文系部局

○経済史入門  経済学研究科准教授  高井 哲彦

@授業の目的

「世界史は暗記科目」という先入観を裏返し、能動的な参加と多元的な考察を求める。教科書で基本知識を学ぶと同時に、教科書とは異なる複数の解釈を、データ資料から自力で編み出したり、他の文献に見つけたりすることを鼓舞する。経済学・歴史学に関心がある人には専門研究の第一歩として、そうでない人にも隣接分野として経済史の面白さを伝える。自分の欧米大学での経験を生かし、最新の方法論を実験する。

A授業の内容

 進行日程(教員講義とグループ発表でほぼ共通)

10分 10分 10分 10分 30分 20分
資料配布・資料分析・前回フィードバック返却 グループ・ディスカッション→発表 各グループ意見の板書整理と解説 教科書解説 参考文献・隣接領域の紹介と教科書との比較 質疑応答・教員総括・フィードバック回収

 A.教員講義

    前半期は、拙訳『社会史と経済史』(北海道大学出版会、2007年)を教科書に用い、経済史の基本知識と論争点を教える。最初はワークショップとして、統計データやビデオを題材に課題を考えさせ、グループに分けてディスカッションさせる。次に各グループにマイクを渡し、分析結果を発表させ、黒板一面に整理する。予め用意した教員回答を紹介しながら、学生意見を寸評し、導入部とする。講義では、まず教科書を章構成に従って堅実に解説する。その上で教科書とは学説の異なる参考文献や隣接領域を紹介し、複数学説を対比した配布レジュメに沿って、解釈の相違の背景を説明する。

 B.グループ発表

    後半期は、5-10名の学生グループが教科書の1章を選び講義する。発表者は、教員講義と同じ構成でレジュメを準備し、ワークショップ、教科書解説、参考文献・隣接領域との比較を行う。最後に質疑応答に加えて、教員が補足し総括する。受講者は、ワークショップ課題と授業評価を、フィードバックフォームに記入して提出する。教員は、フィードバックで受講者の理解度と発表者への授業評価を確認すると同時に、コピーを発表者にも渡す。発表者は、授業評価と教員総括を踏まえて内容を見直し、教科書と参考文献・隣接領域を比較分析した個人レポートを提出する。教員は、フィードバックと個人レポートを添削して毎回返却する。

B授業実施上の取組・工夫

1.参加型講義

     参加型講義は、一般に中規模以上の歴史系講義では容易ではないが、工夫次第で可能だ。ワークショップでは、学生に資料分析をさせて、自分なりの歴史像を作らせる。たとえば産業革命論なら、技術史のビデオや賃金・物価統計を見せる。その上で、グループ・ディスカッションで解釈の多様性を確認し、口頭発表させると同時に文面でもフィードバックを提出させる。教員講義時は、ライブ感を重視する。板書内容をレジュメやパワーポイントに書いておき、教壇を離れて学生の間を歩き回る。即興で質問を投げかけ、挙手で賛否を求めたり、マイクを渡して発言させ、絶対に内職や居眠りの余裕を与えない。また、冬の1時限講義という「逆境」を逆手に取り、早朝6時集合のフィールドワークを行い、札幌中央卸売市場を見学した。

2.様々な表現回路の工夫

     日本の学生は「質問・意見はありませんか?」と訊ねても沈黙を守る癖がある。しかし、だからといって、思考能力と表現意欲が欧米大学生より劣るわけではない。潜在力を掘り起こすためには、表現回路を工夫することが必要だ。マイクには魔法の力があり、名前を呼びマイクを手渡すだけで、背筋を伸ばして立派な発言をする。グループ・ディスカッションも、発言姿勢を引き出す。初めはぎこちないので、教員が巡回して盛り上げ、「発表者はグループで一番荷物が大きい人」などとゲーム感覚を導入する。文章の方が口頭以上に雄弁で辛辣な学生もいるので、個人レポートに加え、毎回のフィードバックフォームで資料分析や授業評価を記入させる。

3.グループ発表の品質管理

     発表の形式は、教員講義を模範として繰り返し見せる。準備は、講義後にオフィスアワーを設け、参考文献の選択をはじめ段階的にチェックする。最後に教員も補足説明と総括を行うが、学生発表は手抜きのない真剣勝負が多く質も高い。学生発表にも受講者が授業評価を行い、士気を高め発表水準の向上を図る(ピア・レビュー)。グループ発表では、学生同士で牽制し、情報知識やパワーポイント技術等を切磋琢磨するので、単なる個人レポート提出と比べ、課題強度と学習効果が高まる(ピア・プレッシャー)。とくに受講者が発表者に質問する場面は大切で、準備の総量が試されるため、場外戦の緊張感がある。発表後には、発表者同士に貢献度・課題度を相互評価させ、フリーライダーを抑止する。

Cおわりに

講義準備で他に大切だと思うことは、3点ある。第1に講義ノートは、学生発表分についても助言指導や補足・総括のために、通常講義と同様に用意しておく。第2にフィードバックやレポートの添削・返却は、時間も労力もかかる。印刷・出欠名簿の管理等ではTAの助力も必要だ。第3に参考文献の吟味や学生発表の助言は、教員自身も最新文献や隣接分野を学ぶ機会として、知的喜びを共有する。


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