オピニオン Opinion

令和6年度入学式 総長告辞

壇上で告辞を贈る寳金清博総長

 新入生、2,596人の皆さん、本日は、北海道大学ご入学、おめでとうございます。

 北海道大学の全ての役職員、在学生を代表して、皆さんのご入学を心からお祝い申し上げます。また、本日は、ご家族、関係者の多くの方にご臨席いただきました。皆様にも、心からお祝い申し上げます。

 今日の入学式では、皆さんに三つのことをお伝えしたいと思います。

 最初に、北海道大学の歴史についてお話しいたします。
 今から150年ほど前の1876年、明治9年に、欧米の大学に匹敵する高等教育機関を目指して、明治政府により「札幌農学校」が設立されました。北海道大学の前身はこの「札幌農学校」で、日本で最も早く設立された高等教育機関の一つです。
 札幌農学校では、米国流のリベラルアーツ教育が行われました。「リベラルアーツ」とは、「幅広い一般教養」のことです。設立当初の札幌農学校において、リベラルアーツ教育を大学教育の原点に置き、農学だけではなく、数学、化学、生物学から歴史学、経済学に至るまで多様な基礎教育が全て英語により実施されていたことは、本当に驚くべきことです。今日(こんにち)においても、極めて先進的なことであり、今後、北海道大学は、改めて、その国際的な教育の基盤を強化する方針ですが、その原点は、約150年前の札幌農学校にあります。
 以来、北海道大学は、リベラルアーツ教育を通して、四つの基本理念を培ってきました。すなわち、未踏の学問領域を探求する「フロンティア精神」、国際人としての素養を身に付け、多様性を尊重する「国際性の涵養」、人間形成の基盤を培う「全人教育」、そして、得られた成果を社会に還元する「実学の重視」です。

会場の様子

 北海道大学札幌キャンパスは、札幌市の中央にありながら、日本でも有数の多様性とスケールを有し、春夏秋冬を通して美しく、私は、世界の多くの大学を訪問してきましたが、世界でも最も美しい大学キャンパスの一つであると思います。また、函館キャンパス、多くの地方研究施設、そして、日本最大の研究林を含めると、その面積は、日本最大であり、実に、国土の570分の1が北海道大学の面積です。
 さらに、この札幌キャンパスは、北海道大学が設置される以前は、アイヌの方々が暮らす集落があり、日々の生活の糧を得ていました。水や緑に恵まれ、とても豊かな土地で、おそらく、アイヌの方々にとっても、非常に豊かな暮らしの場であったと想像されます。この地に学ぶ私たちは、こうした歴史を忘れてはならないと思います。
 幸い、私たちは、海外の大学関係者と接する機会があります。その中には、世界の先頭を走る大学もあり、同様の歴史をしっかり教育し、後世に繋ぎ、多様な価値観や多彩な文化として大切にしています。私たち北海道大学もそうした大学の一つでありたいと願っています。

 今日は、この後、北大応援団とチアリーダー部から皆さんへ、エールが贈られます。特に、北大応援団は、100年以上の歴史を有し、いわゆる七つの旧帝国大学の応援団の中で、特に長い歴史と異色の伝統を誇っています。
 北海道大学は日本でも最も歴史ある大学の一つであり、2年後の2026年に、創基150年の大きな記念の年を迎えます。歴史ある応援団と新しいチアリーダー部による応援の中に、北海道大学150年の歴史の長さと新しさの両方を感じていただきたいと思います。

壇上で宣誓をする新入生

 二番目は、今私たちが直面している世界的な三つの危機のことについてお話しします。
 一つ目は、私たちが予想もしていなかった新型コロナウイルス感染症の世界的な拡大がもたらした、3年以上の長期に及んだパンデミックの危機です。二つ目は、ウクライナの戦火やパレスチナ・ガザ地区の紛争に象徴される世界の平和的秩序への脅威であり、そして、私たちの先人が築き上げてきた人道主義の危機です。三つ目は、産業革命以降の人類の膨大な生産活動がもたらした地球温暖化などの気候変動により、地球上の命そのものが脅かされている危機、この三つの危機です。
 この三つに共通することは、全て、人間が引き起こした危機であることです。そして、北海道大学には、この三つの危機を克服するために、できることがあるということです。第一に、北海道大学は、コロナをはじめとする新しい感染症と戦うための日本のヘルスサイエンス研究の中心拠点の一つとして、総合大学の強みを発揮しています。第二に、本学は、全ての教育・研究の領域で、平和とそれに基づく世界の繁栄を追求してきました。特に、北海道大学はロシアに最も近い総合研究大学であり、スラブ・ユーラシア等の地域研究を通じて、世界の安定した平和の秩序を追い求めてきました。また、日本でも最もよく知られている寮歌であり、今日も演奏され、北大合奏団が斉唱する「都ぞ弥生」の中でも、私たち北海道大学が目指す平和を希求する精神が、「人の世の清き国ぞと憧れぬ」という美しい歌詞の中に見事に表現されています。第三に、本学は、この自然に恵まれたキャンパスをサステイナブルなものとする歴史を持ち、エネルギー・地球環境研究に関する総合科学を発展させてきました。
 私たちには、人間が引き起こしたこれらの地球的な危機に対してもできることがあります。人間が引き起こしたことで、人間が解決できないはずがありません。

合唱団

 三番目は、未来の話です。北海道大学の目指す方向についてお話しします。
 北海道大学は、昨年、2030年に向けたビジョン、HU VISION 2030を公表しました。その中で、私たち北海道大学は、世界の共通の目標である、持続可能なWell-being社会の構築を、大きな目標に設定しました。そのために、大学の教育、研究、社会展開の仕組みを大きく改革して、新しい日本の大学すなわちNovel Japan University Modelを目指すことを約束しています。
 Novel Japan University Modelは、優れた先端的研究や教育の卓越性・Excellenceと、世界・日本・地域社会と繋がる社会展開力・Extensionの二つを基軸にしています。二つのEXです。皆さんも、入学後、いろいろな場面で、この二つのEXExcellenceExtensionを学んでいただくことになります。
 そのExcellenceExtensionの一例は、SDGsへの取り組みです。本学は、150年に近い歴史の中で、創立以来、キャンパスや研究林等の広大な敷地をはじめとする環境保全、そして、飢餓・食糧問題を解決する食資源、海洋研究、健康的な生活を確保し、福祉を推進するヘルスサイエンス研究、DiversityなどSDGsの多くのテーマを取り上げてきました。SDGsは、本学が本来有している理念を言い換えたもので、北海道大学150年の伝統そのものです。

チアリーダー部

 今後は、研究大学の基盤であるExcellence・研究力を格段に向上させ、その研究成果を世界と地域の課題解決に向けてExtensionすることを目標にしています。今、日本の科学研究力は、世界の先頭集団から大きく離されつつあります。確かに、21世紀だけ見ると、ノーベル賞受賞者の数において、日本には19名の受賞者がいます。北海道大学を見ても、名誉教授の鈴木章先生や、特任教授のベンジャミン・リスト先生がいらっしゃいます。しかし、日本のノーベル賞受賞者のほとんどは、1960年代から1990年代の仕事が評価されたものです。ノーベル賞だけではなく、今後、世界から注目され、世界の課題解決に資する先端的な研究者が激減する危惧があります。
 これに対して、私たち、北海道大学は、日本を代表する研究大学として、世界最先端研究を進めるために、多様な取り組みをしています。まさに、ここにいらっしゃる皆さんの年代の方々が、北海道大学の研究力をスケールアップし、日本の研究力を再生させて、再び世界の先頭集団の一員となる原動力となるべく、学んでください。皆さんの中から、何人もの世界的な研究者が当たり前に生まれてくることこそが、日本の科学研究力の復活をもたらします。北海道大学はその責任と実力を持った大学です。

 以上、北海道大学の三つの現在地についてお話ししました。

応援団

 最後に、入学式で、必ずお伝えしたいことがあります。それは、初代教頭のWilliam S. Clark先生のことです。教頭という役職は、二番目の責任者と思われがちですが、当時の制度では、クラーク先生は、実質的に札幌農学校の責任者であり、初代の本学の学長といえます。
 クラーク先生は、今から約150年前に、アメリカ東海岸、マサチューセッツ州ボストンに近い、マサチューセッツ農科大学の学長という重要な地位にいました。しかし、彼は、明治政府の依頼を受け、アメリカ大陸を横断し、アメリカ西海岸から命を懸けて太平洋を越え、1876年に、東京で英語を学んだ学生13名と共に、札幌にやってきます。当時の札幌の人口は正確には分かりませんが2,000人程度であったと推定されます。どう考えても、大変な、見方によっては無謀なチャレンジのように思えます。
 札幌農学校の礎を築くという大事業を成し遂げると、彼は、「Boys, be ambitious, like this old man!」という、実にシンプルで心に突き刺さるメッセージを残して、一陣の風のごとく、日本を去ります。その後、帰国したクラーク先生は、ご自身で事業を起こしますが、不運も重なり、不遇のうちに、生涯を終えたと記録されています。
 これは、彼の人生が、不断のチャレンジそのものであったことを意味します。クラーク先生の生涯は、学術や教育に留まらず、今の言葉で言えば、アントレプレナーシップ、スタートアップを通して、世界・社会を変えようとし続けた実に果敢な人生でした。
 クラーク先生の「Be Ambitious!」という名言は、単に学生に向けた「はなむけ」の言葉ではなく、先生自身が、人生を通して実践し続けた魂の言葉だと思います。

 皆さん、今日の入学式が終わりましたら、是非、中央ローンにある、日本でも最も有名な胸像の一つであるクラーク像の前で、彼の挑戦に満ちた人生へ思いを巡らせてください。

 北海道大学は、クラーク先生の「Be Ambitious」の精神を150年脈々と受け継いできた大学です。皆様方も今日からこの大学の一員です。この素晴らしい北海道大学への入学、本当におめでとうございます。

 以上をもちまして、私から新入生の皆さんへの告辞といたします。

令和6年4月4日
北海道大学総長 寳金 清博