オピニオン Opinion
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「空中戦」

 根っからの働き者である。朝、通勤途中でも、「書類を見る」、「iPhoneで流行りの英字3文字単語の意味をwikiする」、「文教ニュース」(典型的な業界紙)を見る。前頭葉が、「大学」「大学」で飽和して総長室に着く頃には、軽い躁状態となる。

 机の上には、秘書が用意してくれた、「第4期中期目標期間における国立大学法人運営費交付金の在り方に関する検討会(第二回)」(会議名がそもそも長い)の議事録がある。ぱらぱらっと眺める。

 空中戦である。大学資本主義、エンゲージメント経営、IR、教学ガバナンス、STEAM人材、SDGs-ESG投資、Carbon Positive University・・・いやはや、飛び交う、飛び交う。この議事録、その筋の大学関係者ですら、果たして、どれほど理解できるのかと想像しながら眦を決して一読する。

 人後に落ちない「大学人」を自称してきたものの、この会議のメンバーの議論を見ると、その空中戦ぶりに圧倒される。

空中戦1

 長年大学にいると、問題が山積していることを実感する。教員の減少、大学院の定員割れ、運営費交付金の削減、国際化の問題、女性教員数の低迷、産学連携・・・大学は危機的状況である。

 しかし、実際には、世の中は大学のことなどつゆほどにも心配してはいない。ビジネスとして見れば、近年、これほど、顧客を順調に伸ばし、成長した産業は、既存のものとしては、「大学」以外に思いつかない。事実、よく知られているように、日本においても、戦後70年あまりで「大学」の数は4倍程に増加した。これほど安定的に成長したビジネスは、「大学」以外にはない。しかも、中世のヨーロッパに始まり、すでに1000年余りの歴史を持つこと自体、感嘆すべきことである。そして、歴史の荒海を乗り越え、なおかつ、ITが席捲し、第4次産業革命と言われる歴史的な地殻変動の21世紀になっても、成長し続ける産業としての「大学」は、関係者ながら恐るべしである。

そんな安定産業であり、1000年以上も社会に根を下ろし、現代社会の必須の構成要素となった「大学」に、世間の人々が注目するはずはないのである。つまり、流行りの大学用語で言えば近代社会にすっかり溶け込み、「内在化」されてしまった「大学」に世間は興味を持たない。

空中戦2

 最近、大学がわずかに世間から注目されたのは、例の英語共通試験の実施が迷走した時くらいである。それも、結局、元の木阿弥に戻ったとたん、「大学」のことなど、話題にも上らなくなった。あるいは、加計学園のスキャンダルであったが、「大学」の本質的な問題でもあったはずなのに、焦点は、政治スキャンダルに置き換えられた。

 ただ、世間が知らないうちに、「大学」がその意味や姿を大きく変えつつある時期に差し掛かっていることは、間違いない。海外の優等生大学は、その経営の在り方を、わずか20-30年で大きく変えた。ほぼ、別物になったと言っても過言ではない。それは、その内部にいるメンバーの入れ替えのサイクルより早い。言い換えれば、新卒でお役所に勤めたと思っていたのが、独立法人になり、瞬く間に会社組織のように替わり、営業部門やら商品販売も始まる。当事者は困惑して当たり前である。あたふたしない方がおかしい。それにキャッチアップすることが、今、日本の大学にも求められている。

空中戦3

 「大学」が社会の中に内在化して、普段、意識されないほど、大学は社会にとって当たり前の組織になってしまった。スキャンダルでも起こさない限り、世間は「大学の一大事」に目を向けてくれるはずもない。また、政治家も、大学は票に結びつかないことは百も承知で、大学の話など、滅多に議論に挙げはしない。

 急速に変わりつつある「大学」を社会に伝え、老若男女、世間の皆様にこっちを向いてもらう大切な使命が、大学人にはあるはずである。

 Twitterのハッシュタグに「大学改革」が上位にランクされ、サンデーモーニングの「風を読む」で「変貌する日本の大学」が取り上げられ、米倉涼子主演の「大学改革物語、プレジデントX」が高い視聴率を上げるくらいでなければならない。

 「大学、タイヘンです」と言うメッセージをあらゆる方法で伝えて、世間の皆様が「入試」や「就活」以外でも「大学」に目を向けてもらう責任が、私たちにはある。「大学」の問題は、皆さんの日常の問題だということをこの場から発信していきたい。空中戦は、お父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん、高校生には難しいはずである。平易な言葉で、大学の「今」をぽつぽつと語っていければ。

お暇な時に、時々、ご覧下さいませ。

ご挨拶に代えて・・・

空中戦4