などの分野で長年にわたり献身的な努力を重ねられ,優れた識見と卓越した指導力をもって,北海道の発展に大きく貢献された功績から,北海道開発功労賞を受賞されました。
 ここに先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。

(工学研究科・工学部)


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