オピニオン Opinion

令和5年度入学式 総長告辞

壇上で告辞を贈る寳金清博総長

 新入生、2,546人の皆さん、本日は、北海道大学ご入学、おめでとうございます。

 北海道大学の全ての役職員、在学生を代表して、皆さんのご入学を心からお祝い申し上げます。また、本日は、新型コロナウイルス感染症に配慮し、ご家族、関係者のご参加を制限させていただきましたが、多くの方にご出席いただきました。皆様にも、心からお祝い申し上げます。

 今日の入学式では、「私たち北海道大学の現在」という観点から、皆さんに3つのことをお伝えしたいと思います。
 まず、第一に北海道大学の歴史についてです。
 私たちの目線は、当然のことながら、ほとんど未来に向かっています。私たちのビジョンは、未来を向くのは自然で、とても健全なことです。だからこそ、こうした入学式などの節目には、私たちの現在地を、過去から振り返って考える必要があります。

 今から150年ほど前の1876年、明治9年に、欧米の大学に匹敵する高等教育機関を目指して、明治政府により「札幌農学校」が設立されました。北海道大学の前身はこの「札幌農学校」で、日本で最も早く設立された高等教育機関のひとつです。
 札幌農学校では、米国流のリベラルアーツ教育が行われました。「リベラルアーツ」とは、分かりやすく言えば、「幅広い一般教養」のことです。設立当初の札幌農学校において、リベラルアーツ教育を大学教育の原点に置き、農学だけではなく、数学、化学、生物学から歴史学、経済学に至るまで多様な基礎教育が全て英語により実施されていたことは、本当に驚くべきことです。今日(こんにち)においても、極めて先進的なことです。
 以来、北海道大学は、リベラルアーツ教育を通して、4つの基本理念を培ってきました。すなわち、未踏の学問領域を探求する「フロンティア精神」、国際人としての素養を身に付け、多様性を尊重する「国際性の涵養」、人間形成の基盤を培う「全人教育」、そして、得られた成果を社会に還元する「実学の重視」です。

壇上で宣誓をする新入生

 創立された明治9年当初、キャンパスの中心は、現在の札幌市時計台周辺にあり、明治36年、約120年前から現在の位置に置かれています。
 北海道大学札幌キャンパスは、日本でも有数の多様性とスケールを誇り、春夏秋冬の美しさ、観光地としての魅力においても、日本でも類を見ない素晴らしい大学キャンパスのひとつです。また、この地は、北海道大学が設置される以前は、アイヌの方々が暮らす集落があり、日々の生活の糧を得ていました。水や緑などに恵まれ、とても豊かな土地で、おそらく、アイヌの方々にとっても、非常に豊かな暮らしの場であったことでしょう。この地に学ぶ私たちは、こうした歴史を忘れてはならないと思います。
 幸い、私たちは、海外の大学関係者と接する機会があります。その中には、世界の先頭を走る大学もあり、同様の歴史をしっかり教育し、後世に繋ぎ、多様な価値観や多彩な文化として大切にしています。私たち北海道大学もそうした大学のひとつでありたいと思っています。

 北海道大学の歴史に関係して、今日は、この後、北大応援団の演舞が行われます。北大応援団は、100年超の歴史をもつ応援団であり、いわゆる旧七帝国大学の応援団でも特に長い歴史と異色の伝統を誇っています。コロナ禍のため、ここ数年、活躍の場を失っておりましたので、実に久しぶりの登場です。
 応援団というと、古い時代の時代遅れの遺物と思われる方も多いかもしれません。しかし、それは違うと思います。
 その外見は「弊衣破帽」と言われ、いわゆる流行に左右されない生き方を体現していますが、それ以上に真っすぐで権威に負けない、まさに今の私たちに求められる生き方を表しています。また、応援は、何の役にも立たないと思われるかもしれません。しかし、自分たちの仲間だけではなく、精一杯生き抜こうとする全ての人々へ公平無私のエールが「応援」の本質です。是非、この後、新入生の皆さんへのエールと「応援」の精神を御覧ください。

 二番目は、未来の話です。北海道大学の目指す方向です。
 北海道大学は、6年ごとに目標と計画を決めて、社会に示しています。令和4年4月から6年間の中期目標・中期計画を、昨年、定めて公表しました。その中で北海道大学は、独自の目標として、世界の課題解決、SDGs達成への貢献を社会に約束しています。SDGsやゼロカーボンは、世界の多くの国や組織が目標に掲げています。しかし、本学は、150年に近い歴史の中で、創立以来、キャンパスや研究林等の広大な敷地をはじめとする環境保全、そして、飢餓・食料問題を解決する食資源、海洋研究、健康的な生活を確保し、福祉を推進するヘルスサイエンス研究、DiversityなどSDGsの多くのテーマを目標にしてきました。SDGsは、本学が本来有している理念を言い換えたもので、北海道大学150年の遺伝子、DNAそのものです。
 さらに、研究力を格段に向上させ、その研究成果を世界と地域の課題解決に向けて社会実装させることを目標にしています。今、日本の科学研究力は、世界の先頭集団から大きく離されつつあります。確かに、21世紀だけ見ると、ノーベル賞受賞者の数において、日本には19名の受賞者がいます。北海道大学を見ても、名誉教授の鈴木章先生や、特任教授のベンジャミン・リスト先生がいらっしゃいます。しかし、日本のノーベル賞受賞者のほとんどは、1960年代から1990年代の仕事が評価されたものです。ノーベル賞だけではなく、今後、世界から注目され、世界の課題解決に資する先端的な研究者が激減する危惧があります。
 これに対して、私たち、北海道大学は、日本を代表する研究大学として、世界最先端研究を進めるために新しいビジョンの実現に向けて、多様な取り組みをしています。まさに、皆さんの年代の方々が、北海道大学の研究力をスケールアップし、そのことで、日本の研究力を再生させて、世界の先頭集団への返り咲きを果たす原動力となるように、学んで欲しいと思います。皆さんの中から、何人もの世界的な研究者が当たり前に生まれてくることこそが、日本の科学研究力のルネサンスをもたらします。北海道大学はその責任と実力を持った大学です。

告辞を静かに聴く新入生たち

 三番目は、言うまでもなく、今私たちが直面している世界的な3つの危機のことです。一つは、私たちが予想もしていなかった新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大が、3年以上の長期にわたった危機。二つ目は、ウクライナの戦火に象徴される世界の平和的秩序への脅威であり、世界の平和維持のための秩序や枠組みの危機。三番目は、産業革命以降の人類の膨大な生産活動がもたらした地球温暖化などの気候変動により、地球上の命そのものが脅かされている危機、この3つの危機です。
 この3つに共通することは、全て、人間が引き起こした危機であることです。そして、北海道大学は、この3つの危機を克服するために、できることがあるということです。第一に、北海道大学は、コロナをはじめとする新しい感染症と戦うための日本のヘルスサイエンス研究の中心拠点の一つとして、総合大学の強みを発揮しています。第二に、本学は、全ての教育・研究の領域で、平和とそれに基づく世界の繁栄を追求してきました。特に、北海道大学はロシアに最も近い総合研究大学であり、スラブ・ユーラシア等の地域研究を通じて、世界の安定した平和の秩序を追い求めてきました。第三に、本学は、この自然に恵まれたキャンパスをサステイナブルなものとする歴史を持ち、エネルギー・地球環境研究に関する総合科学を発展させてきました。
 北海道大学は、世界に何千とある大学の中のたった一つの大学です。しかし、私たちには、人間が引き起こしたこれらの地球的な危機に対しても何かしらできることがあります。人間が引き起こしたことは、人間が解決できないはずがありません。

 以上、北海道大学の3つの現在地についてお話しました。

 最後に、入学式で、どうしてもお話したいことがあります。それは、初代教頭のWilliam S. Clark先生のことです。教頭という役職は、二番目の責任者と思われがちですが、当時の制度では、クラーク先生は、実質的に札幌農学校の責任者であり、初代の本学の学長といえます。
 クラーク先生は、今から約150年前に、アメリカ東海岸、マサチューセッツ州ボストンに近い、マサチューセッツ農科大学の学長という重要な地位にいました。しかし、彼は、明治政府の依頼を受け、アメリカ大陸を横断し、西海岸から命がけで太平洋を越え、1876年に、東京で英語を学んだ学生13名と共に、札幌にやってきます。当時の札幌の人口は正確には分かりませんが二千人程度であったと推定されます。どう考えても、大変な、というより、無謀なチャレンジのように思えます。
 札幌農学校の礎を築くという大事業を成し遂げると、彼は、「Boys, be ambitious, like this old man!」という、実にシンプルで心に突き刺さるメッセージを残して、一陣の風のごとく、日本を去ります。その後、帰国したクラーク先生は、ご自身で事業を起こしますが、不運も重なり、不遇のうちに、生涯を終えたと記録されています。
 これは、彼の人生が、チャレンジそのものであったことを意味します。クラーク先生の生涯は、学術や教育に留まらず、今の言葉で言えば、アントレプレナーシップ、スタートアップを通して、世界・社会を変えようとし続けた実に果敢な人生でした。

応援団

 クラーク先生の「Be Ambitious!」という名言は、単に学生に向けた「はなむけ」の言葉ではなく、先生自身が、人生を通して実践し続けた魂の言葉なのです。
 皆さん、今日の入学式が終わって、時間があれば、是非、中央ローンにある日本でも最も知られている胸像の一つであるクラーク像の前で、彼の挑戦に満ちた人生へ思いを巡らせてください。

 北海道大学は、クラーク先生の「Be Ambitious」の精神を150年脈々と受け継いできた大学です。皆様方も、この素晴らしい北海道大学への入学、おめでとうございます。

 以上をもちまして、私から新入生の皆さんへの告辞といたします。

令和5年4月6日
北海道大学総長 寳金 清博