オピニオン Opinion
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受験百景1:マサイ族の視力

 大学の最も重要な仕事の一つは、入学試験である。コロナ戦争の最中、特別な緊張感と雑音の中で、大学入学試験が行われている。受験生の皆様、ご家族の皆様、受験生が実力を存分に発揮できる試験環境を提供したいと思っています。

 大学入学共通テストに限っても、本学だけで4千名に近い受験生が集まり、これに対応する試験関係の教職員も2日間で延べ1,300名に達する。入学試験が大学の最重要業務であることは、本学の教職員はしっかり理解している。とは言え、真冬の厳寒の薄暗い早朝から夕刻を過ぎるまで、ひたすら試験監督をするのは、難行苦行、もはや修行の世界である。

 試験監督の責任は重大である。今年は全国で53万人の受験生がいるが、たった一問の間違い、一カ所の会場での手違いが、全体に及ぶ大きな問題となる。重責には違いない。その一方で、実際の現場での主な仕事は、ひたすら試験室内を監視して歩くことで、これ以上、単純な作業はないと言えるほどの仕事である。

 お昼の弁当を食べ終え、午後ともなれば、緊張感にも一瞬の緩みが生まれ、椅子に座ると睡魔が襲う。ここで不覚にも居眠りでもしようものなら、翌日の地方新聞の一面を飾らないと誰が言えようか。「北大・試験監督居眠り」と書き立てられ、批判されても仕方ないのである。不正の有無ばかりでなく、不正が可能な環境だけでもガバナンス上の問題であると正論を主張されると反論しようがない。

 ICTの時代である。スマートフォン一台あれば、かなりの問題が解けるに違いない。試験監督も必死である。思えば、小さく折りたたんだカンニングペーパーなど、明治・大正・昭和のアナログな遺産は可愛いものである。

 名前は伏すが、私の友人はマサイ族も驚くような視力の持ち主で、死角に入らなければ、10メートル以内の受験者の解答が識別できた。この友人曰く、「のぞき見」ではなく「」らしい。ただ、本人の名誉のために付記するが、当然、不正などなく公明正大な受験生で、結果として大学入試には落第も経験し、学部の試験でもしばしば再試験となっていた。

 実際、図抜けた身体能力と不正の境目は難しい。有名な事件は、2003年パリで開催された世界陸上選手権、陸上100メートルでのジョン・ドラモンド選手(米国)のフライング(不正スタート)事件である。詳細は別に譲るが、不正スタートの識別は、スターターのピストル音が選手の耳に届き、それが、脳の側頭葉(聴覚野)に伝達され、前頭葉の(運動野)から信号が発出され、下肢の筋肉が収縮するまでの最短時間は生理学的に限界があるという科学的エビデンスにある。ドラモンドは、電気計測上その規定された時間幅より早く反応したとされた。しかし、ドラモンドは、自分は間違いなく轟音を聞いてからスタートしたと主張し、当時のビデオを見ても、彼は少なくとも轟音と同時か限りなく短い間をおいてスタートを切っている。ひょっとすると、ドラモンドは、従来の神経科学の定説を覆す超人であったのかも知れない。

 マサイ族の視力やドラモンドの反射能力は、百万人に一人かもしれないが、「不正」技術のイノベーションも、Society 5.0の時代に入っている。ハイテクと「悪」のエンゲージメント力を発揮して用意周到な共謀準備が行われれば、近い将来、驚愕すべき完全無欠の不正が起こらないとは言えない。公平で効率的で一塵の不正も見逃さないためには、試験を行う側もAIなどを駆使して異次元の入試イノベーションが必要な気がする。文部科学省や内閣府は、大型研究やムーンショットと言われる挑戦的研究のテーマに、「次世代大学入試」を挙げるべきだと思う。

 難行苦行、修行の試験監督を二日間お願いする教職員に学長が報いる方法に名案・妙案はない。ただ、ある試験監督のベテランの先生のご意見では、お昼のお弁当のレベルが、その時の学長の評価につながるらしい。「今年の弁当は良かった。どうも、総長が配慮したらしい」などと好ましい評判が立てば、その一年は、多少の無理難題も許されると言う。逆に、万が一にも干からびた薄っぺらな弁当が供されると、監督者控室は、現執行部に対する不満、罵詈雑言が噴出するという大学伝説がある。

 今年は、この噂を耳にしたのが試験の前日で、私としては如何ともしようがなかった。試験当日、朝から私の頭の半分くらいは、「弁当」のことで一杯だった。

受験百景1:マサイ族の視力

 幸い、今年の二日間の幕の内弁当は、私(わたくし)的には合格点であった。早くも来年のことで胃が痛くなってきた。とにかく、来年の総長の入試業務に「弁当」の試食を追加することに決めた。