【特集2「応える」―知のフィールド―】

北方生物圏フィールド科学センター七飯淡水実験所


七飯淡水実験所内の飼育施設。実験所全体で12種19系統ものサケマス類を維持する。


社会のニーズに応える実験所を目指して

北海道大学が有する2つの淡水実験施設のうちの一つ、七飯淡水実験所。
1940年に設立され、80年余りの歴史を持つ同実験所は、時代のニーズに
応じて柔軟に役割を果たしてきた。近年では、学生実習や研究者の
サポートに力を注ぐだけでなく、「成果魚」の活用にも乗り出す。


高い技術と、開かれた環境

 北海道大学函館キャンパスから車で約20分。サケマス類12種19系統(取材時)を教育や研究のために飼育する、七飯淡水実験所がある。本学水産学部の前身である函館高等水産学校の養魚実習場に始まり、その後、水産学部の施設となり、2001年、フィールド系の研究施設を統合した北方生物圏フィールド科学センターの設置に伴い、同センターの水圏ステーションに組み入れられた。ここには室内飼育室も付する研究棟や20基のコンクリートの外池があり、室内外に多数の飼育水槽がある

 七飯淡水実験所は、本学内外の研究・教育に広く門戸を開く。少数精鋭で魚の研究をしていると聞くと、研究一色の難しい印象を持つかもしれないが、社会や地域に根差した実験所を目指しているという。本学学生や他大学学生への実習・技術指導だけではなく、小中学生向けの生物実験や高校生向けのプログラムも実施している。水産学の使命として魚食文化の普及も掲げ、現在は道南地域の民間企業と協力し、余剰のサケマス類を商品として販売する北大トラウトプロジェクトを進めている。

 「この実験所の根幹は、人工繁殖によって魚種を継代し、学内外の先生方の教育や研究の材料を維持、提供することです」と同実験所の萩原聖士准教授は話す。萩原准教授は3月に赴任したばかり。ごく少人数で運営する七飯淡水実験所を支えるのは、ここで働いて11年目を迎える高橋英佑技術職員だ。施設を含め維持管理全般を担当しており、その腕は「特にサケマスを飼育することに関しては北大の中でナンバーワンの技術と経験を持っていると思う」と萩原准教授が絶賛するほどだ。



水槽で飼育されるサクラマス。

きめ細かな対応で研究者の要望に沿う

 施設は一見すると規模が小さく、ハイテクな設備が充実しているわけでもない。研究するに、なぜこの場所なのか。その随一の特徴はきめ細やかさにある。「他の大きい養殖場だと全部同じロットとして扱う個体でも、当実験所では、同じ卵でも違う個体の精子をかけた魚を細かく区別するなど、利用者の研究の要望に応えようとしています。対応の細やかさが七飯の売りで、存在の根幹に関わる重要なところです」と高橋技術職員は強調する。同実験所は設立以来、時代のニーズに応じて柔軟に役割を果たしてきた。最近では、自然資源に負担をかけない目的でも養殖が注目されているという。

「成果魚」販売の裏にある思い

 一方で、長年のノウハウを培ってきた同実験所でも、魚の飼育には難しいところもある。予期せぬ病気の流行で十分に魚を提供できない事態を防ぐために、どうしても多く受精卵を作っておかねばならない。「生産調整ってすごく難しいんですよ。余剰魚がどれくらいでるのかはどんなに経験があっても読めないところがあります。生き物を相手にしている中で、無駄に処分するのは精神的に厳しい」と萩原准教授。そんな中で新たに取り組み始めたのが、「未利用魚」改め、「成果魚」の活用である。本学では、サケマス類を使った北大トラウトをブランド登録している。今年の6月には水産学部の卒業生と協力し、サクラマスの燻製を試験的に販売した。今後は、北海道沿岸で獲れた天然のチョウザメを北大で育てていることを活かし、その成果魚を販売することも考えているという。販売には、水産学や同実験所の魅力を未来の学生にPRする目的もある。また、「成果魚」という呼び名には、「実験所で育てた魚は(未利用魚であっても)全て成果である」という意味が込められているそうだ。

 北方水圏ならではの、フィールド実習の場を提供する役割も紹介したい。本学の臼尻水産実験所、忍路臨海実験所と共に、「食糧基地、北海道の水圏環境を学ぶ体験型教育共同利用拠点」として文部科学省に認定されている。漂着鯨類の研究で知られ、「海棲哺乳類実習」を担当する黒田実加特任助教は、「七飯淡水実験所は、卵から成魚、そして死ぬところまで、魚の飼育維持能力が高い。設備が揃っているだけでなく、人が受け継いできたノウハウがあり、オンリーワンの実験所です」と語る。


実社会に貢献する研究施設を目指して



上:屋外には16基のサケマス親魚用円形水槽、
9基のチョウザメ親魚用円形水槽などを備える。
下:七飯淡水実験所の萩原聖士准教授(左)と
高橋英佑技術職員(右)。

 他に類を見ないほど、多くの個体を細かく、様々な条件で飼育する七飯淡水実験所。その充実度は規模を錯覚するほどだ。2011年には16基の近代的な円形の飼育水槽が設置された。今、萩原准教授はどんな展望を抱いているのか。

 本拠点ではこの他、新しいMRI技術を用いた画像診断法の開発、認知症の早期症状に関係するといわれている脳の炎症を抑える研究、認知症の原因となる遺伝子研究、予防に役立ちそうな食品の研究など、多くのプロジェクトを同時進行させている。こうした研究を通して、社会がどのように認知症と向き合えばよいかを多方面から考えていく。

 「利用者の要望に応えることを一番大事にしています。こういう研究をしたいと言われたら、それに応える方法を全て前向きに考えようと思っています。特に、水産学部の先生は産業に近い研究をされている方が多いので、可能な限りバックアップすることで、社会のニーズに応えたいと思っています」様々な利用者の要望に応えることを通じ、実社会の課題解決に貢献していきたいという意識を強くにじませた。



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