訃報
教授 野口 孝博(のぐちたかひろ) 氏(享年58歳)
教授 野口 孝博(のぐちたかひろ) 氏(享年58歳)

 北海道大学大学院工学研究科建築都市空間デザイン専攻空間計画講座建築計画学研究室教授 野口孝博氏は,平成18年10月より北海道大学病院で入院加療中のところ,翌19年1月27日12時42分,敗血症にて御逝去されました。ここに,先生の生前の御功績を偲び,謹んで哀悼の意を表します。
 先生は,昭和24年1月21日北海道釧路市で生まれ,昭和46年3月北海道大学工学部建築工学科を卒業され,株式会社フジタ工業及び株式会社アトリエブンク(一級建築士設計事務所)を経て,昭和53年3月同大学大学院工学研究科建築工学専攻博士課程を修了後,同年4月北海道大学工学部建築工学科住居地計画学講座助手に採用されました。その後平成5年4月助教授に昇任,平成9年4月からは機構改革に伴い,北海道大学大学院工学研究科都市環境工学専攻建築計画学講座住環境計画学分野を担当され,平成16年5月教授に昇任されました。平成17年4月からは再度の機構改革により,建築都市空間デザイン専攻空間計画講座建築計画学研究室を担当されていました。また,平成17年12月からは中国・瀋陽市の東北大学客員教授として招聘(しょうへい)されています。
 先生は,一貫して建築計画学分野の研究に従事され,特に北海道をフィールドとされたこともあって,積雪寒冷地の住居計画,住環境デザインに関する研究を推進されました。その成果は早くも昭和57年に,恩師である(故)足達富士夫先生(北海道大学名誉教授)らと共に著した「北海道の住宅と住様式」(北海道大学図書刊行会)に結実しました。これをベースとして,昭和60年3月には積雪寒冷地特有の屋内型生活様式の実態と原理,およびそれと密接に結びついている住空間構成の原理を,わが国の温暖地域との比較検証に基づき解明した「積雪寒冷地の住戸計画に関する研究−札幌圏を中心に見た北海道の都市住宅について−」により,北海道大学から工学博士の学位を授与されました。また,この北国独自の住様式と住空間構成原理を歴史的視点からもとらえ,北海道の開拓初中期に持ち込まれた農村住宅の変容過程を克明に追跡し,北海道独自の型形成を立証した「北海道農村住宅変貌(へんぼう)史の研究」((故)足達富士夫編・共著,北海道大学図書刊行会)を平成7年に出版されました。
 さらに,北海道における集合住宅の有効性とその発展の可能性,集合住宅における雁木(がんぎ)・廊下等の屋内型共用空間のあり方,少子高齢社会を迎える今後より重要な課題になる高齢者・障害者の生活・行動様式とそれを配慮した住宅・住環境計画のあり方を検証し,体系的な北国型住宅計画論の試論を提示されました。これらの研究成果である「積雪寒冷地域における住様式と住宅計画に関する一連の研究」により,平成16年日本建築学会賞(論文)を受賞されました。この栄誉ある受賞は,北海道大学の建築工学の先生としては,昭和28年度の(故)大野和男先生を初めとして14人目にあたりますが,それまでは建築構造,建築材料,建築環境,都市計画,建築歴史・意匠の各分野の諸先生で,建築計画の分野では初めての快挙でした。
 この一連の研究では,日本にとどまらず,中国東北部遼寧省の大連市,瀋陽市,黒竜江省哈爾濱市における農村住宅,都市集合住宅も調査研究対象とし,広く北方アジアの視点から眺めることにより,北方の居住様式がもつ共通の原理と,それぞれの地域に固有の住様式原理を解明し,日本の北方型住宅計画理論の一層の展開と拡充を試みられています。これはその後,モンゴルのウランバートル市でも展開されています。さらに,平成18年度からは4ヵ年の予定で,フランスの国立科学研究センター,スペインのバレンシア工科大学,日本からは北海道大学・北海道工業大学・八戸工業大学・新潟大学の,建築学・環境学・社会学の研究者が協調・共同体制をとり実施する国際的な学際型共同研究の代表者として,科学研究費補助金・基盤研究(B)(海外学術調査)「仏・西二カ国の定点観測型農村住宅変容過程追跡と循環型集落環境システムに関する研究」を進めようとされていました。平成21年度には,これらの研究成果を総合的,体系的にまとめて,出版し,世に問うつもりであることを熱く語っておられました。
 一方では,これらの研究成果を専門の学術分野の枠に閉じ込めることなく,次代を担う大学生・高校生や,住宅・住環境の主体である一般市民にわかりやすいかたちで提示することも重要な仕事として取り組まれ,平成元年から9年にかけ相次いで,「建築教材・雪と寒さと生活I発想編及び II 事例編」(日本建築学会編・共著,彰国社),「暮らしと住まい−北からの発信」(北方圏住宅研究会編・共著,北海道新聞社),「北の生活文庫5 北海道の衣食と住まい」(共著,北海道新聞社),「北の住まいづくり」(北方圏住宅研究会編・共著,北海道新聞社)を出版されました。
 学術研究と並行して,建築・都市にかかわる計画・デザインの提案も積極的,精力的におこなわれました。最近では,平成16年にTOTO多目的トイレデザインコンペ優秀賞を,平成18年に国土交通省及び独立行政法人都市再生機構の委託により実施された,財団法人ベターリビング主催の「既存共同住宅団地の再生に関する提案募集」優秀提案をそれぞれ受賞されました。特に後者では,提案の実現化へ向けての企画研究プロジェクトが民間企業との共同で進められていました。
 教育面では,工学部における建築計画,住居計画,計画・設計演習I及び II ,環境社会工学入門I,都市学概論,建築都市学ゼミナールI及び II ,建築序説,大学院工学研究科における建築計学特論,英語特別コースのHousing Designなど,多くの講義,演習を担当され,学生院生の研究指導を通して多くの技術者・研究者の育成に尽力されました。
 学内においては,高等教育機能開発総合センター全学教育委員会委員,建築都市空間デザイン専攻副専攻長及び学術委員会委員,学務委員などの管理運営に参画されました。特に平成13年からはスペインのバレンシア工科大学建築学院のフェルナンド・ヴェガス教授,カミーラ・ミレト準教授との交流をスタートさせ,その後ヴェガス教授らが主催するスペインでの国際ワークショップへの学生院生の派遣を通じて交流を深められ,そのことが平成18年1月,北海道大学大学院工学研究科とスペイン国バレンシア工科大学建築学院及び土木工学院との部局間交流協定締結へと実を結びました。
 学外においては,日本マンション学会常務理事・北海道支部長,日本生活支援工学会評議委員,日本建築学会北海道支部学術委員会主査,北海道開発審査会委員,北海道福祉環境アドバイザー,北海道開発協会事業評価委員,札幌市中高層建築物紛争調整委員,札幌市プロポーザル選定委員会委員など,学会,北海道,札幌市の役員・委員を務められました。
 このように,野口先生には研究,建築・都市にかかわる計画・デザインの実践,教育,学内運営,国際交流,社会貢献など,多方面にわたるますますの御活躍が期待されるところでした。58歳というあまりの早世は,北海道大学のみならず,日本の学術研究,大学教育における大いなる損失であり,痛恨の極みであります。志半ばで道を絶たれた野口先生御自身が何よりも無念であったろうと推察されます。ここに謹んで先生の御冥福を心よりお祈り申し上げます。

(工学研究科・工学部)


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