−研究成果報告11−

Validity of the Cottid Species Stelgistrum mororane Transferred to the Genus Icelus (Actinopterygii: Perciformes: Cottoidei), with Confirmed Records ofStelgistrum stejnegeri from Japanese Waters

邦題「Stelgistrum mororaneの有効性とコオリカジカ属Icelusへの移行,およびオットセイカジカの日本海域からの確実な記録」

著者:Osamu TSURUOKA, Takuzo ABE and Mamoru YABE

出典:Species Diversity, 14 (2), 97 −114


【論文の内容】
 ラウスカジカ,ハコダテギンポ,シレトコビクニンと,北海道の地名に因んだ標準和名をもつ魚類はいくつかありますが,ついに臼尻に因んだ魚類も発表されました.その名も“ウスジリカジカ”です(図1).  
 10年ほど前から,函館市臼尻沖の水深10−30mに名前の分からない小さなカジカ科魚類が生息していることが知られていました(写真).本種は口蓋骨歯がある,前鰓蓋骨棘が4本で最上棘が伸長する,体にそれぞれ1本の側線鱗列と背側鱗列がある,腹鰭が1棘3軟条で構成されるなどの特徴からコオリカジカ属genus Icelus Kroyer, 1845に含まれるものの,本属に含まれるどの種とも形態的に一致しません.通例ならばコオリカジカ属の未記載種と判断するところですが,コオリカジカ属以外で本種に酷似する種に心当たりがありました.  
 それは,Stelgistrum mororane Jordan and Seale, 1906です.本種は,噴火湾を挟んで臼尻のほぼ対岸に位置する室蘭で採集された,1個体の標本に基づき記載されました.しかし,Jordan et al. (1913)により何ら議論のないままStelgistrum stejnegeri Jordan and Gilbert, 1898(標準和名:オットセイカジカ)の新参異名とされ,現在までこの見解が踏襲されてきました.臼尻沖の小さなカジカ科魚類は,鱗,棘,皮弁,体色,計数値,計測値など,ほとんど全ての形質がJordan and Seale (1906)の示すS. mororaneの特徴と一致しますが,唯一,口蓋骨歯の有無のみが異なっていました.すなわち,この小さなカジカ科魚類は口蓋骨歯があることでコオリカジカ属に同定されますが,S. mororaneは口蓋骨歯がないとされ,オットセイカジカ属genus Stelgistrum Jordan and Gilbert, 1898に含められていたのです.
 そこで,カリフォルニア科学アカデミーに所蔵されているS. mororaneのホロタイプを観察しました.その結果,S. mororaneは原記載の記述とは異なり口蓋骨歯をもつことが確認されました.つまり, S. mororaneと臼尻沖に生息する小さなカジカ科魚類は同一種であり,さらにS. mororaneは口蓋骨歯をもつことからコオリカジカ属に含まれることが分かりました.また,S. mororaneは口蓋骨歯の有無以外の形質でも,頬部の鱗の有無などによりオットセイカジカとは明瞭に識別されることが分かりました.

 コオリカジカ属には全17種が知られていますが,S. mororaneは体が伸長しない,全鰓蓋骨棘最上棘が分枝しない,頸棘が未発達であるなどの特徴からダルマコオリカジカIcelus gilberti Taranetz, 1936とラウスカジカIcelus sekii Tsuruoka, Munehara and Yabe, 2006に類似します.しかしS. mororaneは,ダルマコオリカジカとは,頬部が無鱗であること(ダルマコオリカジカは小鱗に被われる),側線と背側鱗列の間は無鱗であること(鱗が散在する)などで識別され,またラウスカジカとは2対の頸部皮弁があること(ラウスカジカでは1対)(図2),および体に4個の鞍状斑紋があること(5個)などで識別されます. 従って,S. mororaneはコオリカジカ属の有効種,Icelus mororanis (Jordan and Seale, 1906)と判断され,新標準和名として“ウスジリカジカ”が提唱されました [種小名mororanisは,属がStelgistrum (中性)からIcelus(男性)へと移行したことに伴うmororaneの語尾変化です].
 さらに,これまで本邦におけるオットセイカジカの分布は,室蘭沖で採集されオットセイカジカStelgistrum stejnegeriの新参異名とされていたS. mororaneに基づいていたと考えられます.そこで,北海道東部沖で新たに得られた7個体の標本に基づき,改めてオットセイカジカの本邦からの記録を報告しました(図3).

 本論文が行ったような分類学的研究は,生物学の本質とは直接関係のない面倒なことに思われるかもしれません.しかし,人間が生物を正しく認識するためには,本論文で扱ったような一連の分類学的措置が不可欠です.この地球上には約180万種の生物が確認されており,さらに未だ知られていない1,000万種以上の生物が生息すると推定されています.これは,分類学の成果であると同時に課題でもあります.地球上の種多様性は,本論文が行ったような地道な仕事の積み重ねにより少しずつ明らかにされているのです.


図1 Icelus mororanis (Jordan and Seale, 1906) (新標準和名:ウスジリカジカ) 原図.


図2 ウスジリカジカ頭部背面図.頭部背面には3種類の皮弁があり,前方から眼上皮弁 (supuraocuclar cirri),後頭皮弁 (parietal cirri)および頸皮弁 (nuchal cirri)と名前が付いています.この頸皮弁が2対あることが,ウスジリカジカの特徴の1つです.


図3.オットセイカジカ Stelgistrum stejnegeri (Jordan and Gilbert, 1988)


臼尻Top