知床学のすすめ 2(1266 byte)


オホーツク沿岸のミュージアム探訪


宇仁自然歴史研究所 宇仁 義和 (元斜里町立知床博物館学芸員)





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パックアイスの海で観察会(9682 byte)
知床半島の羅臼側でも普及事業を開催している。パックアイスの海に船を出す観察会などは世界的に見ても数少ないはずだ。

ツチクジラの頭骨(9861 byte)
網走に陸揚げされたツチクジラの頭骨。数年間の土中埋設のあとの清掃作業は学生ボランティアが参加した。すさまじい臭いでマスクをしている。

野生動物の保護(8009 byte)
野生動物の保護収容も業務の一環となっている。獣医師免許を持つ学芸員が翼の負傷程度を見立てている。

 知床の世界遺産登録を前に、出版界ではこの地の特集や企画が目白押しである。科学雑誌の多くが休刊し、自然を題材にした書籍の販売が振るわないなか、知床は最後のブランドなのだろう。しかし、このブームのはるか以前から知床にこだわり続けた一連の出版物がある。一般書店での取扱がないため知る人ぞしる存在だが、斜里町立知床博物館が発行する「郷土学習シリーズ」と「特別展図録」である。「学習シリーズ」は20巻で完結し、新たに北海道新聞社刊行の「しれとこライブラリー」を毎年1冊発刊中だ。オホーツク沿岸にはユニークな博物館が数多いが、知床博物館は博物館活動の盛んなことで全国的に知られている。
 では「博物館活動」とは何か。博物館の機能は、資料の収集と保管、展示、調査と研究などがあるが、通常「活動」というと講座や講演会、出版などを指しこれを「普及活動」と称する。知床博物館は一般向けに科学を説く普及活動で知られているわけだ。小さな自治体が設置者とあって財政規模は小さく、人員も学芸員5人と町立では最大級だが絶対的には少ない。基礎人口の少ない地域だから、入館者は遠路はるばるやってくる観光客を含めても多くて年間2万人と限られる。そこでこの博物館が選んだ道は、地域に博物館の応援団を作ることと、来館者以外にも調査研究の成果を示す出版物に力を入れることだった。
 知床博物館の出版物は本というより小冊子というものだが、知床と斜里地域の自然と文化歴史を幅広くカバーしており、全国的に見ても独自の視点で編集してある。オリジナリティが高いものが多いといえる。他の博物館でも図録など独自性の高い冊子を発行しているが、通常博物館の出版物は増刷されないという欠点がある。品切れすればそれまでで、稀覯本となることもある。しかし知床博物館では地元応援団「博物館協力会」の手で増刷することを選んだ。その結果、人気の作品では数万部以上も売上げたものもある。また地元向けに講演会が開催されると住民人口が札幌市の百分の一に満たない田舎にもかかわらず、参加者が100名以上となることもしばしばである。知床に来ませんかという誘い文句で高名な研究者を招待して、最果ての地で一流の話が聞けることが人気を呼ぶのだろう。もちろん博物館活動には資料収集や調査研究の裏付けがあってのことだが、講座や講演会、出版事業によって、その理解者を増加させてきたということだ。遠隔地の博物館が存在意義をアピールするひとつのスタイルを確立したといえよう。
 そもそも博物館はそれぞれが特殊な存在である。おなじ社会教育施設でも図書館や公民館、体育館はどこにあっても求められる機能は同じで、ほぼすべての自治体が設置し、利用者もほとんどがリピーターである。一方、博物館は成り立ちが独自で設置主体も規模も各館ごとに異なっている。モヨロ貝塚といえばオホーツク文化を世に知らしめた遺跡であり、床屋家業のかたわら情熱を持ってその発掘を続け「日本のシュリーマン」といわれた米村喜男衛が思い浮かぶが、彼の私設陳列館が母体となり現在の網走市立郷土博物館が生まれた。歴史があるだけに考古資料と民族資料を中心としたコレクションの充実度はオホーツク地方一といえる。おなじ網走市にある北海道立北方民族博物館は国内唯一のテーマ設定と魅力ある展示室が独自のものだ。
 他にもオホーツク地域には中川イセさんという個人の情念から生まれ道内最大規模の入館者を集める博物館網走監獄、大学と地域の連携事業を先取りした東京大学常呂資料陳列館、ところ遺跡の館、市民が協力して図鑑まで作成した北網圏北見文化センター、美幌博物館、丸瀬布町昆虫生態館、上湧別町ふるさと館などユニークな博物館が数多い。知床学には自然と文化の両面が必要だ。そのためにもオホーツクや知床という地域のブランドを最大限活かした博物館を訪れて欲しい。
(写真提供:知床博物館)


知床博物館(11118 byte)
左:1978年開館の知床博物館本館、右:1993年に設置された姉妹町友好都市交流記念館。姉妹町は沖縄県竹富町、友好都市は青森県弘前市。



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