オピニオン Opinion
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大学ランキング

 この職に就いて以来、「大学ランキング」の文字をメディアで見かけると、何やら胸騒ぎを感じてしまう。恐る恐る、怖いもの見たさで記事を見て一喜一憂するのは、肝がすわっていない小心者の性かもしれない。とは言え、「大学ランキング」をタイトルとする商業誌は巷に溢れており、それらは確実な売り上げがあるらしい。あるいは、ネット上の記事も高い閲覧率を取ると言われているところを見ると、僕のように「恐る恐る」ではないにしても、ランキングに注目している大学関係者が大勢いると思われる。あるいは、それ以上に、世間の老若男女が、実は、この大学ランキングに注目しているのかもしれない。
 人間のマウンティングの本能がイノベーションの原動力というのは、やや性悪説に毒されているが、真実かもしれない。大学ランキングの登場から、まだ20年程度であるが、大学間競争を焚きつけてきた強力な仕掛けに間違いない。

 順位を付けたがるのは、群れを成して生きる知的な生き物の本能かもしれない。素人の気晴らしゴルフでさえ、「楽しめばいい」などと口では言っているものの、一打でも負ければ内心穏やかでない。結局、順位を見てしまう。
 負けると食事の時も何やら不機嫌で、話を逸らそうとする姿が痛々しい。世の中には、KYと呼ばれる人間がいて、その雰囲気を理解できず、負けた相手に対してさらに追い打ちをかける心無い暴言を吐き、楽しい食事の場は、一変、険悪になる。
 哀しいかな、人は、群れて、競い合う動物だ。

 我が家に幸運を運んできた犬(あげワン*1 )も、家族に厳格なランキングを付けていた。幸い、この犬の頭の中の家族順位では、僕が群れのリーダーで、順位一位の「ご主人様」であったらしい。もちろん、犬の気持ちは知る由もないが、それを裏付けるような、以下の家族の証言がある。
 この犬(大型のラブラドール・レトリーバー*2 )は、ご主人様がいる間は、従順で賢く名犬ぶりを発揮した。朝は、定時にご主人様を起こしにやってくる。壁掛け時計をチラ見しながら、ご主人様が朝食を召されるのを、傍らでしっかり「おすわり」して見届ける。
 しかし、ひとたび、ご主人様のご出勤を見届けて不在を確認した瞬間、テーブルの上の朝食をジャンプして強奪するわ、家族に吠えまくるわ、食べ物を要求するわ・・・挙句の果てに家族の手を噛み、まだ幼かった三女を号泣させ、ソックスを咥えて家中を走り回るなどなど、傍若無人振りを発揮していたらしい。
 「らしい」というのは、「ご主人様」である僕自身の不在中に発生するこの豹変、暴走ぶりについて、当然のことながら、僕自身は、一度も目撃する機会がなかったからである。この犬がこの世を去って数年が過ぎたが、いまだに、そのような悪い姿を想像することができない。ただ、最近、長女がその豹変ぶりを記録した貴重なビデオ映像を発見し、その映像を見て驚愕したのは事実である。

大学ランキング

 大学ランキングでは、何と言っても研究力が重要視され、これは、主観の入らないポイント制が機能しており、イチャモンのつけようはない。その一方で、「教育力」の測定は大変に難しい。そもそも、優秀な学生が入学してくれば、下手な教育など足を引っ張るだけで、伸び伸びと力を伸ばせる環境とそれに見合った高いレベルの仕組みを組めば、自然にすくすくと成長するはずである。ただ、その結果をどのように“測定”するかと考えると、これは面倒な話になる。結果の一つである人生の“成功”など、AIでも測定できるはずがない。

 さらに、プロボクシングのランキングが世界で5つも乱立しているように、この大学ランキングも複数存在する。おおよそ信頼されている世界ランキングも2種類あるし、部門別も存在する。さらに、受験の世界では、ベネッセ社をはじめとして、偏差値ランキングという気分が滅入りそうなランキングが厳然と存在している。
 近頃では、企業と同様に、投資先としてのランキングを示す、AAAやAA+などのいわゆる格付けランキングも、大学が取得するようになってきた。さらに、最近知ったことであるが、スポーツ力による大学ランキングもある。
 いよいよ、乱戦模様である。そのうち、さえ出かねない勢いである。

 ランキングなど気にしないで孤高を保つ生き方は、格好いいに決まっている。本来、大学にランキングなど必要ないという考えもある。ランキングなどなくとも、世界の大学には、華麗な歴史を持ち確固たる地位を固めた大学、ノーベル賞受賞者が廊下で当たり前にすれ違い、ランチタイムともなれば、カフェテリアでノーベル賞受賞者が数人集まってハンバーガーを食する大学があることは、百も承知なのだ。ランキングを作れば、人間は本能的に競争を始めてしまう。競争は、本来、激化する方向に向かう。

 もともと争いごとを好まない人間が学長になったことは、この大学にとって幸か不幸かはわからない。早速、「比類なき大学」という我ながら心揺さぶるキャッチーなスローガンを掲げた。ランキングなどというつまらない世界とは別のところで、唯一無二の大学として、競争とは無縁の世界で、無人の荒野を我行かん!の志を入学生にも伝えてきた。「群れてはいかん!」と訓示を垂れてきた。実力がつけば、世界は黙っていても一目置くようになると強がりも言ってきた。ある意味、こういう人間こそ、人一倍の「」かもしれない。

 あの犬が存命であったとして、我がご主人様の勤務する大学のランキングが上がれば、動物的感で直感し、家族内どころか、世間でのご主人様の順位をさらに上げ、名犬ぶりを発揮したのではないかと想像する。その度に、家族の中で、ご主人に次いで第二順位にいると思っていた節のあるあの犬は、自分の順位も上げ、更に家族に狼藉の限りを尽くしたかもしれない。ランキング、畏るべしである。