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第20回:吉見 宏 理事・副学長(2023年1月退任)

シンデレラ切手が教えてくれたこと

 5歳の頃から切手を集めている。息の長い私の趣味であるが、何を集めるかは時代によって異なってくる。成人した後は、その1つの分野として、世界の鉄道切手を収集するようになった。

 先般、見たことがないトロリーバスの切手をWEBで見つけた。周知のように、日本の法規ではトロリーバスも立派な鉄道である。早速調べてみると、発行国はトランスニストリア。それってどこ?

 更に調べてみると、トランスニストリアはモルドバの東部にある国で、正式名称を「沿ドニエストル・モルドバ共和国」という。南北に長くウクライナと国境を接している。問題は、この国はモルドバ政府の支配下になく、「事実上の」独立国家であり、国際的に国として承認されていない。政治的には、親ロシア国であり、ロシア軍が駐留している。モルドバは、トランスニストリアを「ドニエストル左岸行政区画」として、自治領と位置づけている。

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 これでかなり疑問が解けた。トランスニストリアの切手は、「シンデレラ切手」の一種だったのである。

 切手には正規の国家等が発行したものと、そうでないものがある。自社の鉄道や航空輸送のためだけに会社が発行したものも後者の例だ。これらは、正規のお姫様にはなりきれていない、という意味でシンデレラ切手と総称されている。一般的には、収集家にはシンデレラ切手は人気がない。審査のある切手展などでは、減点材料にもなるからである。だから、日本の切手商はほとんど取り扱わないが、一般的には価格は安く、入手はしにくい。

 とはいえ、高額になる切手もある。最近、明治期の初めに横浜の外資系荷物輸送会社が発行した「サザーランド切手」が珍しくオークションに出品されていたが、額面の異なる2枚の切手の入札最低値はなんと1150万円!2枚そろえようとすれば、最低でも300万円である。もっとも実際はさらに高額で落札されるだろう。

 この時期は、日本の郵便はまだ飛脚だった時代。その中で、民間企業発行の切手とはいえ、実際の郵便輸送に利用されたものである。シンデレラ切手には無人島が発行したものなど、お土産用に使われて郵便輸送に利用されていないものもある。しかしこれでは、記念のシールと変わらない。だが、私の収集範囲には、実際に輸送に使われたのであればシンデレラ切手も入る。ということで、件のトランスニストリアの切手も私の関心の範囲に入り、ネットでベラルーシの切手商から手に入れた。

 ここでわかったことは、今回の軍事侵攻でウクライナからモルドバを経由して脱出した人々が意外に少なかった理由である。モルドバを経由しようとすると大部分の国境線で親ロシア国のトランスニストリアを通過しなければならないのである。

 世界的には、トランスニストリアのように、国として認められていない「独立国」が結構存在する。トランスニストリアの切手は、「国内」では使えるが、国際的に独立国ではなく、UPU(万国郵便連合)に加盟できないので、自国の切手だけを貼って国際郵便は送れない。

 おそらく、モルドバのものでなければパスポートも使えないのではないか。この状況では、「鎖国」になりがちであろう。

 この状況では、海外に留学したい人はどうすればよいのであろうか。さすがに切手とは異なり、何らかの工夫はされているものと思われるが、世界にはトランスニストリアのような「独立国」は、数は少なくとも未だに存在する。シンデレラ切手が教えてくれたことは、私の心配事を1つ増やしてしまった。

(2022年11月)