オピニオン Opinion
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美食三昧
「ホンオフェ」「重慶火鍋」「北大短角牛」

 「ホンオフェ」を初めて食したのは、10年ほど前、本場韓国の全羅南道で学会があった時のことである。ホンオフェは、知る人ぞ知る世界最恐の「臭い」食品であり、魚の「えい」の軟骨部分を堆肥などを含んだ土の中で数日間醗酵させた刺身である。シュールストレミングというスウェーデンの食品が世界一臭いという説もあるが、僕は、ホンオフェを凌駕する臭い食品など想像もできない。東の正横綱、ホンオフェと較べれば、ドリアン、くさやなどは、駆け出しの小結。納豆は幕下であろうか。
 食品ではないが、対等に勝負できるとすれば、1週間くらい履き続けたサッカー部の男子高校生の靴下を37度くらいの培養器で数日熟成した、本格熟成スメル・ソックスくらいのものである。この熟成ソックス、筋金入りの靴下フェチであった僕の愛犬ですら、後ずさりしたに違いない。

 最初、宴席の会場に入った瞬間に強烈なアンモニア臭で、「3年くらい掃除をしていない換気の悪いトイレ」に入ったのではないかと、めまいがした。マッコリと、爆弾と言われるウィスキーとビールのカクテルで、すでに盛り上がっている宴会部屋に入ると、とても息ができないレベルの「臭さ」で充満している。
 噂に聞いていた世界最恐レベルの臭さ単位を誇るホンオフェが盛大に盛られた大皿が宴席の主人公であった。「ホンオフェ」もどきは、日本でも食したことがあるが、元祖正統派の全羅南道で供されたホンオフェのアンモニア臭があまりに強烈で、涙が出てきた。料理が目にしみたのは、人生、後にも先にもこれが最初で最後である。

 アンモニア臭の元凶であるホンオフェを食する勇気など、どこから湧いてきたのか、今でも解せない。しかし、おそらく、断れない性格がそこでも発揮され、激辛のキムチに挟んで、グラス一杯のマッコリと共に一気に胃に流し込もうとした。ただ、韓国人の友人達が精一杯に振舞ってくれたホンオフェの刺身は、格別大きく最上等なものであり、一口に飲み干すことはできず、口の中で数回嚙んでしまった。噛んだ瞬間、口の中が「3年くらい掃除をしていない換気の悪いトイレ」になった。
 事実、ホンオフェは、本場韓国の友人に言わせても、あまり長時間、口の中で味わっていると、高濃度のアンモニアで口腔内がひどい炎症を起こす危険な食べ物である。

 しかし、こうした発酵食品に対する嗜好性は、我々、朝鮮半島から日本列島で暮らしてきた朝鮮民族や日本人のDNAに埋め込まれているに違いない。一口食べてしばらくすると、不思議な旨味が口の中に広がり、結局、宴会が終わる頃には、サラダ菜で巻いたホンオフェをマッコリと合わせて何枚か食べることができ、すっかりファンになってしまった。
 もともと、南蛮の辛さにはアレルギー的反応を示す体質であり、それに加えて、ひ弱な90%ベジタリアンである僕の腸内環境は、強烈なキムチとホンオフェの乱入によりその夜大混乱となり、深夜から下痢に襲われ、トイレで朝を迎えることになった。

 もう一つの食にまつわる悲劇を紹介する。これは、私のドイツ人の友人から聞いた話である。
 当時、彼は人気のある世界的な研究者で、講演で世界を行脚する日々を送っていた。その日はパンダで有名な四川省での講演を終え、地元で歓迎の宴が行われた。
 宴席の中央には、鍋があったそうである。中を覗くと、真っ赤な唐辛子のスープの中に、解剖学を学んだ医者であれば、一目見て腎臓とわかる形をした臓物や日本で言えばホルモンのような食材が浮いて、ふつふつと沸き立っている鍋料理が供されていた。世界中で講演を依頼されているこの先生は、ありとあらゆる世界のグルメ・ローカルフードを制覇していた。消化器系の強靭さも半端ないもので、食事の冒険に関しては、「世界の果てまでイッテQ!」のイモトアヤコ級である。この程度の鍋は、四川省に来る前に立ち寄ったパラオで食したインディ・ジョーンズの魔宮の伝説さながらの「コウモリの首スープ」に較べれば何と言うことはないと、勧められるままに完食したらしい。彼の奥さんは、とても食することができず、チャーハンのような米飯で空腹をしのいだ。
 想像するに、「重慶火鍋」のバリエーションで、狸鍋か、羊肉鍋、家鴨鍋、あるいは、SARS以前でもあり、ハクビシンの鍋であったと思われる。ちなみに、パンダの鍋でないことは確かであったらしい。現地の有力者の個人的接待で、通訳もなく、何の臓物かはっきりわからないまま、宴はお開きとなった。
 宴席が終わり、ホテルに戻ったその夜半から、このドイツ人先生、激しい腹痛と高熱に見舞われ、まさかの救急車で地元の病院に数日の入院となった。その後のアジアでの講演会を全てキャンセルし、大変な目にあったと自戒している。
 イモトアヤコ級の胃袋を持った彼であったが、動物の内臓は、時に現地人には問題がなくとも、生来食べ慣れていない異邦人には、深刻な消化器症状を引き起こす。

 人間、体の中に食品を取り込む「食事」は、思えば、大変な行為である。長く人生を共に歩んできた同志であるそれぞれに固有な腸内細菌叢は、年齢と共に、加速度的に保守的になる。少なくとも、僕の年齢になると、食事で冒険をしようなどとは努々(ゆめゆめ)思わない。安心して、自然の中で生まれた美食を、胃袋の半分程度、身の丈に合った分だけ食することが幸せである。

 今年の夏、北大の静内の研究牧場で、北大短角牛の貴重なお肉を試食する機会を得た。雄大な自然の中で、牧草を好きなだけ食べて育った北大短角牛は、現在、巷間で人気のある霜降りのさしの入った和牛とは一線を画している。
 当時はまだ一般販売の話は決まっていなかったため、まるで秘密結社の仲間と、隠れ家で禁断の絶品グルメを味わうような罪悪感があった。そう思っていた矢先、この短角牛のビーフセットが一般発売となった。ある程度の生産量と流通が確保され、皆様に供することができて、罪悪感が薄れた。美味いものを独占してはいけない。

時には、安寧な日常を貪っている保守的な腸に活を入れるため、「ホンオフェ」や「火鍋」などの非日常食で、体を奮い起こすのも悪くはない。しかし、穏やかな自然の中で大切に育てられたビーフをしっかり咀嚼して、一切れも残さず完食する喜びは、「食事」本来の官能を再確認させてくれるはずであり、機会があればご賞味のほど。

 何だ、今回の総長コラムは、北大ブランド商品の宣伝ではないか!と思われようと、良いものを広報するのは、総長業務である。
 ご用命は
  https://www.mcip.hokudai.ac.jp/business/brand/hokudaibeef/
 まで。