名誉教授片桐千明氏は,2010年6月3日午前7時30分,間質性肺炎のため75歳で逝去されました。ここに生前のご功績を偲び,謹んで哀悼の意を表します。
同氏は,1935年2月13日北海道に生まれ,札幌市の柏中学校,南高等学校を経て,北海道大学に入学,1957年に北海道大学理学部動物学科を卒業,1962年に北海道大学大学院理学研究科博士課程動物学専攻を単位取得満期退学すると同時に北海道大学理学部一般教育等助手に採用されました。その後,1967年からのミシガン大学Nace教授のもとでの海外研究,1970年の助教授昇任を経て,1982年に教授に昇任されました。理学部改組に伴う生物学科細胞生物学大講座,大学院重点化に伴い生体情報学大学院講座の教授を歴任され,1998年の停年退職とともに北海道大学名誉教授の称号を授与されました。2000年からは,大学院化した天使大学の教授になられ,2005年に退職するまで,数多くの大学生・大学院生の教育に貢献されました。
同氏は大学院入学の時点より,一貫して両生類の生殖・発生学の研究に携わり,その学問業績は大学院生時代から傑出したものとして,国内よりも先に国際的に評価されるという異例ともいえるスタートに恵まれた研究生活は,その後も順調に進展し,国内外をリードする研究は,1985年に日本動物学会賞を受賞するという形で結実しておられます。ご自身で開拓し,主導されていたテーマは「受精における配偶子相互作用」,「精子核クロマチンのリモデリング」,「孵化酵素の発生生物学」,「免疫系の発生と分化」などで,そのすべてが得意とする両生類を実験動物として使って行われたものです。大きな卵や精子を持ち,発生や変態という発生段階を母親の体外で完結させながらも,同じ脊椎動物として哺乳類と多くの共通点を持つという両生類を用いることで,それまでヒトに近いということで行われていたマウスなどの哺乳類を使った実験によっては乗り越えることの難しかった多くの問題を,次々と解決し世界中の注目を集め続けてきました。
それぞれの課題について自ら精力的に研究を続けると共に,研究指導を通じて数多くの卒業研究生・大学院生・留学生などの師弟を育て,膨大な数の原著論文・総説を世界中の学術雑誌へ投稿すると共に,共同研究の中から育った後継者は日本中ならず世界の大学・研究機関に巣立ち,今もたくさんの孫弟子が育ちつつあります。国際的な評価の高さを示す指標として,1988年には北海道大学でWAn International Symposium [Regulatory Mechanisms of the Initiation of Development in Amphibians]”を主催し,1997年にも北海道大学でWThe Second International Symposium on The Molecular and Cell Biology of Egg−and Embryo− CoatsW を主催するという快挙を成し遂げ,単にご自身の名声だけではなく北海道大学の名を世界に知らしめました。
著書も多数書かれ,中でも類書は翻訳本しかなかった「動物発生学」(岩波書店1982年)を単著で書き抜いた功績は,その後の日本の発生生物学者の育成に想像を絶する影響を及ぼしたものとして,今でも語り継がれております。他に主なものだけでも「免疫系の発生と分化」(共著:岩波書店1985年),「図説免疫生物学入門」(共著:朝倉書店1986年),「精子学」(共著:東京大学出版会1992年),「両生類の発生生物学」(編著・北海道大学図書刊刊行1998年)「リンパ組織の発生と分化−系統進化と個体発生」(共著:岩波書店1999年)などがあり,いずれも現在も標準教科書として広く使われているものです。さらに,名前こそ載っていないものの翻訳委員会のまとめ役として実質上の編者となって完成したレーヴン・ジョンソン生物学〈上・下〉(共著・培風館2006年)は,大学初学年向けの生物学の教科書として北海道大学のみならず,広く日本中で利用されています。
学内においては,一般教育等の教養部時代から全学教育および理学教育に力を注がれ,理学部に所属が変わってからも理学部のみならず全学的視野からの全学教育の運営・発展に大きな貢献をされました。枚挙することもかなわないほど数限りない組織の運営委員,理学部評議員などを歴任し,大学設置基準の大綱化に伴う教養部廃止から高等教育機能開発総合センターの設置ならびに全国に先駆けて北大理学部が大学院講座制に移行した大学院重点化における中心に位置する推進役の一人として大きな活躍をされました。
学外においては,日本動物学会と日本発生生物学会を中心に活躍され,北海道支部長や評議員,学術雑誌の出版編集などに携わり,両学会の発展に大きな足跡を遺しておられます。また,動物学会のサテライトとして比較免疫学シンポジウム(現在は日本比較免疫学会)という研究会を立ち上げられ,長く事務局も勤められました。
以上のように同氏は,北海道大学の教員として,また動物発生学の研究者として優れた業績をあげ,学術の発展,後進の育成と大学改革に多大な貢献をなされました。
ここに謹んで先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
(理学院・理学研究院・理学部)
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