オピニオン Opinion

学士学位記授与式 告辞

壇上で告辞を贈る寳金清博総長

 本日、本学を卒業される2,531名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。北海道大学を代表して、心よりお祝い申し上げます。また、慣れない環境、異国の地で、本学を卒業された留学生の皆さんに対して、重ねて、お祝い申し上げます。

 また、皆さんを支えてこられたご家族、関係者の皆さまに対しても、心より祝意をお伝えしたいと思います。さらに、この間、本学へのご支援をいただいた方々には、この場を借りて、深く御礼申し上げます。

 私は皆さんに学位記をお渡しする教員の代表です。本来は、その教員の一人として、皆さんに、講義を行いたいと思っていました。

 そこで、本日は、一教員として、最初で最後の短い講義となりますが、4つのメッセージをお伝えします。

 まず、最初の話です。少し私自身の大学生活の話をお伝えしようと思います。高校生の頃、大学に進学するとすれば、地元の国立大学の選択以外はないと考えていました。人生には、様々な可能性や選択肢があるように見えますが、実際には、自分の思うようになることは少ないものです。誰もが、あらゆる選択の機会に恵まれているわけではありません。

 しかし、私のその時の選択、北海道大学を選んだ選択は、私の人生における最善の選択の一つになったと思います。その理由は二つあります。

 まず、私は入学後、素晴らしい授業を受けることができました。数学、物理学、生物学、哲学、英文学、社会思想史、中国思想史など、全ての科目でとても良い授業を受けることができました。当時の授業料は非常に安く、それでいて高いクオリティの授業を地元で受けることができたのです。

 これと全く逆の経験をアップル社の創始者のSteve Jobsが、語っています。彼は、苦労して高い授業料の大学に入学するのですが、その授業の内容が、彼の望むものからは程遠いことを知り、半年で大学に通うことを止め、二度と、大学に戻ることはありませんでした。私のケースは、その全く逆でした。

 そしてもう一つの理由は、北大に入学することで、実に多くの仲間を得ることができ、自分の世界が大きく広がったことです。北海道外から来る実に多様な同級生や留学生との出会いは私の人生を彩り豊かなものにしました。また、私は体育会系のクラブに所属しましたので、そこで出会う先輩、後輩あるいは他大学の競技者などと密度の高い交流を得ることができました。このように、多様な仲間の集まる大学は、北海道大学以外には考えられません。

 その多様性に関して言えば、北海道大学には特別な歴史があります。私たちの札幌キャンパスには、アイヌ語でサクシュコトニ川と呼ばれている川が流れています。皆さんも、一度は、その川のそばを散策されたことがあると思います。このほか、セロンベツ川と呼ばれた川も流れていましたが、これらの川の周辺には、明治初期には先住民族であるアイヌのコタン、通称コトニ・コタンと言う集落がありました。私たちの大学は、そうしたアイヌの人々が生活の場としていた場所に教育・研究の場として、今も存在しています。言い換えれば、北海道大学は、先住民族アイヌの人々が長い歴史を重ねてきた豊かな土地にあると言うことです。

 北海道大学は、一昨年の12月、Diversity and Inclusion宣言を出しました。こうした大学の歴史を考えると、私たちは、自分たちがいる場所・土地に敬意を払わなければなりません。北海道大学は、他の教育機関の模範となり、多様性や包摂性に対する深い理解を深める場でありたいと願っています。

 こうした多様性を有する北海道大学を選択し、今日の卒業式を迎える皆さんは、間違いなく、最良の選択をされたと思います。

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 2番目はお詫びです。4年前、あるいは6年前の皆さんの入学時、私たちが約束した修学環境を、このコロナ禍で、提供することができませんでした。本当に不運なことに、皆さんの在学期間のほとんどがCOVID19によるパンデミックの期間と重なってしまいました。結果として世界中の大学と同様ですが、北海道大学においても、対面の授業や実習、あるいは本来あるべき教員と学生の対面の議論あるいはcreativeinteractiveな授業が充分にできませんでした。この苦難の3年余りを大学で共に過ごし、皆さんの辛い日常を見続けた者として、言葉にできない辛さがあります。

 このコロナ禍が、この時期に高等教育を受けた皆さんの今後にどのような影響を及ぼすかは、未知の問題でもあります。対面によるコミュニケーションの減少が、教育に影響を与えたのではないかと危惧する意見が存在します。

 しかし、別の視点も考えるべきだと思います。私の専門は、医学・生物学の領域です。人間も含め、生物は、過酷な条件のもとに置かれた時に、それに順応する遺伝子を発現し、生存を図ります。皆さんも、このコロナ禍の中で、デジタル化された学びやオンラインによる遠隔地との瞬時の接続などに対する順応力など、平穏な時代には得られなかった力強い能力を獲得したと思います。

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 3番目は、これが、今日の私の講義で最も重要なメッセージかもしれません。それは、皆さんには「学び」を続けてほしいということです。私は現在68歳です。私に残されている学びの時間は、どう考えても、皆さんよりは短いものです。それでも、私はまだまだ学び続けようと思っています。毎日、1時間程度、自分のための勉強を続けています。

 卒業生の皆さんの今後には、二つの人生の選択が待っていると思います。一つは、世界・社会を変える人生、もう一つは、変わってゆく世界に翻弄される人生です。

 この二つの人生の差が、どこから生まれるのか明らかです。世界を少しでも良い方向に変える人は、常に学び続け、チャレンジし続ける人です。逆に、大学を卒業した瞬間に能動的な学びを忘れ、チャレンジを放棄した人は、世界の変化に翻弄され続けることになります。

卒業証書を授与する寳金清博総長

 そして、重要なことは、この学びとチャレンジのために私達に与えられた時間が、驚くほど短いことです。もう少し正確に言えば、私たちの寿命は、生物学的に言えば、決して短くはないと思います。しかし、何事かを成し遂げようと思えば、それは、決して十分な長さではないというべきかもしれません。

 私は、24歳の頃、今の皆さんと同じようにこの大学を卒業した時、年齢を重ねることで、悩みや些末な感情から解放され、自分自身が成長すると信じていました。しかし、事実は逆でした。歳月はあっと言う間に過ぎ、年齢を経るほど、悩みは増え続けました。

 よく知られていますが、葛飾北斎が、あの驚くべき富嶽三十六景の神奈川沖浪裏(かながわおきなみうら)を描いたのは、彼が70歳前後の頃と言われています。そして、彼は享年90歳でこの世を去りますが、死の床で、「自分にもう5年の寿命があれば、真の絵師になれたのに」というような悔恨の言葉を残しています。

 朱子は「少年老い易く学なり難し」と述べたといわれています。また、孔子は「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり」という言葉を残しています。あるいは、Steve Jobsが言った「Stay Hungry, Stay Foolish」。解釈は様々ありますが、これらは、全て、学びに対して飽くなきspiritを持ち、チャレンジを極めた先人たちがそれぞれの体験を自分の言葉で言い換えたものだと思っています。

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 今日の私の講義の4番目、最後のテーマは、北海道大学の初代教頭である、William S. Clark先生のことです。3番目のメッセージで、私は、人生は、常に学び続け、チャレンジし続けるものであるべきとお話しました。その意味で、私たちの最大のロールモデルは、間違いなく、クラーク先生です。開学から150年になろうとする今でも、北海道大学における最高の教員は、クラーク先生をおいて他にはいないと思います。

 クラーク先生は、今から約150年前に、アメリカ東海岸、ボストンに近い、マサチューセッツ農科大学の学長という高い地位にいました。彼は、それ以前にアマースト大学の教授であった頃、北軍に従軍し、南北戦争に参戦しています。そして、1876年、彼は、明治政府の依頼を引き受け、大陸を横断し、命がけで太平洋を越え、東京で英語を学んだ学生13名と共に、荒涼たる札幌にやってきます。当時の人口は正確には分かりませんが僅か二千人程度であったと推定されます。新島襄との出会いの影響もあったと言われていますが、クラーク先生のこの選択は、どう考えても、凡人の想像を超える挑戦であったと思います。

 札幌農学校の礎を築くというミッションを成し遂げると、彼は、「Boys be ambitious, like this old man!」という、実にシンプルで、心に突き刺さるメッセージを残して、札幌を去ります。その後、帰国したクラーク先生は、事業を起こしますが、不運も重なり、不遇のうちに、59才で、生涯を終えたとされています。

 これらの事実は、彼の人生が、生涯を通じて、チャレンジそのものであったことを意味します。クラーク先生の生涯は、学術や教育に留まらず、今の言葉で言えば、アントレプレナーシップ、スタートアップを通して、世界・社会を変えようとし続けた果敢で、彼自身の言葉通りambitionに満ちた人生でした。

 皆さん、今日の卒業式の終了後、是非、もう一度、中央ローンにある日本で最も良く知られている胸像であるクラーク像に立ち寄ってください。そして、彼の挑戦に満ちたAmbitiousな人生へ思いを巡らせてみてください。

 私の短い講義を聞いていただき、ありがとうございます。最後に、私たちが生きるこの時代は、戦争があり、感染症があり、気候変動が私たちの地球そのものを脅かす多難な時代です。しかし、皆さんは、私たちの最高のロールモデルであるClark先生の「Be Ambitious」の精神を胸に、学びを続け、挑戦を続け、勇気をもって、これから始まる新しい人生を堂々と歩んでください。

 卒業生の皆さんのご健康とご活躍を心から祈念して、私の結びの言葉といたします。