オピニオン Opinion

令和7年度入学式 総長告辞

壇上で告辞を贈る寳金清博総長

 2,592人の新入生の皆さん、本日は、北海道大学ご入学、おめでとうございます。

 北海道大学を代表して、皆さんのご入学を心からお祝い申し上げます。また、本日は、ご家族、関係者、多くの皆様にご臨席いただきました。皆様にも、心からお祝い申し上げます。
 さらに、本年より、北海道大学が強化している「社会と共に成長する大学」の観点から、企業、自治体、寄附者の皆様へ入学式をご案内しましたところ、株式会社アークス様、SCSK北海道株式会社様、株式会社ニトリホールディングス様、日本航空株式会社様、株式会社日立製作所様、北海道ガス株式会社様、株式会社北海道新聞社様、株式会社読売新聞東京本社北海道支社様、Rapidus株式会社様など企業の関係者各位、北海道、札幌市など自治体の方々、そして、大学を支援していただいている寄附者の皆様にも多数ご参加いただきました。ご多忙なところ、誠にありがとうございます。

 今日の入学式では、入学生の皆様に三つのことをお話しいたします。一つ目は、北海道大学の歴史について、二つ目は、北海道大学の四つの基本理念が今の時代にどのような意味を持っているのかについて、三つ目として、William S. Clark先生についてお話ししたいと思います。

壇上の様子

 まず、最初に、北海道大学の歴史についてお話しいたします。
 今から150年ほど前の1876年、明治9年に、欧米の大学に匹敵する高等教育機関を目指して、明治政府により「札幌農学校」が設立されました。北海道大学の前身はこの「札幌農学校」で、日本で最も早く設立された高等教育機関の一つです。
 札幌農学校では、米国流のリベラルアーツ教育が行われました。「リベラルアーツ」とは、「幅広い一般教養」のことです。設立当初の札幌農学校において、リベラルアーツ教育を大学教育の原点に置き、農学だけではなく、数学、化学、生物学から歴史学、経済学に至るまで多様な基礎教育が英語により実施されていたことは、本当に驚くべきことです。今日(こんにち)においても、極めて先進的なことであり、今後、北海道大学は、改めて、国際的な教育の基盤を強化しますが、その原点は、約150年前の札幌農学校にあります。
 北海道大学札幌キャンパスは、日本でも有数の多様性とスケールを誇り、春夏秋冬を通して美しく、日本でも類を見ない素晴らしい大学キャンパスの一つです。また、函館キャンパス、多くの地方研究施設、そして、日本最大の研究林を含めると、大学の保有する土地面積として、国内第1位となっています。
 また、この地は、北海道大学が設置される以前は、アイヌの人々が暮らす集落があり、日々の生活の糧を得ていました。水や緑などに恵まれ、とても豊かな土地で、アイヌの人々にとっても、非常に豊かな暮らしの場であったと想像されます。この地に学ぶ私たちは、こうした歴史を忘れてはならないと思います。
 先ほど、この式に先立って、演奏された曲は、ゴジラのテーマ曲です。ご存知の方も多いと思いますが、ゴジラのテーマ曲の作曲者である伊福部昭氏は、本学の卒業生です。伊福部昭氏は、近代日本を代表する作曲家の一人ですが、アイヌの文化や北海道の自然からインスピレーションを得た多くの楽曲を遺されています。

壇上で宣誓をする新入生

 二つ目として、北海道大学の四つの基本理念についてお話しします。北海道大学は、開学以来のリベラルアーツ教育を通して、四つの基本理念を培ってきました。すなわち、新しい学問領域を探求する「フロンティア精神」、国際人としての素養を身に付け、多様性を尊重する「国際性の涵養」、人間形成の基盤を培う「全人教育」、そして、得られた成果を社会に還元する「実学の重視」です。
 この四つの基本理念は、どれも、素晴らしく、特別なものには思えないかもしれません。私も、この四つの理念が特別なものではない、当たり前であるべきだと思っています。ところが、今日(こんにち)、この四つの理念の価値が、改めて、見直されています。そのことを、今、私たちが直面している世界的な価値観の大きな危機との関係からお話しします。
 今、世界が変化しつつあることを皆さんも実感されていると思います。例えば、いろいろな価値観を尊重する多様性の考え方、世界がつながることで世界に平和と豊かさがもたらされるという国際協調・グローバル化など、これまで、私たちが民主主義の中で育ててきた価値観が揺らいでいます。
 北海道大学の四つの基本理念の一つは、多様性を尊重する「国際性の涵養」です。この理念も、揺らぐことのないものだと信じてきましたが、今、世界では、今述べたようにこれを揺るがすような価値観の変化があります。
 また、これと関連して、「研究」の危機があります。残念なことに、今、世界では、誤った情報の広がりや科学的事実に反する意図的な活動がしばしば見られます。国際連合が科学的根拠を持って進めてきたSDGsの考え方や地球温暖化に対する世界的な協調に対しても、これを否定する動きがあります。
 四つの理念で紹介した「フロンティア精神」や「実学の重視」を基本理念としている北海道大学で学ぶ皆さんには、こうした価値観の大きな危機や科学に対する誤った考えに対抗する能力を養える素晴らしい環境があります。何より、北海道大学には、12の学部と21の研究科・学院等があり、日本で最も広い学問領域を学ぶことができる総合大学です。

合唱団

 北海道大学に入学された皆さんには、この恵まれた教育環境を最大限に活用していただきたいと思います。多様性や国際協調、真理を求める実学などを通じて、今、世界を覆いつつある価値観の大きな危機を解決する力を養うことができるはずです。
 特に、学部入学後の数年間は、是非、リベラルアーツという広い知識や学びを自ら獲得してください。北海道大学は、皆さんにその機会を提供いたします。ただし、皆さん自身に、自ら学ぶ意欲がない限り、その機会を逸することになります。私の経験では、大学入学後の数年は、人生で最良の時間だと思います。ただし、最良の時間にできるかどうかは、皆さんの自律性にかかっているのです。
 本学の四つ目の基本理念である「全人教育」は、数年間の大学生活において、自ら広い知識と考え方を学び、そして、何より、一人でも多くの多様な仲間や先生に出会うことを意味しています。
 本学は、道外の学生が約7割を占め、日本全国から学生が集まります。大学院では、海外からも多くの学生が入学します。このような地域的な多様性を持っているのは、日本でも北海道大学だけだと思います。是非、こうした多様な仲間との素晴らしい出会いを生かし、皆さんの大学生活を「人生最良の時」にしてください。
 ほとんどの学生さんが、生まれて初めて、親元を離れての生活となり、4月5月は、きっと心細い思いも経験されると思いますが、それを乗り越えて、この数年間の北海道大学での生活を、人生における「最高の時代」にしてください。
 以上、北海道大学の四つの理念が、今日(こんにち)、改めて、非常に重要な意味があり、これは、私たちが全力で守っていかなければならないものだということを皆さんにお伝えいたしました。

交響楽団

 最後に、入学式で、必ずお伝えしていることがあります。それは、初代教頭のWilliam S. Clark先生のことです。
 クラーク先生は、今から約150年前に、アメリカ東海岸、マサチューセッツ州ボストンに近い、マサチューセッツ農科大学の学長という重要な地位にいました。しかし、彼は、明治政府の依頼を受け、アメリカ大陸を横断し、西海岸から命をかけて太平洋を越え、1876年に札幌にやってきます。当時の札幌の人口は正確には分かりませんが2,000人程度であったと推定されます。どう考えても、大変なチャレンジのように思えます。
 札幌農学校の礎を築くという大事業を成し遂げると、彼は、「Be ambitious!」という、実にシンプルで心に突き刺さるメッセージを残して、一陣の風のごとく、日本を去ります。
 これは、彼の人生が、不断のチャレンジそのものであったことを意味します。クラーク先生の生涯は、学術や教育に留まらず、今の言葉で言えば、アントレプレナーシップ、スタートアップを通して、世界・社会を変えようとし続けた実に果敢な人生でした。クラーク先生の「Be Ambitious!」という名言は、単に学生に向けた「はなむけ」の言葉ではなく、先生自身が、人生を通して実践し続けた魂の言葉なのです。

応援団

 クラーク先生が目指した、当時の北海道大学の第一のAmbitious Challengeは、寒冷な北海道の地に先進的な農業を確立することでした。これは、当時の明治政府の国策でもありました。
 それから、1世紀半、150年を経て、寒冷地農業の確立という第一のchallengeは、今、安定的で地球環境を再生させる新たな食糧生産のための研究というイノベイティブな第二の形に進化して、大きく発展しています。
 そして、今、再生可能エネルギーの実用化、さらに、次世代先端半導体の生産を核とする北海道デジタルパーク構想に実現に向けて、北海道大学は、第二のAmbitious Challengeに向けて、動き出しています。
 北海道大学は、クラーク先生以来、一貫して、イノベーションへの果敢な挑戦を続ける、まさに、Ambitious Universityです。

 皆さん、今日の入学式が終わって、時間があれば、是非、中央ローンにある日本で最も知られている胸像の一つであるクラーク像の前で、彼の挑戦に満ちた人生へ思いを巡らせてください。

 北海道大学は、クラーク先生の「Be Ambitious!」の精神を150年脈々と受け継いできた比類なき大学です。皆さんのこの素晴らしい北海道大学への入学、本当におめでとうございます。

 以上をもちまして、私から新入生の皆さんへの告辞といたします。

令和7年4月4日
北海道大学総長 寳金 清博