アノオンシツ
比類なきキャンパスの資源を活かしたアートプロジェクト 自然豊かで広大なキャンパス。 桑園駅にほど近い石山通り沿いの札幌研究林の苗畑に古い温室がある。2020年9月、この温室をフィールドとした新たなアートプロジェクトが始動した。このプロジェクトを発足させたのは、高等教育推進機構オープンエデュケーションセンター科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)の朴R貞(パク・ヒョンジョン)特任講師。 朴特任講師はアートと科学のコミュニケーションに関する研究や教育を行いながら、現代アート作家としても幅広く活動している。CoSTEP の「科学技術コミュニケーター養成プログラム」では、アートを通して科学技術をどう理解し表現していくかなどを考える実践的な授業を行っている。このプログラムの参加者であった北方生物圏フィールド科学センターの林忠一技術専門職員と出会い、温室を紹介してもらったことがきっかけとなり、アートプロジェクト「アノオンシツ」が立ち上がった。1970年代に建てられた独特のつくり、周りの木々とそこに通じる跨道橋など、建物とその周囲の環境に一目惚れしたのだという。「鎖のついた滑車で開け閉めできる天窓や、当時はおしゃれだったというRカーブなどの建物自体の趣に惹かれました。また、かつての研究フィールドをどのような形で今に残していくのか、その企画を考えていくことに大変魅力を感じました」と、朴特任講師は当時を振り返る。 「アノハシ」の思い出
アノオンシツが目指すのは、温室とその周辺環境を軸とした作品作りなどの活動で、大学と地域、科学とアートなど領域を越境した中での人々の経験や知識の交流である。植物をはじめとする自然や科学を題材にしたバイオアートを中心に様々なプロジェクトを実施している。
プロジェクトの1つ「さよなら、アノハシ」は、石山通りをまたぐ跨道橋を題材にしたプロジェクトだ。この跨道橋は、1972年の札幌冬季オリンピック開催のために整備された石山通りによって、分断された研究林とキャンパスを結ぶために建設され、研究林でフィールド研究を行う者や、隣接する職員用宿舎の住人らが利用していた。車1台は通れるコンクリート橋で、交通量の多い石山通りの上を、人や車両が行き交う姿が見られた。跨道橋を渡る時の感覚が忘れられないという朴特任講師。農学部の裏から橋に入り、何度かあるカーブを曲がるごとに風景が変化する。石山通りを行き交う車を下に見たかと思えば、鬱蒼とした木々の間を通る所もあり、視界が様々に変化しながら最後の急なカーブを曲がると温室に到着する。学内でも一部の人にしか知られていない風景で、ちょっとした冒険ができるような非日常空間に惹かれたのだ。老朽化による跨道橋の撤去に伴い、このプロジェクトでは、跨道橋に対する思い出を募集し、記録として残す取り組みを進めている。 アートを軸にした「人」「空間」「知」の交流
跨道橋撤去に伴う工事や道路整備のため、320本もの木々が伐採された。アノオンシツでは、この伐採された木材を有効活用した様々な取り組みを行っている。北海道の木工家・デザイナーグループSapporo Association ofWoodworkers(SAW)の展示イベント「札幌の木、北海道の椅子展」とのコラボ企画もその1つだ。通常はあまり用いられないイチョウの木での椅子制作に挑戦してもらい、12脚のオリジナル椅子が完成した。また、この企画では、椅子の制作や展示だけではなく、制作者と本学を中心とする研究者との対談も行われた。それぞれの視点から木や椅子に対する考えを共有することで、新たな気付きが生まれる。「この対談で結論を出すのではなく、新しい何かが始まるきっかけにしたいです」と、対談をコーディネートする朴特任講師。こうした交流から生まれる思わぬ展開が楽しみだという。 伐採された木材は、燻製の材料としても活用されている。札幌市内のカフェRITARU COFFEEとともに、この木材を使って豆を燻煙した燻製コーヒー「アノトキ」を開発した。「伐採された木材の有効活用に限らず、キャンパスの自然との向き合い方やその活用方法などについて引き続き考えていきたいです」と、朴特任講師は意気込みを語る。 現代アートの実践に馴染みのない本学を舞台としてプロジェクトを実施する過程では苦労もあったが、温室を管理する北方生物圏フィールド科学センターをはじめ、関係部局等の協力を得ながら前に進んできた。札幌周辺の現代アート関係者の間では「アノオンシツの朴さん」として知られるようになってきたという。 本学にアートをインストールし、大学の資源に新たな価値を創造するアノオンシツ。今後も更なる活躍が期待される。
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