【特集1「創る」―幸せな社会―】

北海道大学COI『食と健康の達人』拠点


2021年12月のイベント「emmyfes.(エミフェス):event0」(オンラインと対面のハイブリッド形式で開催)。
「社会ニーズと研究開発」をテーマとしたトークセッションで話をする北海道大学の玉腰暁子教授。
同氏は、『食と健康の達人』拠点の研究リーダーを務めている。


多様性あふれる共創の場

健康社会の実現を目指して2013年度から始動した『食と健康の達人』拠点。
2021年11月からは新拠点『こころとカラダのライフデザイン共創拠点』とともに、
これまでの取り組みをさらに発展させつつ、誰もが幸せに生きられる社会を創り出す。
10年後、20年後を見据えた新たな挑戦が始まる。



 母子が健康で安心して暮らせる社会に。本学北キャンパスにあるフード&メディカルイノベーション国際拠点で産学地域連携活動を展開している北海道大学COI『食と健康の達人』拠点。2013年度に文部科学省・科学技術振興機構の革新的イノベーション創出プログラム(COI:Center of Innovation)に採択され、サテライト拠点として筑波大学と北里大学、10を超える大学・研究機関、30以上の食品・健康関連企業、自治体として北海道や岩見沢市など、大規模な拠点を構築している。

地域に笑顔を

 「皆が笑顔になる社会を」と、『食と健康の達人』拠点プロジェクトリーダーの吉野正則客員教授は語る。低体重で生まれる子供を減らす、食や運動を通じて母子を健康にする、母子にやさしく楽しい社会を実現する、そして子育て負担の軽減により将来的には少子化問題をも克服するのが目標だという。


  『食と健康の達人』拠点のロゴマーク。
  「健やかに生きる」ことを「命」という
  漢字を使いシンボリックに表現し
  ている。

 従来、健康情報の管理は病院等の医療機関が中心となり担っていた。これを家庭や行政が共有し、一人ひとりの健康状態にあわせた最適な食や運動の情報を提供することができれば、病気が予防でき治療負担も減る。地域の健康経営を支えるシステム作りはビジネスにもつながる。豊かな生活環境を提供する仕組みを社会に実装するため、健康・医療、食品・衛生、情報・通信など、多様な分野から研究者達が集う。

 「新しい現象を見て気付き、課題を設定し、そして新しい学術を創る。そんな研究者を集めたいと考えていました。人が変わり、社会も大学も変わる。大きな意味での人づくりです」と吉野客員教授。この『食と健康の達人』拠点には、市民や自治体、企業とを結ぶ要の役割が期待されている。「人や社会に働きかけていくことは自然科学が苦手とするところです。どのように研究を進めていくか、当初は戸惑ったスタッフも多かったと思いますが、今では皆自由に嬉々として取り組んでいます」。



岩見沢市との取り組み。(写真:上)は母子健康
調査で4〜5ヶ月健診の様子。妊娠中の環境や生
活習慣の把握からはじめ、生まれたお子さんの
生活習慣や健康状態を学童期まで継続的に調べ
ている。(写真:下)はお手軽健康チェック。岩
見沢市をはじめ北海道内のツルハドラッグ5店舗
に測定機器を設置しており、地域住民は無償で
健康チェックができる。お手軽健康チェックによ
り得られたデータから、年齢、骨折経験、性別、
カルシウム摂取量の順で骨密度の状態に影響を
与えることなどがわかってきているという。

できないことを持ち寄る

 「大学の組織では研究者ができることを持ち寄って何かを成し遂げようとしがちです。しかしこの試みでは、住民ができずに困っていることを持ち寄るのです」。人々が求めるものを気軽に持ち寄れる場を設け、住民のニーズを産業や行政に反映させるのが吉野客員教授の狙いだ。例えば岩見沢市の母子健康調査の取り組みでは、出産前後のお母さん達の実に1/3がボランティアとして食、腸内環境、母乳に関するデータや妊産婦のニーズの収集に協力してくれているという。出産準備のためのセミナーで悩みや困りごとを互いに話し、解決策を模索し知恵やアイディアを共有する。また、出産後も定期的に子どもの健康状態をモニタリングし、食と発育に関するデータを集める。行政側はこうした情報を利用し、母子の健康のために何ができるかを企業等とともに考え、行政は政策に、企業はビジネスへと活かす。行政側でも手応えを感じていて評判は良好だ。調査結果に基づいて食生活の改善・充実など行動変容を促すことで目に見える成果が上がっている。大変さもあるけれど、それに勝る楽しさがあるという。この岩見沢市との取り組みが評価され、2021年2月日本オープンイノベーション大賞・日本学術振興会長賞の受賞、同年10月プラチナ大賞(総務大臣賞)の受賞につながった。岩見沢市でのノウハウをもとに全国展開も構想されている。

自分らしく幸せに生きられる社会の実現を目指して

 『食と健康の達人』拠点は、2021年10月に採択された文部科学省・科学技術振興機構「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」の『こころとカラダのライフデザイン共創拠点』とともに、新たなスタートを切った。そのキックオフイベント「emmy fes.(エミフェス):event0」が2021年12月に開催された。「エミは笑みのことです」。若者が笑顔で集まり、そこで出会い、語り、共感し、科学に触れられる場をつくっていきたいという吉野客員教授の想いが込められたこのイベント。トークセッション登壇者の社会的背景は実に多様だ。子育て、医療、産業、研究開発、若者文化といった話題の中で、自分がどのように考えアクションを起こしていきたいかなど、登壇者の様々な想いが語られた。このプロジェクトは正解を見つける科学ではなく、問題に気付き課題を設定することを重視している。そのための機会を設けることも重要な活動の一つだ。

 人々が社会で楽しく生きることを目指すオープンエンドの取り組み。それは健康を損なったときに頼る医療とはまた別の切り口だ。芸術や音楽、映画などの娯楽や美食などの楽しみは健康な人をさらに元気にする。こうした楽しみを通じて人々を幸せにするクリエイティブな産業を社会につくっていきたいという。


    岩見沢市と北海道大学COI『食と健康の達人』
    拠点で発行しているフリーマガジン「live」。
    日本で一番笑顔あふれる街をつくりたいという
    思いから創刊し、子育て世代を中心として健康
    に関する様々な情報を発信している。

 「現在の活動は、ライフイベントのうち妊娠・出産のフェーズに関わっているものです」と吉野客員教授。「このフェーズは医学的な専門性に頼る場面が多いのですが、人生の物語はその後も続きます。現在の活動を発展させたCOI-NEXTでは、子どもの乳幼児期から成長期、そしてその子どもが大人となり次の世代を生み出すところまでをカバーすることで一つのサイクルを完結させたい。生涯に渡っての『心と体のエンパワー』がこの活動のスローガンです」。そう展望を語った吉野客員教授は、ミュージカル『キンキーブーツ』で歌われる一節「You change the world,when youchange your mind!」に強い共感を持ち、課題を考え社会を変えるために活動に参加したい、そんな仲間を募集中だという。

 北海道大学から地域へ、そして未来へ、笑顔の社会が広がる。



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