ご挨拶

芸術と科学の底力

大学の社会貢献として、人材育成や産学連携がうたわれています。これは、大学の存在理由であろう教育と研究の二本柱に根ざしたことかと思われます。本学をはじめ、日本中の大学において多くの方々の努力によって押し進められています。これらに加えて、最近では地域連携もうたわれるようになりました。いうまでもなく、北海道大学は「この地」にあって、この地の人々とのつながりの中で成り立っています。多くの新入生をこの地から迎え入れ、多くの卒業生をこの地に送り出してきました。また、市民の方々が憩いの場としてキャンパスを訪れ、博物館に足を運び、公開イベントの数々に参加して下さるのは、この地とのつながりの一端を表しています。

これまでにも、すでに市民の方々に向かって様々な取り組みが行われてきました。市民大学、講演会、サイエンスカフェ、小中高への出張講義など、あるいは書籍や雑誌を通じた成果の共有、マスメディアによる報道など。遠く本学設立時まで遡れば、遠友夜学校なる市民との学びの場があり、もしかしたら脈々とその流れが今に至っているのかもしれません。本学の原点であるクラーク精神は、新渡戸稲造や内村鑑三らに代表される卒業生の活躍によって広まり、自主と自由の校風が醸成されました。北大総合博物館には、「人を作るところのリベラルな教育」と紹介されています。

今日では科学技術コミュニケーション養成プログラム (CoSTEP) なる取り組みを活発に推進し、700名もの修了生を送り出しています。私は本学の一員として、この先進的な取り組みを頼もしく思い応援してきました。「科学技術コミュニケーション」という課題は、何かをしてそれで終わりというようなものではありません。この課題に向かって、模索し試行し検証してきました。そしてこれからもそうしていこうとしています。

CoSTEPの活動も10年を過ぎ、これまでの活動を振り返るとともに、改めて地域や市民とのつながり方を広げて行こうとしています。TERRACEの活動はそんな流れの中から生まれてきました。私たちがこのTERRACEの活動で、取り上げようとしているのは「芸術」です。アートと言い換えると、技術という意味合いも出てきて、科学へとつながっていきます。芸術は、美術、音楽、芝居、デザインなど、日々私たちの心を満たしてくれ、生きる力や喜びをもたらしてくれます。

私たちがクローズアップしたいのは、「科学をはじめ大学で連綿と受け継がれている学問もまた人の心を素朴に満たすことのできるもの」だということです。この力は、予想以上に大きいのではないかと思っています。あまりにも基本的なので、かえってその作用が見過ごされているかもしれません。芸術と科学、あるいは芸術と学問は、互いに深く関わり合う活動、ヒトの根本的な精神・身体活動だと思われます。

リベラル・アーツという言葉があります。概ね大学の前半で学ぶ基礎教養科目全般(人文科学、社会科学、自然科学など)を意味しますが、機能的には「自主的に自由に生きるための学問」だと言われています。端的には「生を全うする底力を養う術」だと私は思います。このリベラル・アーツという英語は、日本に入ってきた時に「芸術」と訳されたそうです。この言葉の意味にまつわる物語は、人と学問のあり方を掘り下げる糸口を与えているように思われます。

TERRACE発足にあたり、様々な分野や立場のメンバーが集い、これまで培ってきた科学技術コミュニケーションの経験を基に、芸術と科学の出会う場を作ることから始めたいと思います。そのような場は、きっと縁側(テラス)のようなインターフェースなのでしょう。

TERRACE代表
中垣俊之 教授/電子科学研究所

プロフィール

1963年愛知県生まれ。学部・修士を北海道大学で学び、美術部黒百合会に所属。民間企業を経て、通信制高校非常勤講師を勤めながら名古屋大学で博士(学術)を取得。理化学研究所、北海道大学、公立はこだて未来大学を経て2013年より現職。粘菌を用いた研究でイグノーベル賞(2008年認知科学賞、2010年交通計画賞)、NHK爆笑問題の爆問学問の爆ノーベル賞などを受賞。一般書『粘菌 偉大なる単細胞が人類を救う』『粘菌 その驚くべき知性』『かしこい単細胞 粘菌』等の他、北海道新聞のコラム「魚眼図」を執筆。専門は物理エソロジー。