次世代ロケット 北大がひらく宇宙探査の将来
地球から宇宙空間へ、人工衛星や探査機、そして人を運ぶための輸送手段として利用されているロケット。一方で、研究などに使われる小型衛星は、コスト面などの問題で大きなロケットに相乗りして打ち上げなければならず、打ち上げの時期や調査対象となる場所を自由に選ぶことが難しい。こうした課題を解決するため、工学研究院の永田晴紀教授は、小型衛星用の安全・安価な次世代ロケットの研究開発を続けている。
世界でも異例の「防爆実験棟まで徒歩10分」
工学部から徒歩10分ほど、札幌キャンパス内の広大な農場に面した場所に、青い屋根の小屋がある。ロケット燃料の燃焼実験を行う「防爆実験棟」だ。研究室から徒歩でロケットの燃焼実験ができる場所に行ける環境は世界的にも珍しく、永田教授は、「海外の研究者にうらやましがられます」と笑う。 1月の札幌は雪深く、小屋の周りも、燃焼実験の爆音を防ぐための四角いサイレンサーの上にも、こんもりと雪が積もっている。作業着と安全靴に身を包んだ工学部4年の池田真由子さんは、白い息を吐きながら、実験用に自作した10sほどの金属の装置を小屋に運び込んだ。小屋の壁には工具がずらりと吊り下げられ、学生が装置を手作りするための作業台が備え付けてある。池田さんは、かじかむ手を息で温めながら、装置の最終調整に入る。「どんなに完璧に準備したと思っても、着火しないとか、うまくいかない時があります。そんな時は、研究室に戻って学生同士で話し合って、永田先生にアドバイスをもらいます。何回も何回もトライして、ようやく火が付いたときは、本当にうれしいです」と、池田さんははにかむ。
安全・安価な次世代ロケット
ロケットが重力を振り切って宇宙へ飛び立つためには、強力な推進力をもつ燃料が必要だ。燃料には現在、火薬や液体水素などが使われているが、爆発する危険性が高く、安全管理のためのコストがかかる。そこで、永田教授は、石油由来でエネルギー密度が高いプラスチックを燃料にして、安全で取り扱いやすい小型ロケットの研究をしている。固体のプラスチック燃料に加え、空気のない宇宙で燃料に酸素を供給するための液体酸素を搭載したハイブリッドロケット「CAMUI(カムイ)」を開発。2002年の初号機以降、50機以上を試験的に打ち上げてきた。CAMUI型ロケットは、従来の火薬を使った小型ロケットと比較して、打ち上げ単価を10分の1以下にできるという。永田教授は、「ロケットが小型化して安全管理コストが低くなれば、もっと自由に宇宙探査ができるようになります」と研究の意義を語る。 ただ、ハイブリッドロケットはまだいくつかの課題があり、実用化には至っていない。課題の一つは、従来のロケットと比べ推進力が弱いことだ。永田教授の研究室では現在、プラスチック燃料の形を工夫して効率よく燃焼させる方法を研究している。
「穴あきプラスチック」で宇宙へ
「これが『穴あきプラスチック』です」。工学院博士後期課程3年の深田真衣さんは、小さなポーチからおもむろに円柱状のプラスチックの塊を取り出した。手のひらサイズの円柱の端面をよく見ると、直径0.3ミリほどの細長い穴が無数にあいている。プラスチック燃料のより良い燃え方を研究している深田さんは、極細の穴にどのくらいの酸素を吹き込めば良いかなど、プラスチック燃料が安定して燃焼する最適の条件を調べている。極小の穴を密に配置することで、まるでタバコに火がついたように端から一様に軸方向へ高速で燃え進み、ハイパワーのロケットが実現できるという。「穴あきプラスチックを使ったロケットが実現できれば、誰もが安全な宇宙旅行ができる日も夢ではないと思います」と話し、深田さんは目を輝かせる。 目指すは「深宇宙探査」
宇宙に関する研究開発はこれまで、巨額の資金を要する国家的な事業だった。しかし、近年は民間企業やスタートアップも参入し、宇宙へのアクセスをより身近にする新たな技術が次々と生まれている。永田教授のハイブリッドロケットの技術は、北大発認定スタートアップ企業で、小型ロケットの量産を目指す「ミヨルニア・スペースワークス」や、小型衛星のエンジンを開発する「レタラ」に受け継がれている。いずれも、永田研究室の卒業生が立ち上げに関わっており、永田教授はスタートアップ企業と連携し、研究成果の迅速な実用化を進めたいと考えている。目指すは、地球の重力圏から離れた「深宇宙」の探査の活性化だ。「たとえば、国際宇宙ステーションは高度300qくらいのところを飛んでいますが、平面にすると札幌ー釧路間くらいの距離です。重力が及ばない『深宇宙』の研究が盛んになれば、宇宙探査はよりワクワクするものになると私は思っています」と話し、永田教授は先を見据える。 ハイブリッドロケットは、これからも宇宙探査や宇宙輸送の未来を切り開いていく。
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