オピニオン Opinion
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西暦2022年 北極星を仰ぐかな
-------魚座から水瓶座へ------

 毎年、新年の総長コラムに、「おみくじ小咄」を期待する読者からの声が聞こえてくる。自業自得とは言え、困り果てた。毎年、「大吉」ネタで傑作を書ける文才があれば、僕はとうに大学の総長を辞して、文芸協会の会員になっていたはずである。
 「大吉」について気になる読者のために端的に言えば、今年も、もちろん、総額2400円を投入して「大吉」を引いた。見れば、「失せモノ見つかる」とある。
 嘘のような話であるが、このおみくじを引いた1時間後に、もう3週間前に紛失したと諦めていた保険証が忽然と現れた。「大吉」のご利益、まこと畏るべしである。

 さて、西暦2022年の新春。コロナ禍や大学改革、10兆円ファンドなどの浮世のうさをしばし忘れ、真冬の夜の漆黒の天空に煌めくおおいぬ座のシリウスを眺めながら、悠久無限の天空に思いを馳せた。一年を占うおみくじも良いが、今回は今後の2000年を占う壮大なお年玉新年コラムである。

 足元はおろか、影すら踏むことが出来なかったが、寳金は、知の巨人「中田つとむ *1の第一の弟子であった。中田と過ごしたアメリカでの研究の日々、その研究の合間を縫って、中田は、ボルツマン*2とアインシュタイン、そして、ライナス・ポーリング*3の話を延々と語った。そして、僕が中田から聞かされたもう一つの話は、壮大な天空の物語であった。
 こんなことを言うと、中田が超自然科学者であったかのような誤解を招くが、言うまでもなく、中田博士は、存命中、ノーベル賞の呼び声もかかった脳科学者であり、神経内科医であり、日本古代史の研究者、小説家であった。
 その天空の話の中でも、占星術は、中田の十八番おはこ であった。僕の60年余りの人生で聴講した数えきれない講演の中で、唯一、もう一度聞きたいと願っているのは、15年ほど前に聞いた、彼の占星術に関する伝奇ロマン的講演であった。惜しまれつつも68歳で他界した中田博士の遺品のデータの中に資料がないかと遺族の方にお願いしたが、ついに探し出すことはできなかった。中田は、その秘密をサンフランシスコの墓地まで持って行ってしまったらしい。人類の宝の喪失と言ってもいいくらい残念である。
 以下、占星術に詳しい読者にとっては、イロハですので、読み飛ばして下さい。

 地球は自転している。その自転軸は、地球の軌道に対して約23.4度傾いている。この軸の指し示す方向に、「北極星」がある。北大の有名な寮歌「都ぞ弥生」にも「おごそかに仰ぐ」北極星が出てくる。私たちにとって、北極星は特別な星である。
 この自転軸は、実は、長い周期で規則正しく歳差運動している。歳差運動は、コマのように傾きながらの回転運動である。この歳差運動の一周期は25772年という長さである。気の遠くなるような長いサイクルだが、宇宙史的に見れば刹那に等しい時間である。詳細な説明は、是非、占星術の解説書や中田の絶筆となった推理小説「神の遺伝子」*4を見て欲しい。
 占星術では、天球上で太陽が通過する道を黄道と呼んでいる。この黄道を12の空間に分け、それぞれの空間に12個の黄道宮を置いている。この25772年を12で割ると、2147年となる。つまり、占星術上は、約2000年の周期で、地球を支配する星座は変わることになる。ちなみに、25772年を360度で割ると、約72年。つまり、72年で1度、北極星の方向が移動する。そう思えば72歳の誕生日は特別なものだ。
 キリストが生まれた紀元前6年(キリストの生まれ年は諸説ある)は、魚座の世紀の始まりであった。魚座はキリスト教のシンボルである。キリスト教徒の多い国で暮らしたことのある人であれば、しばしば、車のナンバープレートに魚のマークを見たことがきっとあるはずである。これは、キリスト教のシンボル、イクトゥス*5と言われている。キリスト教が魚をシンボルにしている理由は諸説ある。しかし、イエスの生まれた年が、宇宙史上、まさに魚座への遷移の時期にあったことは、神の啓示かもしれない。
 この魚座の2000年間、人類は文字から学術・科学を生み出し、戦争を繰り返し、産業革命を成し遂げ、フォン・ノイマン型のコンピューターを生み出し、ついには、人工知能を手に入れた。私たちの近代文明は、この魚座の時代であった。
 その魚座が別れを告げ、西暦2022年は、いよいよ次の天空、すわなち、水瓶座に遷移する転換期に入る。私たちは、占星術的には、黄道上、双魚宮から宝瓶宮に移動する大転換期の入り口にいることになる。
 このキリスト教のシンボルであった魚座の2000年が終焉を告げ、ホロスコピックな悠久の時間の流れの中で、水瓶座が支配する2000年(正確には2147年)が始まることになる。セム族が創造したキリスト教・イスラム教・ユダヤ教が支配した魚座の世紀の終焉が訪れ、人間の知のあり方が遷移する転換期に入る。
 水瓶座の支配者は、AIか、あるいは生物としての人間の進化かもしれない。ひょっとすると、人間そのものに替わる何か別の生命体、あるいは、非生命体が支配する2000年かもしれない。

 中田の天空の物語におけるもう一つの重要な鍵は「杖」であった。「杖」は、方向を指し示す重要な道具である。古来、人類のリーダーは、「杖」を持っていたとされる。我らが医学のシンボル、アスクレピオスは、蛇が纏わりついた杖を手にしている。アスクレピオスは、その杖で人々に命の方向を指し示した。アスクレピオスの杖、ヘルメスの杖、ロード・オブ・ザ・リングのガンダルフの杖。東洋では、孔子も杖を持っていた。予言者は、しばしば杖を持って、天空の彼方を指し示した。
 一方で、「杖」は、片麻痺、四肢の障害などの身体の問題を意味している。あるいは、それによって生まれる多様性を意味している。「杖」を持つ指導者の姿は、リーダーがそうした多様性の中に生まれることを暗喩している。指導者は、自らの体を支える「杖」を解き放って、「北極星」を指し示す。

 西暦2022年は、2万年超という気の遠くなるような周期の歳差運動の中で、魚座から水瓶座への遷移の時期にあたる。「光は北から、北から世界へ」と至る所で放言している。ホーキンが、怪しげな衣を纏い、豪奢な年代物の「杖」を持って、眼光鋭く冬の天空に瞬く北極星の方向を指し示す写真が北大のホームページの表紙を飾っても、驚かないで下さいませ。

  • *4
    神の遺伝子 【文春e-Books】中田力著