文化功労者は,日本において,文化の向上発達に関し特に功績顕著な方が選ばれ,文化勲章に次ぐ栄誉とされています。同氏は,社会的ジレンマや信頼の研究で,社会心理学の枠組みを超えて先端的な知見を取り入れ,国際的・学際的に活躍されています。
山岸名誉教授の感想と功績等を紹介します。
(総務企画部広報課)

- 山岸 俊男 (やまぎし としお) 氏
感 想
この度,思いもよらず文化功労者の顕彰を受けることになり,身に余る栄誉に感激しています。心理学と社会科学という二人の巨人の肩に片足ずつかけることで,一人の肩に乗っているだけでは見えてこない彼方を見てやろうという野望に振り回されながらも,これまで何とか巨人たちに振り落とされないでやってこられたのは,故南博先生,故リチャード・エマソン先生をはじめとする先達の諸先生からの温かい励ましと,亀田達也先生や故篠塚寛美先生をはじめとする北海道大学での同僚の先生方や学生の方々からの強力な援助があったからだと感謝しています。北海道大学時代には,2度にわたるCOEでの活動を通して,研究と教育の両面における大きな変化を経験すると同時に,個人的にもそれまでの世界とは違う世界に接する機会を与えられるという幸運に恵まれました。COEの活動を担っていただいた先生方や学生の方々,また事務の方々に深く感謝いたします。そろそろ私の研究者人生も日暮れに差し掛かろうとしていますが,まだ目的地の姿さえ見えていません。それでも絶望に陥らないで研究を続けていられるのは,日々の研究生活の中で苦楽を共にしてくれる若い仲間たちに囲まれているからです。先達,同僚,若い仲間,そして長年にわたり研究生活を陰で支えてくれた妻みどりに恵まれたという幸運に感謝しつつ,こうした多くの方々からの励ましと援助に応えることのできる研究成果を生み出すために,残された時間を無駄にすることなく使っていきたいと思っています。功績等
山岸俊男名誉教授は一貫して,社会科学における「秩序問題」と呼ばれる問題に取り組んでおられます。秩序問題とは,トマス・ホッブズがその著「リヴァイアサン」の中で取り上げたように,「人々が互いに殺し合うことなく共存していけるような安定した社会秩序はどのように成立するのか」という社会科学の根幹に関わる問題です。同氏は,社会科学実験を方法論的な基礎としながら,心理学と社会科学という2つの領域の間を自由に行き来することで,世界最先端の研究を極めて精力的に推進してきました。同氏は70年代までは主に理論研究のみが行われていた社会的交換ネットワーク研究を,初めて実験室実験による検証が可能なかたちに発展させ,その後の発展の基礎を築きました。特に,人々が埋め込まれているネットワーク構造によって権力関係が規定されること,また様々なネットワーク構造の中で交換を行うことにより公正判断がどのように規定されるのかを明らかにする上で同氏は中心的な役割を果たしました。
80年代から社会的ジレンマの研究者としても世界的な注目を集めました。社会的ジレンマとは,集団の各メンバーが自分にとって利益の大きい行動を採用すると,集団全体としては利益が小さくなってしまう状況を指し,秩序問題の根底に横たわる構造です。同氏の特筆すべき貢献には,社会的ジレンマ状況での人々の意思決定には「他者は集団に対して協力するだろうという期待」が大きく影響していることを明らかにしたこと,またジレンマの解決法として従来考えられていた罰の使用には様々な問題があることを指摘したこと等が挙げられ,2009年ノーベル経済学賞Elinor Ostrom氏の受賞理由において,同氏の論文が重要な先行研究として紹介されています。
これらの研究テーマにおける成果の蓄積に基づき,90年代に同氏が精力的に研究を進めたのは,信頼に関する研究です。従来,経済学における信頼研究は「信頼に足る行動をすること」についての研究,即ち信頼される側の研究であり,心理学における信頼研究は「相手が信頼できるかどうか分からないときに信頼すること」についての研究,即ち信頼する側の研究でした。同氏は,経済学,心理学に分断されていた信頼研究の2つの流れを統合し,「人はなぜ他者一般を信頼するのか」という問いへの解答を与えました。同氏の提唱した「信頼の解放理論」は真に学際的な業績であり,社会心理学のみならず,社会学,経済学,政治学,人類学等,学問領域を超えて大きな影響を与えています。
90年代から,同氏は信頼研究と並行して文化についての研究を展開しました。80年代後半に大きな進展を遂げた進化学の成果を取り入れることで,人間の心の働きは社会のあり方と不可分であること,即ち,人間の心を「社会生活を送るための適応の道具」として捉え,また社会もそのような適応的な心を持つ人間の相互作用により支えられているというパラダイムを提唱しています。このパラダイムでは,社会を均衡状態と捉えるため,あるパラメータが変化することにより社会とそこに暮らす人々の心がどのように変化していくかを,原理的には予測することが可能になり,従来人間の心は各文化によって異なるということを記述してきた比較文化心理学,及び人間の心の社会性を捨象してきた経済学,社会学,政治学の枠組みを乗り越えることを可能にする点で,国際的に極めて高い評価を受けています。
このように同氏は,社会心理学者として出発しながら,その分野に留まることなく,様々な学問領域の知見を取り入れ,またそれらの領域に向けて研究を発信してきました。こうした同氏の真に学際的な貢献に対して,日本社会心理学会出版賞(平成23年),日本心理学会国際賞特別賞(平成25年)を含む多くの学会賞,日経・経済図書文化賞(平成10年),さらに平成16年には,紫綬褒章が授与されています。
略 歴
生年月日 | 昭和23年1月21日 | |
昭和45年3月 | 一橋大学社会学部卒業 | |
昭和47年3月 | 一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了 | |
昭和56年9月 | 一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学 | |
昭和56年12月 | ワシントン大学大学院社会学研究科博士課程修了 Ph.D. in Sociology |
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昭和56年10月 | ![]() |
北海道大学文学部助教授 |
昭和60年3月 | ||
昭和60年4月 | ![]() |
ワシントン大学社会学部助教授 |
昭和63年3月 | ||
昭和63年4月 | ![]() |
北海道大学文学部助教授 |
平成4年12月 | ||
平成5年1月 | ![]() |
北海道大学文学部教授 |
平成12年3月 | ||
平成12年4月 | ![]() |
北海道大学大学院文学研究科教授 |
平成23年3月 | ||
平成23年4月 | ![]() |
北海道大学大学院文学研究科特任教授 |
平成24年3月 | ||
平成24年4月 | ![]() |
玉川大学脳科学研究所教授 |
平成25年3月 | ||
平成25年4月 | 東京大学大学院総合文化研究科特任教授 | |
平成12年10月 | ![]() |
フルブライト研究員(スタンフォード大学) |
平成13年5月 | ||
平成13年7月 | ![]() |
ラ・トローブ大学高等研究所著名名誉フェロー |
平成13年9月 | ||
平成14年9月 | ![]() |
スタンフォード大学行動科学高等研究センター(Center for Advanced Study in the Behavioral Sciences)フェロー |
平成15年5月 | ||
平成19年4月 | ![]() |
北海道大学社会科学実験研究センター長 |
平成23年3月 |
(文学研究科・文学部)