ゲスト 大日本インキ化学工業株式会社(現:DIC株式会社)に入社して30年間、研究、製造、企画、営業など、幅広く実務を経験してきた杉江和男氏。役員就任後は、経営ビジョン「Color and Comfort by Chemistry」のもと経営改革を実行し、同社の持続的な成長を先導した。現在も様々な役職を務め、社会の第一線で活躍している。
コミュニケーションを図り、帰属意識を高めることが組織の成長を導く 勉学に励んだ学生時代
寳金 早速ですが、ご出身はどちらですか。また、少年時代から北大入学までのいきさつをお聞かせいただけますか。 杉江 出身は北海道の十勝地方にある浦幌町です。子どもの頃は「どうして?」「どうして?」と、いろいろな疑問を大人に尋ねる子だったそうです。ちょうど町立高校が開校した時期で、その一期生でした。少人数でしたが、全生徒が友達で楽しい高校生活でしたよ。その後は室蘭工業大学に入学し、4年生の時に、毎週講師として来られていた北大の先生から大学院進学についてのお話を伺い、北大大学院への進学を目指すことにしました。その時はたぶん一番勉強しましたね。当時は、他大学から北大に入学することはとても難しかったので。 寳金 当時は大学院への進学者数は少なかったと思います。勉強家だったのですね。 杉江 周期律表を覚えると化学が易しく感じられるようになり、中学、高校時代から化学が得意でした。また、子どものころから本が好きで、たくさんの本を読んだので現代文も成績が良かったです。暗記科目は苦手でしたが、英語は一生懸命勉強しました。 寳金 修士課程ではどんなことを勉強されましたか。また、修了後の進路をどのようにお考えになったのですか。 杉江 油性分に入っている化合物を取り出すという研究をしていました。自分で理論を立て、理論方程式を作ってそれを実験で証明するという、どちらかというと化学工学に近いですね。自由に研究ができる環境が整っていましたので、テーマ決めから装置作りまで全て自分でやりました。修士論文の発表会で先生から「面白いことをやっているね。工業的な装置を作るのに応用できるよ」と褒めてもらえて嬉しかったことを覚えています。修了後も化学の研究に携わりたいと思っていて、ご縁があって大日本インキ化学工業株式会社(現:DIC株式会社)に就職しました。 寳金 北大では現在、ICReDD(特集1で紹介している研究拠点)で未来社会につながる化学反応の開発を進めています。お話を伺っていると、昔から北大の代表的な強みは化学分野で、それが今日まで受け継がれていることを実感します。 杉江 鈴木章先生がノーベル賞を受賞するなど、化学分野で北大は、日本をリードしていけるような研究を行っていると思います。将来の方向性で非常に悩んでいる企業が多いと思うので、北大が企業との共同研究を先導し、企業側が研究費を負担するといった関係ができることを期待しています。 消費者の価値を考えた事業展開
寳金 入社後はどのようなお仕事をされていたのですか。 杉江 研究をやりたくて入社したのですが、研究は4年半だけでした。その後は生産部や企画など、役員になるまでの30年間で9回部署を変えています。もともとコミュニケーションが苦手だから理系を選んだのに、製造現場で人を使う仕事、営業、マーケティングもやりました。嫌だなと思いながら会社に何十年もいたことになりますね(笑)。 寳金 様々なご経験をされてきたのですね。 杉江 製造現場では毎日、規格外品ができて休日にも電話で呼び出されました。そこで、不良品発生の原因は、現場の人が自分の作品であるという意識が薄いためだと思い、毎週勉強会を開きました。その結果、現場の人が商品規格の意味や用途を理解し、商品に愛着を抱き、責任感を持つようになりましたね。
寳金 会社での活動の中で影響を受けた人物や、思い出に残っているエピソードはありますか。 杉江 山崎製パンの社長さんを訪ねた際、ピーター・ドラッカーの「私たちの仕事は何ですか」「お客様は誰ですか」「お客様は何を価値だと思っていますか」という標語のポスターが貼られていました。これをいただき、私が社長になった時に社長室にずっと貼っていました。大日本インキの印刷インキは世界の約3分の1のシェアを占めていましたが、新聞や雑誌など紙に使われるインキは赤字事業でした。インキ会社の顧客は印刷会社であり、その価値は印刷特性が優れたインキを安価に提供することです。また、印刷物の顧客は消費者ですから、その価値は情報の入手になります。印刷物からデジタルに情報の伝達手段が変わってきた現在、自社が成すべき仕事は情報機器に使われる化学製品、すなわち既に製品ラインアップされている液晶化合物やカラーフィルター用顔料を、より強化するR&Dに重点を移しました。売り上げは小さくなりますが利益率はアップします。ドラッカーに習い消費者の価値を考えたことで、会社の中身を切り替えられました。また、創業100周年を期して社名をDICに変えると共に、次世代を担う課長・主任クラス社員に経営ビジョン作成を指示し、Color & Comfort by Chemistry “化学で彩と快適を提案する” ができあがりました。会社の経営資源を活かして持続する商品を世界に提供するよう舵を切ることができたのは。顔料という物質ではなく “彩”(いろどり)という価値は永遠に求められると言ったドラッカーのおかげです。 比類なき大学を目指し、確固たる連携を
寳金 北海道大学校友会エルムの会長としてご尽力いただいていますが、同窓会活動についてのお考えを聞かせいただけますか。 杉江 卒業生にとって母校は実家だと思うんです。実家に貢献したいという気持ちはみんな持っていると思いますが、いざ寄附や共同研究という話になると、なかなか行動に移せないんですよね。まずは、北大への帰属意識を醸成しなければいけません。何かきっかけさえあれば卒業生は協力してくれます。例えば、寄附の使途や社会に役立つ研究の取り組みなど、大学側から積極的に働きかけることは重要です。大学と卒業生の絆を深める橋渡し役を担い、大学を支援していきたいと考えています。 寳金 ありがとうございます。最近では、エンゲージメント型経営、すなわち、様々な組織と対等に向かい合い、信頼に基づいた関係構築が重視されています。その中で、同じ感情や思いを共有する集まりである校友会エルムは非常に重要です。経営基盤の強化や産学連携を進めるためには校友会エルムとの強い連携が必須で、杉江さんが会長でいらっしゃるこの時期は何かを変えるチャンスだと思っています。 杉江 日本の将来のためには、もっと国が大学にお金を投じてほしいと思います。一方では、法人ですから財政面において自立するために外部資金の獲得も必要です。総長は北大の「再生」と「発展」に向けたビジョンを明確に出されていますし、経営する上でのガバナンスを大事にされていますので、あとは周りの人がどれだけ支援していくかということですね。企業人に「北大の卒業生は?」と聞くと、だいたい「おとなしい」と言われます。もう一つとして「海外に行って活躍するのは北大生が多い」と言う人が多いです。「不屈の精神と自立の精神はしっかり持っている」と言った人もいます。それは、全国の人が開拓のために北海道に渡ってきた背景があるからだと思います。北大ほど全国から人が集まってくる大学はなく、さらに留学生まで加えると、これほどダイバーシティのある大学はないでしょう。そういうことを考えると、北大は世界に伍する大学になれるだけの十分な下地を持っています。 寳金 ありがとうございます。最後に、学生や卒業生に向けてコメントをいただけますか。 杉江 リーダーとはどういう人なのか?リーダーとトップは明らかに違います。トップというのは単なる上下関係です。トップの言ったことをそのままやってうまくいかなかったら、トップが間違いだとして済ませてしまいます。リーダーには、付いてくる人たち、自分の意志で一緒にやっていこうと思うフォロワーがいることが一番大事だと思っています。自分一人の能力なんてたかが知れていますので、周りの力を借りないと自分の思っている仕事はできないということが、私の考え方の基点になっています。ですから、北大生には協調性を大切にするリーダーになってほしいです。北大の教育プログラム「新渡戸カレッジ」は、本当に世界の中でも一歩先を行く教育のあり方だと思います。リーダーシップ教育を含めた専門教育をやっている大学ということで、世界のハブ大学になれます。これからも、卒業生として実家である北大を支援していきたいと思っています。 寳金 「Boys, be ambitious」という言葉はいろいろな解釈が可能で、リーダーシップ教育や起業家精神にもつながっていると思います。これからも校友会エルムと手を携え、北大らしさをもう少し明確にして先に進まなければいけないと思っていますので、今後ともご指導ください。今日はありがとうございました。
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