1 授業の目的・内容
本授業の目的は,刑事手続の原理・原則や理論が実務の世界においてどのような形で表れてるのかについて理解を深め,また自ら考え抜いて結論を出すことの重要性に気づかせることにある。授業の対象は3年生と4年生であり,刑事訴訟法を履修していない学生も含まれている。
私はいわゆる実務家教員であり,弁護士としてこれまで多くの刑事事件を手がけてきている。従って授業は,私が自ら取り扱った事件を中心に刑事事例問題を課題として出し,学生には事例問題を解いていく過程で,その問題に内在する刑事訴訟法の原理・原則あるいは理論を理解してもらう。
授業の1週間前に課題を出し,授業当日に学生全員にレポートを提出してもらった(注)。その上で何名かの学生に報告をさせ,いわゆるソクラテスメソッドといわれる対話方式の授業に移っていく。私が質問し,学生に答えさせる。手を挙げて発言する学生もいるが,なかなか手が挙がらない。アトランダムに学生を指名し答えさせるようにする。指された学生は何らかの答えを出す。望んだ答えに遠かったり,違っていたりすると他の学生に答えさせ,その上で学生同士議論させたりする。最後に私が事例問題の解説をする。
事例問題のほとんどは,刑事弁護人としていかに対応すべきかという内容であるから,正解というものがない。ベターな回答があるだけである。学生に自ら考え抜いて結論を出すことの重要性を理解してもらうようにした。
2 授業の工夫
私は研究者教員のような教育経験はないから,授業についての技術的な工夫はあまりない。私が重視したのは,学生に授業内容に興味を持たせることである。興味にもいろいろ段階があり,最高の興味は「私も刑事弁護士になりたい」というものであろう。学生が授業に興味を持てば,自然と教員の話を聞き,自ら予習をするし,また質問に対しては何らかの答えを出そうと努力し,討論にも参加する。
私は,実務家の強みを出すことが私にしかできない教育と考えた。従って問題点が出てくるたびに私の実務の経験を語った。興味ある実務の話を聞くと,学生は集中度が高くなる。瞳を輝かす学生も出てくる。
実務ではこうなっているということを示し,また学生に実務への興味を持たせるため法廷傍聴に連れて行った。法廷傍聴をしたことがない学生にとっては,裁判官,検察官,弁護人,被告人らの発言を聞き,自らのイメージとのギャップを感じたり,被告人の扱われ方に疑問を感じたりと,それぞれ深く興味を抱いた様子であった。授業で「あの弁護人の弁論はおかしい」という学生がいたので,「自ら正しいと思う弁論をしてみてください」というと,その学生が立ち上がって弁論をしたということがあった。
教える側の精神面のコンディション維持も重要と思う。
学生が興味を持って授業に臨むとテンションが高くなる。教える方もそれに応じて気力を充実させテンションを高めることが必要となる。
教育というものの中で,学生に対する教員の影響力は重要な位置を占めると思う。その場合教員の学問に対する「思い」(情熱)が知識などと同様に大切と思う。私の場合は,刑事弁護に対する「思い」が学生に伝わるように努力した。
3 その他
平成16年度は,25人規模のクラスを教え,同17年度は,50人規模のクラスを教えた。25人規模のクラスの授業を行ったところ,アンケート評価で4.2程度の評価をされたので,上記報告のような授業方法でも有効と思っているが,50人規模になると学生との対話がなかなか思うようにいかず,学生同士の討論はほとんどできなかった。50人規模のクラスの授業をするのであれば,アンケート分析結果報告を参考にして,もうひと工夫した授業をすることが求められていると思う。
(注)1週間前に課題を出し,授業当日にレポートを提出させるというのは,意図的に行ったことではない。課題はもっと早くだし,レポートも授業日以前に提出してもらった方がよいと思う。