第18代北海道大学総長就任にあたり,皆様へのご挨拶とともに,私の抱負と決意を述べさせていただきます。
大学は変わりつつあります。9年前の大学法人化は,1960年代末の大学紛争でも変わらなかった大学を大きく変化させました。各大学が個性的な教育・研究理念を掲げ,独自の経営戦略を持つことが求められたのです。この間,北海道大学でも,様々な改革が実施されました。総合入試の導入や創成研究機構・高等教育推進機構の設置,また今年度に開校される「新渡戸カレッジ」などがその例です。そして本当の試練は,3年後に迫った第3期中期計画から始まります。そこで大学の差異化が本格的に始まることは確実です。国立大学の多様化と機能分化の時代,つまり大学の個性が本当に試される時代になります。
しかし,大学に変革を強いているのは,より大きな社会状況の変化です。大学の法人化はそのきっかけにすぎません。社会状況の変化の第1は,本格的な国際競争の時代に大学が突入したということです。日本国内の評価や序列はもはや通用しません。国際的な研究がどれほどなされているか,国際社会に有為な人材をどれほど輩出しているかが問われています。変化の第2は,社会や産業界との新しいレベルの協働が求められている点です。大学単独で教育・研究を担うのでは,日本社会は国際競争に勝ち残れません。社会と連携して研究し,社会と協力して教育することが求められています。大学の研究成果をより迅速に社会に還元すること,学生が多様で複雑な国際社会で活躍するための力を育成することが急務です。変化の第3は,地域社会との高いレベルでの連携が必要となっていることです。北海道全体の教育・研究資源を本学が活用し,他方で,本学が北海道の文化・教育・産業・経済の発展の推進力となる必要があります。
このような状況変化に対応するために,私は,北海道大学運営に臨んで,3つの理念を掲げます。第1に大学の原点としての「多様性」,第2に改革の方向としての「個性を持った総合力」,そして最後に,大学という組織が維持すべき「寛容」です。
大学が他の研究組織と異なるのは,教育・研究の多様性です。大学以外の研究組織は,特定の研究課題やプロジェクトに資源を集中させますが,大学は,多種多様な研究・教育に取り組みます。これは大学の強みです。一見地味な研究を継続的に進めることは,大学における「研究の幅」を広げ,思いがけぬ大きな成果をもたらすことを可能にします。「多様性」が大学の教育・研究の原点です。
大学は個性なしに生き残れない時代になりました。それは,個々の教員や研究集団の個性ではなく,大学全体としての個性です。大学が個性を発揮するためには,個々の研究や研究集団を緊密なネットワークで連結し,さらには,社会(産業界や政府,国際機関)と協働する体制を築かなければなりません。私はこれを「個性を持った総合力」と呼ぼうと思います。
私は数学者です。マセマティクスは,元来ギリシャ語で真理へ至る「4つの道」を指します。算術,幾何,音楽,天文学がそれです。算術は数を解明し,幾何は形を解明し,音楽は調和を解明し,天文学は神々の営みを解明して,それぞれが協力して真理に達するという訳です。一つの方法だけが真理に至る道ではないのです。他者の方法への敬意が必要なのです。しかし,他者への敬意だけでは,「寛容」とは言いません。寛容とは,異なる意見を持つ他者,考え方がまったく違う他者との共存を求めるものです。寛容は,絶えざる意識的努力を必要とします。しかし,それなしでは,本当の意味で自由な組織は成立しません。北海道大学がこれからも自由で,かつ生産的な大学であるためには,強い意志を持って「寛容」に耐えうる組織となるべきです。
この3つの理念を,私は,5つのミッションによって具体化します。
第1のミッションは,北大人のキャリア・デザイン力の強化です。大学の基本的使命は人材育成です。学生の教育がその原点です。しかし,私は,研究者,職員を含めた広い意味で,「人材育成」を理解しています。学生,大学院生,若手研究者,職員が,自己の人生の制度設計を行い,実現に向けて体系的,継続的に準備を進める力,「キャリア・デザイン力」を育成します。それは,一方で,新しい段階の国際競争の中で国際化対応力を強化することであり,他方で,社会と連携して人材育成をすることです。
国際化対応力の強化に関しては,現在進展中の2つの構想,「新渡戸カレッジ」,「現代日本学プログラム」を推進します。これにより,学生の海外派遣の飛躍的な増大,英語による講義,演習の大幅拡充,外国人留学生と日本人学生との制度的交流,「バイリンガル・キャンパス」が実現されます。そして「新渡戸カレッジ」の大きな特色は,同窓会との協力・協働による教育です。社会の第一線で活躍する本学同窓生がカレッジ生の教育に参画します。これは全国初の野心的な試みです。
大学院生を対象として「キャリア・パス」を構築します。博士課程の学生に対する教育を産業界と協働で進めます。これにより,本学の教育力が増強され,博士課程修了者の門戸も拡大します。
大学は,研究の継承・蓄積を制度的に保障する組織です。イノベーションは安定した研究基盤の上で実現します。ノーベル医学・生理学賞を受賞された山中伸弥博士も指摘されるように,現在日本でその基盤が弱体化しています。短期任用の博士研究員や特任教員に依拠する研究の在り方には大いに問題があります。将来のキャリアに不安を覚えながら研究に打ち込むことは困難です。テニュア・トラック制度の抜本的拡充など,若手研究者育成制度を全学的に普及させます。
現在の研究は,研究者だけでなく,支援スタッフも含めた総合力が問われます。今後の大学は研究集団の組織力が勝負となります。学術専門職から短期任用職員まで,職員の「研究力量」の増強を推進します。
第2のミッションは,国際社会をリードする先端科学技術の研究を推進するというものです。そのキーワードは「時間」です。研究者に「創造的時間」を確保することが急務です。信頼できる調査によれば,大学法人化前の2002年と法人化後の2008年では,国立大学における研究者の研究時間が11%も減少しています。法人化前は活動時間の半分を研究に充てることができましたが,2008年には,4割の時間しか研究に割けていません。
半面,大学運営に割く時間は増大しています。大学運営を効率化し,教育の質を維持しつつ研究時間を増大させることが,大学の研究力を保証する最大の課題なのです。
産学連携に関しても,「時間」の問題を解決する必要があります。従来は個別の研究プロジェクトごとに大学と企業が守秘契約を締結し,知的財産権の問題を解決した上で,研究成果の事業化を進めてきました。これを組織対組織の長期的かつ対局的な協働研究とし研究成果を世の中に還元することを優先させることが急務です。場合によっては,研究成果の迅速な事業化のために,本学での特許出願を行わず,事業化を進める企業にその知財化を全面的に委ねることも行います。これは,煩雑な知財権の交渉を経ないため,企業にとって大きなメリットです。つまり,研究成果の社会還元の「時間」が短縮されるのです。これを実現すべく,平成25年度には約1万m2の大型産学連携拠点を北キャンパスに新たに建設し,新しい形の産学連携を進めます。
本学独自に重点領域研究を定め,総予算の1%(7億円)を戦略的に運用するという私の提案も,単なる研究費の配分ではなく,各大学職員の教育研究活動意識を活性化し,社会における大学の存在意義という観点から研究活動を見直し,独創的な研究活動に専念する時間を確保するためのシステム構築が一つのねらいです。
第3のミッションは,安心して働ける職場環境の構築です。まず大学の財政基盤を強化して,教員の定年を65歳に引き上げます。有期雇用職員の待遇を改善するとともに,力量ある有期雇用職員を正規雇用職員として雇用する道を拡大します。さらに女性研究者・職員支援制度を拡充するとともに,すべての職員のワーク・ライフ・バランスを推進します。
第4のミッションは,オール北海道体制の構築です。現在進行中の道内7国立大学法人との教育・研究連携を進めるとともに,道内大学・試験研究機関,産業界との共同研究を推進し,教育・研究のオール北海道体制を構築します。
第5のミッションは大学経営力の強化です。運営費交付金中心の大学運営(現在の比率は39%)を改善し,財源の一層の多様化・多角化を図ります。その結果,外部資金比率の抜本的増大を目指します。また,情報を(人,設備・施設,予算に続く)第4の経営資源として位置付けます。本学の経営資源と強いブランド力を積極的に活用するために,情報の収集と発信を一元的に担う体制を整備します。
以上,私が今後4年間北海道大学の総長として取り組むべき基本課題と考えるものです。私はこれらの諸課題に全力で取り組む所存です。もとより非力な私一人でこれらの難問を解決することはできません。総長就任にあたりまして,あらためて,皆様方のご理解とご支援を賜りますようお願い申し上げて,ご挨拶に代えさせていただきます。
略 歴
生年月日 | 昭和26年1月12日 | |
昭和48年3月 | 京都大学理学部卒業 | |
昭和50年3月 | 名古屋大学大学院理学研究科修士課程修了 | |
昭和53年3月 | 京都大学大学院理学研究科博士課程修了 | |
昭和53年3月 | 理学博士(京都大学) | |
昭和53年4月 | 北海道大学理学部助手 | |
昭和59年7月 | 北海道大学理学部講師 | |
昭和63年4月 | 北海道大学理学部助教授 | |
平成5年11月 | 北海道大学理学部教授 | |
平成7年4月 | 北海道大学大学院理学研究科教授 | |
平成11年4月 | ![]() |
北海道大学総長補佐 |
平成13年3月 | ||
平成13年6月 | ![]() |
北海道大学評議員 |
平成15年5月 | ||
平成16年4月 | ![]() |
北海道大学役員補佐 |
平成19年3月 | ||
平成18年4月 | 北海道大学大学院理学研究院教授 | |
平成19年4月 | ![]() |
北海道大学大学院理学研究院長・理学院長・理学部長 |
平成23年3月 | ||
平成23年4月 | ![]() |
北海道大学理事・副学長 |
平成25年3月 |