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祝辞(北海道大学校友会エルム)

北海道大学校友会エルム会長 杉江和男  

 本日、北海道大学を卒業される皆さんが自ら選んだ道を歩む人生のスタートに当たり、校友会を代表して、また先に実社会を経験してきたOBとして、皆さんの門出を心からお祝いし、これからの仕事や生活を応援していきたいと思います。
 今から半世紀前、私が化学会社に就職し、新入社員研修で先輩の課長が「これからは君達の時代だ。君達が会社を引っ張って行って欲しい」という話を聞いて、「何も仕事を知らない新入社員が会社を引っ張れるはずがない。この人は何を言っているのか?」と思いました。その時から今日まで、日本、世界、そして環境が予想もしない変化を遂げるなかで、働く事とは何か、自分はどう生きるべきか、企業はどう行動すべきかをずっと考えてきました。そして50年前に私が言われた「これからは皆さんが社会を引っ張る」意味を、敢えて卒業生の皆さんに繰り返したいと思います。
 私は、“反省すれども後悔せず” を座右の銘としています。今日は、多くの失敗をしてきた私の反省と、これから令和に生きる皆さんが後悔しないための心構えを話します。

1.仕事は自らが創り出すもの
 皆さんが生まれ育った平成の日本は、GDPが世界第2位まで上がり、社会学者Ezra Vogelが、躍進する日本の経済力をJapan as No1と絶賛した頂点で始まりました。しかし程なくバブルが崩壊してGDP成長率は平均6%から1%程度に下り、国民の所得水準を表す一人当たりGDPは世界2位から26位に、各国の競争力を比較するIMD国際競争力ランキングは、1位を4年間堅持した後、30位まで下降する激動の30年でした。家電などアメリカ向け製品を安く高品質に仕上げて輸出する、そんな海外依存の経済構造は円高で脆くも崩れました。総じて、日本の技術はMade in USA+αに到達したが、米国の労働市場からは歓迎されないなど、持続可能な目標SDGsは構築できなかったことが大きな反省です。
 経済バブル崩壊以降の日本は、国も企業も人も成長目標・戦略を見出せないまま既存事業の改善・改良に留まり、国内企業間の過当競争がデフレを招き、日本は世界のどの国も経験したことが無い低成長国に陥りました。私達大人には、自らの発想で新しい価値を創造する心に欠けていた結果でありました。

2.情報を目標達成の手段に使う
 平成と時を同じくしてアメリカでは、ITプラットフォーマーと呼ばれるGoogle, Apple, Face Book, Amazon、Microsoftなどが、新たな情報産業を創り出したことは周知の通りです。今や、この5社で働く人は100万人、売上高は日本の国家予算、時価総額は日本のGDPに匹敵する規模に達し、インターネットが創出した新しい稼ぎ方のイノベーションが世界を大きく変革させました。何時でも何処でも欲しい情報が得られ、遠い人・見知らぬ人と容易に交流でき、教育・医療・商取引も人と人の対面からネットに代わってきています。
 一方、世界がインターネットを使って新しいビジネスモデルに変革している時に、日本は、人事・会計など組織内業務の効率化に留まったことで、情報化時代の世界から大きな後れを取りました。
 超高速通信と共に、人工知能AIによる遠隔手術、同時通訳、自動運転が実現するSociety5.0の社会が目前に迫っています。記憶・記録、認識・変換などは、AI・ロボットに任せた方が余程間違いが無くなるでしょう。一方、人でなければ出来ない仕事、例えば学校における人間教育、個別対応が不可欠な介護、社会の変化を捉え正しい判断が求められる政治・裁判・金融・組織経営など、そして過去にない発想を求められる科学技術とイノベーション、新しい文化・芸術などは、一日一日変化していく環境と社会を敏感に受け止めて生きる皆さん、すなわち若者が主役でやらなければ誰がするのでしょうか?

3.グローバルな視点で考える
 情報化は、国家と国家の間に存在する政治・文化・考え方の違い、そして貧富および人権の格差などを世界の人々に知らしめました。経済面では、どこの国の商品が安く高性能で安全かなどの情報を消費者が容易に知り、企業は、最適な生産国を選択して世界市場に提供する、そのような事業構造でなければ存続できません。日本企業の素材・精密加工品の開発力やサービス業は世界から高く評価されていますが、素晴らしい性能の商品を作っても、それを消費できる国内需要は限られており、市場を世界に求めざるを得ません。一方で、日本の技術を使ってアジアで生産し、安くて質が良い商品を輸入する事業モデル、いわゆる国際分業は、今後も増えていくでしょう。
 外国人との会話は、自動翻訳モバイルに任せれば済む時代になりますが、外国人の心は皆さん自身が読まなければなりません。お互いの理解と信頼は、流暢な会話力よりも、外国を含めて文化・歴史・思考などリベラルアーツが基礎に有って得られるものであり、生涯に渡って自己研鑽を続けて欲しいと思います。

4.社会は刻々と変化している
 30年後に日本の人口は25%、3,300万人減少し、3人に一人が65歳以上の高齢者になります。地震・台風・洪水・干ばつ・森林火災など異常気象、自然災害は世界中で年々増加し、災害数では50年前の約5倍に増え、世界で毎年10万人の死者が出ています。
 自動車の国内需要は30年前に較べ70%に減りましたが、世界ではまだ成長産業です。しかし今後は、地球温暖化を回避するため動力が電気自動車、燃料電池車に代替し、自動運転・事故防止機能が装備されることで、移動手段である役割から生活の場になるでしょう。
 以上のように私達の生きる環境や産業構造は常に変化し、その変化速度は年々早まり、将来を予測できない社会になっています。この時代に、皆さんはどのように行動すれば良いのでしょうか?

5.対応力に優れる日本の理念
 冒頭に反省すべきこととして、自主性・創造力の欠如、情報化の遅れ、グローバルな視点を挙げましたが、世界最高水準と称えられるコトが日本には沢山あります。
 自動車の世界トップ20社の中に日本企業は7社入り、日本の技術による素材・部品が無ければ世界先端の情報機器は作れません。食料品も最高級です。その他、デジカメ、医療機器、工作機械、極小金属部品、温水便座、ファインケミカル、小型セラミックス、ICカード、アニメーション等、多くの分野において日本の発想力・技術力は高く評価されています。
 また、繊細で多様な食文化、顧客の希望に沿った宅配便やコンビニ、時間・技術とも正確な交通機関、治安の良さ、心がこもったサービス等は世界の誰もが認める日本の良さです。それら製品・サービスの土台を成すものは、礼儀正しく、公共マナーを守り、工夫、きめの細かさ、相手を思いやる心、チームワークなど日本固有の文化・習慣と教育が生み出した日本の理念です。
 一方、日本では、少子高齢化が急速に進み、総人口に占める生産年齢人口(15歳以上65歳未満)の割合は、1990年代半ばの70%をピークに2018年には60%を下回り、生産性が減少するなかで、生産年齢人口一人当たりの実質購買力平価GDP、すなわち働く人一人当たりの日本の実質所得は、USAには及ばないもののフランス・イギリス・カナダと同水準であり、この10年間の増加率はG7国中で最も高いのです。

6.モノではなくて価値を求める
 経営学の父と言われるPeter Druckerは、What does our customer consider value?と問いかけました。私が務めたDICは世界最大の印刷インキ会社ですが、30年前から新聞・雑誌の購読数が減少し利益の出ない事業になりました。顧客は印刷会社であり、その価値は安くて性能が良いインキです。しかし顧客は消費者と考えると、その価値は情報の獲得であり、情報の伝達手段として従来は新聞、今はデジタル機器になりました。化学会社であるDICは、既存の技術資源を活かした情報機器に使われる液晶・顔料・コーティング剤などのR&Dに勢力を集中し、今では幾つかの商品が大きな世界シェアーを持つに至りました。
 どんな商品にもライフサイクルが有り、凄いモノでも早ければ1年、長くても20年すれば殆ど消えていきます。新しい商品の開発目標をモノ、Materialに置くのではなく、それらが生み出す価値、Valueに置けば、美味しい、綺麗、楽しい、便利という価値は永遠に存在します。その時代に合った価値を叶える商品・サービスを提供する見方が最も重要です。

7.協働により何倍もの知恵を得る
 イノベーションは、天才的発想ばかりでなくITプラットフォーマーのような新しい稼ぎ方を見出すことでも起きます。仕事や生活する周りには家族・上司・同僚・顧客・研究者など多様な人がいます。自分一人の力で遣ろうとしないで、周りと協働して知恵を結集して目標を遂げて下さい。もし、皆さんと意見が違う十人が集まれば、十倍の商品・販路が出来るかもしれません。周りの人が集まるかどうかは、皆さんの人間力次第です。

8.人として大切な事
 トップとリーダーは違います。自分で旗を振る人がリーダーではなく、フォロワーが出来る人がリーダーです。自分の考え・信念を持ち、正しい目標を設定し、自ら行動し、他人の意見を聞いて理解し、目標に挑戦する。それほど難しい事ではなく、そんな人に周りは助けてあげたい気持ちを持つものです。

 最後に誤解しないでください。企業や団体が、新入社員に2,3年で創造的な仕事を期待するほど社会は甘く有りません。私が皆さんに望むことは、今迄のように受け身で勉強や仕事をする生き方は今日で終わりにして、これからは自分で考え能動的に生きて欲しい。それがこれからの社会を引っ張ることであり、私達、昭和を生きた老人の反省を繰り返さないことです。日本は、社会を引っ張る潜在力を最も備えた国だと私は信じています。皆さんの先輩たちは、卒業生を同じ家で育った家族として応援してくれることをお伝えし、卒業される皆さんへの祝辞とさせていただきます。