オピニオン Opinion
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憧れのプロヴァンス

 総長コラム、この後、夏休みで1回休みになる。「ご自愛ウィルス」*1などに翻弄され弱っている総長を見かねた秘書室と広報課がバカンスをくれた。謝謝である。
 今回のコラム、もし、読者の皆さんが日本の庶民の控えめで慎ましい夏休みのイメージをお持ちであれば、お読みになって、御不快な思いをするかもしれませんので、くれぐれも取り扱い注意でお願いします。

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 日本を除く世界の一流国では、医者の中でも、脳外科医は心臓血管外科医と1、2位を争う高額所得者である。アメリカでは平均5千万円、1億円を超える年収の脳外科医もざらにいる。欧米の脳外科医と雑談をする際、生活のレベルと給与の話は、気分が悪くなるので、「NG話題」と決めている。
 そして・・・くれぐれも彼らと夏休みの話をしてはいけない。「怒り」「諦め」「嫉妬」「劣等感」などなど、あらゆる負の感情が抑えられなくなること、間違いない。
 バカンスの本場、フランスの脳外科医は、南仏、プロヴァンスの美しい農家を一棟借りして、毎晩、絶品のワインと絶妙にマリアージュされたグルメで満ち足りた夜を過ごす。日差しの優しい日には、早朝から自転車でフランスの田園風景の中をツール・ド・フランスとなる。
 ドイツの脳外科医は、紺碧のエーゲ海を舞台に、溢れる陽光の下でクルージング三昧の1週間を過ごす。クルーザーは、日本の高級自動車ブランドのレクサスが新規参入して作ったクルーザー、LY650である。
 カリフォルニアの脳外科医は、ハワイ・マウイ島のゴルフクラブで、前にも後ろにも他のプレイヤーの姿が確認できないような、貸し切り状態の贅沢なリゾートゴルフの数日を過ごす。OBゾーンが、美しい棕櫚の木で曖昧に区切られており、多少、打ち損ねようが、誤魔化せるところが魅力的だ。ただ、あまり奥まで打ち込むと、ワニが出るらしい。
 カートが何台も順番待ちで並び、ストレス満載、すし詰め状態の日曜日ゴルフを過ごしている北海道のどこかの総長とは住む世界が違う。こちらのゴルフ場では、ワニは出ないが、悪知恵をつけたカラスが、お昼ご飯用に買ったセブンイレブンの卵サンドを強奪する。パターを持って、カラスを追いかける姿は、決して他人に見せられたものではない。
 ここまで読んで腹が立たなければ、あなたはよほど感度が鈍い大人物か、あるいは、「人の幸せはそんなものではない」と人間の真の幸せの何たるかを極めた人生の達人である。

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 アメリカにいた頃、恩師の中田先生*2から、「アメリカに移住してはどうか。」と何度か誘われたことがある。これは、僕が頭脳流出に匹敵する価値があったという己惚れではなく、中田先生が、日本の未来を暗く予想していたからである。
 中田先生は、大学卒業後、すぐにアメリカに渡り、カリフォルニアで臨床研修を終え、医師免許を取得し、そのまま、アメリカのグリーンカード(永住権)を保持していた。国籍だけは、日本に残していたが、それも時間の問題のように思えた。
 時は1989年。日経平均株価が38915円の史上最高値を記録した。メイド・イン・ジャンパンが世界最高の品質保証であり、マンハッタンのど真ん中にあるロックフェラー・センタービル群を三菱地所が買い占めていた。いわゆるジャパン・マネーが世界を席巻していた。
 成り上がり者の宿命とはいえ、世界中で、ジャパン・バッシングが広がり、日本は世界の嫌われ者になった。言い換えると、当時の日本には他国から嫌われるほどの国力があった。
 その日本の国力が建国以来の絶頂期だった時期に、中田先生は、日本の暗い未来を予知していたのだから、ノストラダムスも真っ青の予知能力である*3。「国力」の本質を見抜いていたからだ。「ホーキン先生、100年後にもアメリカは間違いなく存在するけれど、日本が存在するとは断言できない。子どもたちの将来を考えたら、たとえ、いくらかの差別はあっても、合衆国の国籍を持てる機会があるのだから、持たせた方が良い。」と随分、説得された。

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 数年前、アメリカで活躍している同級生のT君を訪ねた。彼は、30年以上前にアメリカで医師免許を取得し、そのまま、アメリカに残り、有名大学の臨床の終身教授職(テニュア職)に就いていた。
 彼の家は、ヒューストン郊外の高級住宅街にある。札幌の我があばら家と比べること自体、不遜であるが、当然の如く、豪奢な邸宅である。大きな庭があり、趣味の陶芸のために作った邸内の別邸、ヨーロッパの高級車2台がガレージに収まっていた。しかし、アメリカの大学教授の生活レベルとしては極めて平均的なものか、むしろ、控えめなものだったに違いない。
 米国の厳しい競争社会で、日本人が、生活の基盤を一から築き、永住の地を得るには、日本では考えられないハードワークが必要である。それに余りある苦労と努力をT君がしてきたことを僕は知っている。
 翌日、ヒューストンを発ち、日本行きの機内でうたた寝しながら、白昼夢を見た。
 米国に移住した僕が、プライベートジェットとメルセデスAMGを乗り継いで、ハワイ・オアフ島のキングカメハメハゴルフクラブにいる。ドライバーショットはトンデモナイ方向に消えてゆく。それを追いかけて、棕櫚の深い森の中でボール探しをしていると、突然、巨大なカラスがセブンイレブンの卵サンドを持っている僕に襲い掛かる・・・そこで目が醒めた。
 悪い夢だ。

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 1ドルが140円に迫る円安になった。国力が落ちるということは、切ないものだ。大学も身に染みてその辛さを感じている。外国製研究機器の価格が高騰して、手が届かなくなりつつある。あるいは、欧米の一流研究者をリクルートしようにも、日本の給与レベルでは声もかけにくい。豪華なバカンスが人生に与えるものなど、空虚なものだと強がりを言っても、負け犬の遠吠えだ。
 国力は、国土、人口、資源、経済力などのハードパワーと、教育力、文化力などのソフトパワーとの複雑な総和である。大学が「国力」に対してできることは、間違いなく、こうしたソフトパワーへの貢献である。なかでも、科学・技術の基盤となる「研究力」は、今や、そのソフトパワーの中心に躍り出ている。
 そう思うと、夏のバカンスはほどほどにして、「研究力」で国力のV字回復、倍返しだ!と妙に力が湧いてきた。今年の夏休みもご先祖様の墓参りを兼ねた北海道の田舎巡りで十分。美しさの競い合いでいえば、北海道の夏の田園、海辺の風景は、プロヴァンス、エーゲ海に決して引けを取らない。

 皆様、素晴らしい夏休みを・・・