オピニオン Opinion
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「毒まんじゅう」 「真水」で漱ぐ 初夏の宵--------詠み人知らず--------

 タクシーの後部座席には、非日常の空間へワープする入り口がある。タクシーに乗車して、メーターが動き出した瞬間、日常から解放される。
 長い乗車ともなれば、お互い喋りまくり、サブカルチャーの情報交換会となり、目的地に着く頃には、喉もカラカラになる。自分はこんなおしゃべり人間であったのかと驚く。
 何より、タクシー運転手さんは、コミュニケーションのプロである。それも当然で、ありとあらゆる種類の人間に出会っている点で、運転手さんの右に出る職業はない。すぐに思いつくだけで、以下のごとし。
 ① ただ乗り常習犯の典型的な手口の話
 ② 訳ありカップルの車内でのドタバタの顛末(詳細は本コラムには馴染まないので割愛)
 ③ 空前絶後のモンスタークレーマーの苦情を、1時間ひたすら聞かされた難行苦行の話
などなど。
 タクシー運転手さんは、このような飛び抜けた人間と毎日遭遇している。彼らと比べれば、僕などは、実に平凡な人間らしい。あるいは、恐竜が闊歩しているジュラシック・パークを無防備で歩いている「世間知らずの学者」のような危うさを感じるらしい。

 サブカルチャーの話といえば、どんな業界にも、そこでしか通じない用語がある。タクシー業界もご多分に漏れず、数多の業界用語がある。
 タクシー無線で「大きな忘れ物」という連絡は、警察関係の緊急重要情報が暗号として流されていることも随分前に知った。以来、「忘れ物」と聞くと、耳がダンボになってしまう。
 「ゴミ」「お化け」「ゾンビ」などなど、際どいタクシー業界用語も運転手さんから伝授された。「今日はごめん!お化けじゃなくて、ゴミの日なのさ。」「今日は、ゾンビが多いね。」などと語れば、運転手さんも、あなたに一目置いて、その筋の人ではないかと警戒するか、あるいは、警戒心を一挙に緩めて、巷間のサブカルチャーの話を存分に聞かせてくれるかもしれない。

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 ある日、タクシーの中で、「今日も毒まんじゅうを食っちゃったよ・・・」と思わず口走ったところ、運転手さんが、真顔で、「盛られたんすか!!・・・病院に行かなくて、大丈夫ですか?」と心配の声を上げた。
 世間では、「白い巨塔」のイメージと大学が重なっているらしい。まさかとは思うが、世間は、象牙の塔では、権力争いの挙句、毒薬をまんじゅうに混入させ、暗殺まがいのことが日常的に起こると半ば信じている人もいるのかもしれない。
 「毒まんじゅう」について、誤解を解く必要がある。まず、第一に、大学、まして、高潔な大志を旨とする北海道大学では、そうした毒まんじゅうを総長に食わせるような権謀術数は行われていない。そのような意味で「毒まんじゅうを食っちゃった。」のではない。
 第二に、政界で「毒まんじゅう」とは、「賄賂」など不正な金銭供与を意味する業界用語だ。「毒まんじゅうは蜜の味」という言葉もあるらしく、政界では、毒まんじゅうは今でも人を誘惑するものらしい。しかし、これも大学には存在しない。医学部の教授選で飛び交う札束は山崎豊子の小説の世界のこと。まして、仲人の高額な謝礼も、昭和の時代の終わりに大学からは絶滅した。
 僕が食した「毒まんじゅう」は、大型の公的外部資金のことである。

 「大型の公的外部資金が毒まんじゅう?んな訳ないでしょうが!」と思われて当然である。
 大型の公的外部資金が「毒まんじゅう」たる所以は、少々説明が必要である。
 大学は、捻り鉢巻きで、競争的研究費など外部資金獲得のために、日々、血眼になっている。大型の公的外部資金ともなれば、検討チーム(タスク・フォース)を結成し、総長も微力ながら参加して、想定問答集を準備して、ヒアリングのリハーサルまで行って、その日を迎える。小心者の総長は、採否の結果が公表されるまでの日々は、安眠もままならない。発表の日は、朝から血圧も150を超える。外部資金の獲得の成否は、大学をハラハラさせ、総長の寿命を縮める。落選した夜は、お通夜となる。

 大型の公的外部資金の獲得は、大学にとって慶事である。ただ、その多くは、年々、漸減し、数年後には終了となる。そして、困ったことに、その後は、そのプロジェクトなり、制度を「自走」させなければならない責任を負ってしまうことになる。つまり、外部資金の支援が切れた後は、自分たちのお金で何とかせい!ということになる(後年度負担とも言われている。)。
 一口目(一年目)、二口目(二年目)は美味い美味いと食していた外部資金という「まんじゅう」は、支援が切れた後、「猛毒」となる。すなわち、これが「毒まんじゅう」である。

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 外部資金による支援のおかげで、良い制度が生まれ、大学内部のスクラップ&ビルドが進み、更なる外部資金を呼び込み、「まんじゅう」で生まれた制度改革やプロジェクトがその後もすくすくと育つ。ただ、こんなサクセスストーリーはそうそうあるものではない。多くは、初期の制度設計やプロジェクトは成功しても、その後に経営的負担が残されることの方が多い。
 ひょっとすると、世の賢い大学の方々は、私たちの大学のように、入れ食い状態の釣り堀の鯉のような愚かなことをしていないのかもしれない。

 私たち大学業界に限らず、予算を扱う財務の専門家の間には、「真水」という業界用語がある。「真水」は業界毎で少しずつ意味が違い、正確な定義はないので、ここでは説明は省くこととする。読者の皆さんで勉強してくださいませ。
 今回の新しい支援制度にも、叡智を駆使して、伸びようとする地域の大学を支援する、新しいタイプの「真水」が注がれることを期待している。
 田舎の総長の心配の種は尽きない。大学ファンドで生まれる3000億円という限りなく「真水」に近い支援が新たなタイプの「毒まんじゅう」になるのではという心配が杞憂になることを心から願っている。