オピニオン Opinion
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QT大
氏も、育ちも、

 10兆円の大学ファンドが動き出す。新しく生まれる「国際卓越研究大学」に対して、これまでとは異次元の財政支援が繰り出される。世界に伍する研究大学が、日本でも間違いなく生まれると確信している。欧米の大学の後塵を拝してきた日本の大学から、これを蹴散らしてベスト3に入る大学が出現してもらいたいし、そうならなければ、10兆円が泣くことになる。

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 北国の長い冬の終わりが見えてきた。競馬ファンにとって、3月にはクラシックレースの前哨戦が始まり、4月にはいよいよクラシック5冠の第1冠、桜花賞となる。
 今から遡ること40余年前、大学での研修開始までの短い期間、アルバイトで貯めた貯金を全額投入して、第79回目の春の天皇賞競走が開催される京都競馬場に足を運んだ。筋金入りの競馬ファンである。
 早朝から、ゴール板前に陣取り、第9レースの春の天皇賞のゴールの瞬間を待ち続けた。レースは、長距離の血統特性に優れたカシュウチカラ号が力強く最後の直線で抜け出し、他馬を圧倒した。応援していたサクラショウリ号は、ゴール前、嘘のように足が止まり、2着に敗れた。サクラショウリの父親のパーソロンは中距離の血統であり、距離3200メートルという長距離の春の天皇賞には適性に欠けていた。
 「競馬は、何たって血統だな!」と、帰りの舞鶴発・小樽行きのフェリーの中で、お互い競走馬理論に関しては人後に落ちない友人と朝まで熱く語り合った。今思えば、方向は逆だが、吉田拓郎の「落陽」(苫小牧発・仙台行きフェリー)をリアルに再現したような光景だった。

 競走馬生産は、ゲノム編集どころか、人工授精も許されない。高い競走能力をひたすら追い求めてきた人間と馬の長い歴史の産物である。競馬は、「氏・DNA」のスポーツである。
 世界の競走馬育成は、徹底した遺伝子淘汰を行ってきた。どんなサラブレッドの血統を見ても、必ずどこかに、「ナスルーラ」か「ハイペリオン」の名前を発見できる。言い方を変えると、今や、この地上に生を得ているサラブレッドのほとんどは、この二頭の子孫である。生産者は、常に、最高の心肺機能と筋肉の瞬発力・持久力、調教順応性などの総和となる「競走能力」を追い求めてきた。その長い「氏・DNA」の選択と淘汰が、近代日本競馬を代表する「オルフェーブル」、「ディープインパクト」に結実した。

 競走馬の世界で、氏・素性が重要であることは間違いない。テーゼが出ると、必ずアンチテーゼもペアで生まれる。「氏・素性は争えぬ」と言う一方で、「氏より育ち」とも言う。
 この論争は、ダーウィンの進化論から始まり、ライバルのラマルクが反論し、その後も、ネオ・ダーウィニズム、ネオ・ラマルキズムなど、素人にはついていけない深い論争に発展している。専門家にはご批判もあろうが、乱暴な言い方をすれば、ダーウィンは「氏」を、ラマルクは「育ち」を持ち上げた。
 一時、ダーウィニズムは、DNAという最強の理論で武装し、ラマルキズムを蒙昧なる過去の遺物として完全に葬ったかに見えた。しかし、ご存じのように、DNA-RNAのセントラル・ドグマのど真ん中にエピジェネティクスという、極めてラマルク的な機構があることが発見され、形成は逆転しつつあり、勝負の帰趨は不確かなものになりつつある。

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 氏・素性というものは、いかんともしがたいものがある。良くも悪くも血筋は争えない。「痩せても枯れても」と言えば、自虐的過ぎるかもしれないが、本学は、由緒正しい旧帝国大学である。競馬で言えば、名種牡馬から生まれた直仔のDNAを持っている。
 本学も含めて、遥か明治の時代に帝国大令に基づいて生まれた7つの大学が帝国大学であり、それは、第二次世界大戦後、新制大学法の下において法的には消失した。しかし、長い歴史と伝統は、この旧帝国大学には深い皺のように刻み込まれている。
 北大の南門から南に正対すると、正確に真正面に1888年に建築されたアメリカ風ネオバロック建築の赤煉瓦の北海道庁旧本庁舎が見える。また、北大農学部は、ご存知のように、昭和11年の北海道大演習の際には大本営が置かれ、天皇の御座所となっている。現在の旧帝国大学には、いずれもこうした歴史が刻まれている*1

 10兆円ファンドで生まれる世界に伍する大学に求められるハードルは、良くも悪くも非常に高い。何しろ、国民の血税10兆円を投入して、それなりのハイリスクの運用から生まれる運用益を投下するのである。甘っちょろいガバナンスが許されるはずがない。研究力、そして、求められる自律的な外部資金獲得力の要件は半端ない。
 北大は、「北極星を仰ぎながら」、「人の世の清き国ぞとあこがれぬ」と、23.4度傾いた地軸の指し示す方向を見ながら旧帝国大学として悠然と150年近い歴史を重ねてきた大学である*2。これは、私たちのDNAである。
 大学は、競走馬とは違う。しかし、長い歴史の遺伝子が刻みこまれている点では同じである。ただ、それを引き出す努力がなければ、間違いなくこの競争社会ではその遺伝子の輝きも色褪せるに決まっている。
 血統が席巻している競馬の世界ですら、地道な遺伝子選択とそれを裏切る新しい「血」の出現、そして、生産者、調教師の努力による新しい科学的なトレーニング環境などが組み合わさって、イノベーションが生まれる。
 あの名馬の誉れ高い、至高のDNAを持ったディープインパクトやオルフェーブル、そして、コントレイルでさえも、連日、薄明の夜明け前から厳しい調教を重ねてきた。他馬を寄せ付けぬ圧倒的な楽勝の前にも、関係者の昼夜を惜しまない汗と馬自身の鍛錬があった。大学改革の中、北大は受け継いだDNAを守りながら、世界に伍する大学を目指したい。

 北大には名馬がいる。以前は、ダービー馬、ダイシンボルガード号を繋養したことがある。また、最近知ったことだが、昨年(2021年)の秋の天皇賞に出走したユーキャンスマイル号の全兄(父キングカメハメハ、母ムードインディゴ)のノガロ号がいる。現在、北大馬術部にいるノガロ号は、なかなかの暴れん坊ちゃんで、大そうな”食いしん坊さん“とのこと*3。これは、父のキングカメハメハ譲りの性格に違いない。

 このコラムのご意見番でもあり、愛犬家の黒岩先生*4から聞いた話では、馬は犬と同じくらい、人とのコミュニケーション能力が高いそうである。人間とアイコンタクトが取れる数少ない動物と聞いている。さもあらん!馬は、本当に長い長い人間の伴侶動物であり、5000年以上共生してきたのだから、心が通じ合わないわけがない。
 愛犬を失ってから、なかなか家族に言えない密かな願望がある。馬と暮らしてみたいとずっと思っている。馬は、寿命が20年くらいはあるので、僕の遺された寿命にピッタリである。このコラム、家族が見てくれることを期待している。