3月1日(土)・2日(日),メディア・コミュニケーション研究院主催の国際シンポジウム「北海道における多文化共生:その理念と実践」を本学で開催しました。本シンポジウムは,科学研究費補助金基盤研究(B)「北海道におけるサハリン帰国者の役割」と本研究院の共同研究“Multilingual and Multicultural Research”という2つのプロジェクトの一環として企画したものです。
北海道は,日本の他地域と比較して外国人労働者などのエスニック・マイノリティが少ないというイメージがあるかもしれませんが,実は先住民や移民,帰国者(引揚者)などさまざまなバックグラウンドを持つグループが存在します。本シンポジウムのねらいは,北海道の多民族・多文化に関する研究者とそれぞれのエスニック・マイノリティ・グループの活動家が一堂に会し,イギリスや韓国の事例と比較しながら,討論を通じて北海道の多文化共生の特徴を明らかにすることにありました。
1日目の第一部では,「イギリスにおける東ヨーロッパからのロマ移民」というテーマでイギリスのSylvia Ingmire 氏(Roma Support Group)による基調講演が行われました。講演では,イギリスにおけるロマ民族の歴史や現在の状況,差別の問題やこのマイノリティグループの権利を守り,生活支援しているロマサポートグループの活動について紹介されました。その後,メディア・コミュニケーション研究院の濱井祐三子准教授と大学院生の千葉美千子氏が,イギリスの移民政策におけるロマ民族の問題や日本におけるロマ民族のイメージについて討論しました。
ロマサポートグループは,10年前に設立され,講演したSilvia Ingmire氏はその設立者であり代表を務めています。実は,こうした彼女のイギリスにおける活動は,16年前の留学先であった北海道のアイヌ文化教室の活動からスタートしています。北海道の多民族状況というと,まずアイヌ民族のことが思い浮かびますが,彼女の活動はこの教室から大きな影響を受けているそうです。
第二部では,清水裕二氏(少数民族懇談会)がアイヌの権利回復及び文化復興運動における多様性について発表しました。次に,日本国内で外国人マイノリティとしてもっとも長い歴史を持つ在日コリアンの教育の実態や,高校無償化政策の対象外になっている在日コリアンの民族学校の現状について,李 紅培氏(北海道朝鮮初中高級学校・民族教育対策委員会委員)から報告がありました。こうした実践者による発表の最後として,近年に日本人として帰国しながらも,実は多種なアイデンティティを持つ中国帰国者の佐藤千恵子氏(市立札幌大通高校)とロシアからの帰国者である降旗多陽子氏(メンタルサポートセンター)が日本の社会への統合の問題などについて発表しました。実践者の報告に続き,音楽評論家の松村 洋氏が日本各地のヘイト・スピーチに対する対抗アクションについて紹介し,最後に本学の兎内勇津流准教授(スラブ研究センター)と大学院生の宇山小夜・鳰 貴子の両氏(国際広報メディア・観光学院)がそれぞれ札幌市における多文化・多言語図書館サービスとその可能性について,札幌市と函館市で暮らす外国人児童の教育支援に取り組むNPOの活動を中心に発表しました。
2日目は,「トランスナショナルなエスニック・マイノリティとしての本国帰国者」をテーマにして中国・サハリンからの帰国者に関する研究発表,活動報告を行い,実際の経験談を伝える場を作りました。具体的には,南 誠(梁 雪江)助教(長崎大学)が「トランスナショナルな中国帰国者」,中山大将研究員(スラブ研究センター)が「サハリン帰国者の歴史的背景」,玄武岩准教授とパイチャゼ・スヴェトラナ研究員(以上メディア・コミュニケーション研究院)が「サハリン帰国者の日韓露のトランスナショナルなアイデンティティ」と題して研究発表し,中国帰国者とサハリン帰国者の多文化間的な存在を明らかにしました。自らが帰国者である須田百合子(日本サハリン協会)は残留・帰国の経験談を交えて,現在のサハリン帰国者の生活状況や日本への帰国の成功点や悩みについて興味深い話を披露しました。最後は,日本と韓国で帰国者の支援を行っている北海道中国帰国者支援・交流センターの向後洋一郎支援・相談員とKorean International Networkのイウニョン幹事が,それぞれの国の帰国政策や支援活動について発表しました。両国の政策・支援の共通点や相違点が明らかになることで,今後交流や経験の交換が可能になると期待できます。このように,研究と実践の視点から帰国者の問題を分析することによって,マイノリティとしての「帰国者」の存在が明確になり,彼らへの支援の在り方も見えてきたと言えるでしょう。
2日間のシンポジウムにはどちらもたくさんの参加者が集まり(1日目は80名以上,2日目は約50名),熱心に発表者の話に聞き入っていました。また,講演後の質疑応答時には多くの質問が寄せられ,盛況のうちに終了となりました。