令和6年度学士学位記授与式 告辞
本日、本学を卒業される2,405名の皆さん、ご卒業おめでとうございます。北海道大学を代表して、心からお祝い申し上げます。
さらに、また、皆さんを支えてこられた家族、関係者の皆さまに対しても、お祝いを申し上げます。この間、本学へのご支援をいただいた方々には、この場を借りて、深く御礼申し上げます。
皆さんは、これから、「世界」に飛び込むことになります。言い換えると、いよいよ、「世界」に放り出されることになります。まさに、「卒業」ということです。
今、皆さんが放り出される世界では、毎日、驚くような変化が起こっています。その動きは、一見すると、とても複雑で、秩序のないものに見えます。しかし、私は、その全ての変化には共通したものを見ることができます。それは、既存の民主主義を曖昧にし、時に民主主義を変容させ、場合によっては、その一部を否定するという共通した動きです。これらの変化は、世界のあらゆる地域と国で顕在化しています。日本でも、SNSなどのメディアを通して私たちを揺さぶっています。
そうした大きなうねりは、本来、複雑で多様である私たちの世界を単純なイデオロギーで支配しようとしているように思えます。今、世界を覆っている巨大な力は、多様性と複雑性を強みとしてきた民主主義やグローバリゼーションの弱点を巧みに顕在化し、それに代わる別の夢と可能性を示して、世界を別の方向に向けようとしています。
科学を学んできたアカデミアの人間としては、私たちは、こうした世界の動きを傍観することができません。特に、皆さんのように、科学の基盤的な考え方を学び、これから世界の主人公になる若い方々にとっては、避けることのできない深刻な課題です。なぜなら、現在の世界を動かしているこの大きな動きは、しばしば誤情報で人々を操作し、あるいは意図的な単純化を通して、私たちの基盤である「科学」そのものを都合よく利用しています。
一例を挙げると、例えば、多様性の課題です。多様性に対して、今、世界では、強い逆方向のベクトルが勢いを増しています。私自身にも、弱点がありました。多様性が私たちの世界を良くする根本的な理由を見出すことができないでいました。なぜ、多様性が必要なのか? なぜ、多様性が優れていると言えるのか? 多様性は本当に勝ち残ることができるのか? などの問に対して、自信を持って答えることができませんでした。
しかし、最近、いろいろな人々との対話の中で、私なりに理解できたことがあります。多様性は、生命や生態系にとって、必須、なくてはならない最強の「生存戦略」であるということです。言い換えれば、地球、生命体、国、組織など、あらゆるシステムが、健全に生き残るためには、多様性を持った生態系、エコシステムが必要不可欠であり、その結果、多様性はさらに強化されます。多様性のある生態系が、豊かさを生み出し、人のWell-beingをもたらし、勝ち残るのだと確信します。
生成系AIが日常に定着しました。皆さんが放り出される「世界」は、AIが存在する世界です。実用的なAIが存在しなかった20世紀までとAIが爆発的に実用化した今世紀21世紀との間には、人類史的な分界点があります。数百万年続いてきた人類の歴史における人間の知性のあり方に対して大きな衝撃が与えられました。
このAIの登場と今述べたように世界を席巻しつつあるイデオロギーの組み合わせは、大きなシナジー効果を持っており、世界を大きく変容させる危険を有しています。
AIの基盤となる先端半導体は、今や、ナノのレベルを超えて、微小なオングストロームの微細構造となり、エネルギー消費の課題も克服すれば、私たちの世界がUbiquitousにAIで埋め尽くされることになるのは時間の問題です。その世界で、私たち・人間が主人公でなくなり、価値の主体が、人から離れることは、あってはならないことです。しかし、傍観していれば、どんなことも起こりえます。
我が国では、半導体の復活を国策として、間もなく、北海道で世界最先端の半導体のFabが稼働し、2nanometerの先端半導体の生産が始まります。この事業に北海道大学も深く関わっています。このことを考えると、AIの基盤となる先端半導体を牽引する私たち、北海道大学と皆様を含めた関係者は、AIと民主主義の在り方に関して、取り分け、大きな責任があることは間違いありません。
皆さんは、これまで本学で学んだ専門知識に加えて、これからの人生や仕事において必要なtransferable competenceを学びました。これは、北海道大学の4つの基本理念である「フロンティア精神」「国際性の涵養」「全人教育」「実学の重視」そのものです。世界の将来は、確かに、不透明で不確実です。しかし、皆さんがこの4つの基本理念から得た専門知識と広範な適応能力をもってすれば、必ず、人間が主人公である健全で多様性のあるAI社会と未来を創造するフロントランナーになれると確信しています。
私のメッセージが、多様性や科学を否定する世界の変化に対して、科学者として抵抗することを重要視していることは間違いありません。しかし、もっと、重要なことは、どちらしても、世界は、大きな変化、Changeの時期にあり、従来の成功体験やestablishされた人々の考えでは突破できない状況になりつつあることも事実です。決して、現状にとどまることがあってはなりませんし、とどまることのリスクやその失敗の大きさは、この30年の日本の停滞が証明しています。皆さんには、この大きな変化の時代を大きな成功のチャンスと捉え、変わることに勇気を持って頂きたいと思っています。
本日の学位記授与式の最後に、本学の礎を築いた、札幌農学校初代教頭であるW.S.クラーク博士の人生について、改めて、思いを寄せたいと思います。
彼は、「Boys, be ambitious, like this old man!」という、実にシンプルで、心に突き刺さるメッセージを学生たちに残して、札幌を去ります。彼の人生は、生涯を通じて、チャレンジそのものでした。クラーク先生の生涯は、学術や教育に留まらず、世界・社会を変えようとし続けたものであり、彼自身の言葉通りambitionに満ちた果敢な人生でした。
そして、クラーク先生と彼に同行した教師たちが目指したグローバル人材育成の結晶が、新渡戸稲造であり、内村鑑三であり、宮部金吾です。そして、こうした先人のDNAを受け継ぐ後継者が、ここにいる皆さん一人一人です。
皆さんは、私たちの最高のロールモデルであるクラーク先生の「Be ambitious」の精神を胸に、学びを続け、挑戦を続け、勇気をもって、この困難な時代を堂々と歩んでください。
卒業生の皆さんのご健康とご活躍を心から祈念して、私の結びの言葉といたします。