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第26回:髙橋 彩 理事・副学長

自分に魔法をかけてくれるコト

 カフェには、心を癒す不思議な魔力がある。そう思うのは私だけでしょうか。ダウンライトの店内に深いコーヒーの香り、心地よい木の椅子、ふかふかのソファにジャズ。足を踏み入れると、心と体がふわっとリラクゼーション・モードに切り替わります。本を読む人、友人と語らう人、目を瞑って音楽を聞いている人、思い思いに時を過ごす、私はそんなカフェの空間を好んでいました。

 新型コロナウイルス感染症の拡大により、私たちは突如、未曽有の状況に置かれました。先進的であったリモートワークが、当たり前のように日常に入ってきました。外出、旅行、飲食など、さまざまな場面で人と人の接触が制限され、賑やかな街の風景が一変しました。そして、人々が、暖かに、静かに集うカフェの景色も変わりました。

 大学では、オンライン授業の導入により、これまで「教室」という場所で対面で行われていた授業の方法が大きく転換しました。海外に在留して学ぶことを意味していたはずの留学は「オンライン留学」になりました。単語のつながり方がおかしいのでは、と耳を疑うほどのことばです。教育の場面でも常識が一変しました。

 私の日常もまた一変しました。オンライン授業のための技術の習得や教育方法に悪戦苦闘の日々が続きました。同僚とのコミュニケーションはメールやオンライン会議が中心を占め、インフォーマルなコミュニケーションは激減しました。プライベートでは、様々な行動制限とともに、カフェに行かなくなった自分がいました。

 カフェのない日常は寂しいものでした。それほど頻繁に足を運んでいたわけではないのに、いつもの調子が出ない気がする、何か心が整わないまま時間が過ぎてゆくような気がするのです。代わりに、少し高めのコーヒーを買ってきてお気に入りのカップで飲んだり、テイクアウトしたりしても、それは、解決しませんでした。

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 つまり私は、カフェという空間で、コーヒーを片手に、特別な時間を過ごしていたということです。家では淹れられないおいしいコーヒーを味わうとか、単に疲れたから休憩するとか、待ち時間を潰す手段ではなかったのです。私にとってのカフェは、癒しの場であり、思考の場、さらにはマインドフルネスの空間であったのかもしれません。

 少々長く個人的な体験を語りましたが、コロナ禍でいろいろなことに気がつかされました。些細なことですが、カフェと自分のかかわりもその一つです。このように、コロナ禍で自分の日常を振り返る時間を持たれた方は多いのではないでしょうか。自分がこれまで何を当たり前だと思い、何に喜怒哀楽し、どのように心身を維持していたのか。

 日常が一変する経験は、人生の中で様々に訪れるでしょう。「留学」もその一つだと思います。異なる言語・文化・社会環境の中に入り、自分が「ふつう」だと思っていたことが通用しなくなる体験を通して、それまで意識していなかったことに気づき、新たな視点や自分を発見することになります。だからこそ留学は、視野の広がりを促し、自らのアイデンティティを考える機会であると期待されるのでしょう。

 「留学」では、予期される「変化」に対して準備ができます。留学オリエンテーションでは、よく「カルチャーショック」が紹介されます。異文化の中で、個人がどのような心理状態を経験する傾向にあるのかを伝えるのです。留学先の言語を習得し、地域の社会情勢や文化を知っておくことは重要ですが、それと同じくらい、変化の中で心を整える準備をしておきたいものです。それが、カフェなのか楽器を奏でることなのか、スポーツにいそしむことなのか。自分に魔法をかけてくれるコトを知るのは、案外重要なことだと思います。

(2023年5月)