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第23回:増田 隆夫 理事・副学長(2024年3月退任)

化学工学?

 研究、産学官連携、研究公正の担当理事・副学長の増田です。第4回のコラムに続いて今回が2回目の寄稿になります。

 就任して2年と5ヶ月になり、この間、教職員の皆様のご協力に感謝申し上げます。

 就任して多くの人と接する機会が増える中で、研究者として「専門は何でしょうか」とよく聞かれます。なかなか一言で説明するのが難しく、「化学工学」と答えても、相手の反応は今ひとつの場合が多いため、「応用化学です」と答えています。しかし、応用化学が対象とする範囲は広く、化学工学もその中に含まれます。そこで、今回は化学工学について紹介いたします。

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 高校3年生の時に担任の指導もあって、何となく京都大学の工学部化学系を受験することを決めました。しかし、当時は学部単位や大学全体の総合入試のような制度がなく、学科単位(定員約50人)の入試でした。そのため、志願する学科が将来の人生に大きく影響することになりますが、当人にそのような事がわかるはずもありません、担任もあまりご存じではなかったと思います。志願対象とした工学部の化学系には5つの学科(高分子化学科、石油化学科、合成化学科、工業化学科、化学工学科)があり、そのいずれかを受験することになります。高校時代は試験管を振っているのが大好きな化学少年でしたので、化学の名前が付いていれば対象が微妙に違うだけで、どの学科も同じだろうと思っていました。加えて化学工学は、その名前から何となく、一番目新しく感じた(カッコいい)ため、受験することに決めました。

 しかし、これが大きな勘違いであることが入学してからわかりました。化学の名前が付いているのに、教養の2年間は必修科目だけでも、数学が8科目(内二つは通年)、物理は4科目(うち一つは通年)、物理化学は1科目(通年)あり、化学は僅か2科目(一つは通年)でした。どうも勝手が違うなと思いましたが、「時、既に遅し」でした。3年と4年の専門課程を通しても、化学は僅か概論系の2科目だけで、授業のほとんどが化学工学に特化した授業(単位操作、移動現象、反応工学、熱力学、制御工学、システム工学、計算機演習など)でした。ちなみに化学工学は戦後、米国から導入された学問であって、当時は「化学機械」と呼ばれていました。この名前だと何となく内容が理解でき、志願しなかったと思います。「名は体を表す」と良く言ったものです。名前をつける時には適切につけなければいけないと実感しました。

 大学で受講した授業と今までの経験を踏まえて、「化学」と「化学工学」の違いを一言で表すと、「平衡論」と「速度論」と捉えています(あくまで私見です)。例えば、旅行に行く場合、主な目的地を決めるのが「平衡論」であり、どのように行くかが「速度論」のイメージです。応用化学の中で、工学(エンジニアリング)の立場から「速度論」を取り扱う場合、分子レベルのミクロから反応装置レベルのマクロまでに共通するものは、「物質移動速度」と「熱移動速度」になります。

 この点に関して、授業の中で、学生に次のような質問をしました。「触媒反応を取り扱う場合に、観測される化学反応速度と物質移動速度はいずれが速いか?」。ほとんどの学生は「化学反応速度」と答えますが、正しくは「物質移動速度」になります。反応が進行する触媒の活性点で反応物質が消費するので、その濃度が小さくなります。その結果、反応速度は遅くなります。そのため、活性点上に反応物質が供給される速度(物質移動速度)が遅いと、活性点上の反応物質の濃度が小さくなるため、化学反応速度が遅くなります。つまり、反応物質が活性点に供給される分だけ化学反応が進むことになります。

 この物質移動の重要性の捉え方を、対象とするスケールの大きさごとに考えてみます。まず小さなスケールとして、固体触媒の一つであるゼオライト触媒を取り上げてみます。この触媒は、SiAlの酸化物で構成される数ミクロンの大きさの結晶です。その結晶の中には、直径が約0.5ナノメートルの孔(ミクロ孔と呼びます)があり、その孔の壁面に活性点が分布しています。つまり、反応が進行するためには、ミクロ孔の中を通って反応物質が活性点まで移動する必要があります。そのため、触媒反応を行う場合には、まずゼオライト結晶廻りを流れる流体の中から、反応物質がゼオライト結晶表面に移動します。その後、反応物質はミクロ孔を移動(専門用語では拡散)し、活性点に到達して反応します。その後は、反応によって得られる生成物がミクロ孔を結晶の外表面に向かって拡散します。そして、結晶の廻りの流体に移動することで初めて反応活性が観測されることになります。

 工業的には2ミクロンのゼオライト結晶が良く用いられます。この結晶の拡散距離(結晶サイズ)とミクロ孔の比=(結晶サイズ:2ミクロン)/(ミクロ孔径)は4,000になります。その一方、結晶を50ナノメーターの大きさに合成(ナノ結晶と呼びます)した場合は、その値は100になります。この比を分かりやすく例えて見ます。ここでは、直径12mのトンネルを考えてみましょう。2ミクロンのゼオライト結晶の拡散距離と細孔径の比と同じ値を持つトンネルの距離は、(直径:12m)×(4,000)=48,000m(=48km)となり、イギリスとフランスの間のドーバー海峡にあるユーロトンネル(50.45km)、または青函トンネル(53.9km)に相当します。一方、50ナノメーターの結晶の拡散距離と細孔径の比と同じ値を持つトンネルの距離は、(直径:12m)×(100)の値はわずか1,200m(=1.2km)になります。反応物質が2ミクロンと50ナノメーターのゼオライト触媒の結晶内を拡散する場合は、ちょうど皆さんが車でユーロトンネルと1.2kmのトンネルを移動する差に相当します。ユーロトンネルを通過するのは大変であることが想像できますね。工業反応はA→B→C→→Xのような逐次反応が多くあります。ユーロトンネルを走っていると時間を要してほとんどがXになってしまいます。1.2kmのトンネルでしたらBが生成したときにトンネルを通過し終えることも可能です。このように結晶サイズを変えることで物質移動速度(動的時間)を制御して、見かけの化学反応を制御できます。

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 次に大きなスケールを考えてみます。この場合には、工業反応装置を取り上げます。例を挙げるならば石油化学分野の反応装置の体積はおよそ25mプールの大きさになります。その中に固体触媒の粒子が充填されることになります。例えば、プールの端からインクで着色した液体(反応物質が含まれる流体)を供給し、その反対側から液体を抜き出す場合を想像してください。全ての触媒に有効に働いてもらうためにはどのように流体を流すかが重要になります。なにせ、固体触媒は1kg当たり1万円と高価です。反応系によりますが、それを13年間連続して使用します。流れが偏り、一部の触媒に過度に反応物質が接触すると、その部分の温度が高くなって(発熱反応の場合)触媒が働かなくなります(劣化と呼びます)。そのため、触媒と反応物質の接触を良好な状態に保てるように工夫(エンジニアリング)が必要となります。

 以上のように、基本は反応活性のある部分と、反応物質の接触法(コンタクティング)が重要となりますが、この捉え方は組織にも通じるものと思います。組織を構成する各部署間の情報も含めた動的な連携が、組織全体の最適状態を実現するものと思います。研究や社会連携は、学外も含めた各部署間の動的な連携が重要です。また、これら連携の正常状態を担保するには、研究公正が求められます。これらを継続的に進めるには皆様の協力が必須です。

 今後とも皆様からの忌憚の無いご意見を頂戴したく願っております。

(2023年2月)