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第28回:瀬戸口 剛 理事・副学長

好きなことが仕事になる大学人 -楽しかった稚内駅計画設計での裏話-

 世の中さまざまな職業がありますが、大学人ほど自分のやりたいことを仕事にしている人は居ないでしょう。ここでは、私自身が工学研究院の教員として携わった楽しい仕事の一つである、稚内駅デザインの裏話をしましょう。皆さんは稚内駅を訪れたことはありますか?あれば大変嬉しいです。

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都市地域デザイン学研究室の仲間たち

 稚内駅の再開発計画の話が持ち上がったのは2002年でした。全国の地方都市の衰退が著しく、再び活気を取り戻すために「全国都市再生の推進」が当時の小泉元首相のもと進められ、モデルプロジェクトとして稚内市が認定されました。旧稚内駅を再開発して街の拠点を創ろうと稚内駅前地区市街地再開発事業がスタートし、私も検討委員会の委員長として稚内市役所や当時の㈱北海道日建設計のメンバーと作業を共にしました。

 稚内駅の計画では、ぜひやりたいデザインがありました。日本の最北端の頭端駅(終着の駅)として、列車の進行方向に改札を設けることです。通常の駅は線路がつながっているので、駅の改札は横に設置せざるを得ません。しかし、頭端駅であれば線路が無いので改札を前に設けられ、列車の先頭を見ながら乗り降りができるので旅情を誘います。

 ところがここで難題が立ちはだかります。駅前広場の整備事業を管轄する行政組織から、駅の改札を駅前広場側に向けるように要求されました。例えば、函館駅は函館朝市側の正面に改札を向ければ素晴らしかったのですが、函館の街側に向いてしまったと聞きます。稚内駅では、はるばる最北端まで来て目の前に拡がる風景は普通の街ではなく、宗谷海峡や稚内港北防波堤ドーム(北海道遺産、北大卒業生の土屋実氏設計)にしたかったのです。そこで、稚内駅を60mセットバックさせて駅前広場を前方に計画しました。併せて当時のレールと車止めをそのまま残したのです。セットバック案であれば管轄行政も正面に改札を設けることを認めざるを得ません。逆にこれが素晴らしい結果を生みました。日本の最北端のレールに触れられると、鉄道を利用しない観光客もが残した車止めの前で記念撮影を撮ってくれます。夏の繁忙期には観光バスも乗り付ける賑わいです。

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稚内駅と車止めモニュメント(撮影:稚内駅前地区市街地再開発組合)

 最北端の車止めを残すことでまた問題が起きました。駅前広場のなかに車止めがあると「子どもが走ってきてぶつかりケガをするから周囲を柵で囲むように。」「線路の砂利を持ち出して駅の窓ガラスにイタズラをされる。」と、関係者が豊かな想像力で懸念を示してきました。そこで、段差を無くすためにレールを埋め込み、車止めの砂利は接着剤で留めています。さすがに今では接着剤は剝がれていますが、線路の砂利でイタズラする人は一人も居ません。さらに今度はとある関係者の一人が「残したレール上に汽車を置いてみたらどうだ。」と言ってきます。よく大きな公園で見かける機関車展示のイメージでしょう。「おっと、ちょっと待ってくれ。」とつぶやきながら、実際に汽車を設置したイメージ図をわざわざ描いて「これでは駅に停車している本物の列車が見えなくなる。」と説得します。

 また、稚内駅の改札口を進行方向に向けたことで重大な問題も起きました。改札の方向は真北になり、冬には猛烈な吹雪が駅の出入り口を直撃します。駅舎から駅前広場へのアプローチにはバスに乗る高齢者も多く、吹雪の影響を最小限に留めなければなりません。そこで、1/500サイズの稚内駅の模型を作り風洞実験を行いました。風洞断面150cm×70cmの風雪用では大型の実験設備を用いて、スタイロフォームで作った稚内駅の計画模型に活性白土という微粒の粉を吹き付け、災害級の吹雪に直撃された状態を想定して風雪シミュレーションを行います。実際の設計が進行すると同時に15通りの駅舎の形態を検討し、望ましい形を導き出して設計に反映させます。プロジェクトのスケジュールに合わせなければならないので、頻繁に旭川市にある北方建築総合研究所に通って風洞実験を繰り返しました。風だけのシミュレーションができる風洞実験設備は国内に多くありますが、吹雪を再現できる施設は、旭川市と山形県の新庄市にしかありません。最初は曲面の形態の方が良いだろうと思って実験しましたが、かえって雪の吹き溜まりができてしまいます。実験結果を受けて、吹雪を受け流す斜めのファサード形態を採用しました。風雪の挙動は風のみとは比較にならないくらい難しく、最近ようやくコンピューターでシミュレーションできるようになりました。現在はコンピューターを使って、札幌駅に新しく計画されている超高層の新幹線駅ビルの風雪環境シミュレーションを行っています。

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風洞実験に明け暮れる著者(2006年)

 建築の計画設計をしていて楽しいのは「気付いてもらえるかな」と思いながら隠れたポイントを創ることです。再開発ビルの2階に線路に向かって飛び出す「鉄ちゃんデッキ」を設けました。このポイントから稚内駅に進入してくる列車の写真が綺麗に撮れます。撮り鉄の方に言わせると「列車はカーブポイントで撮るのが最も美しい」そうです。「鉄ちゃんデッキ」からはカーブして駅に進入してくる車両が撮れます。そのお陰もあってか、稚内駅は「駅総選挙:鉄道ファンが選ぶ行って良かった『駅』ベスト30」で、東京駅や京都駅と肩を並べ堂々の7位にランクインしました。

 昔の旧稚内駅をご存じの方からはお叱りも受けます。「駅が新しく綺麗になって、北の最果て感が無くなった。」「あの寂れた感じが良かったのに。」そこで新しい稚内駅は「キタカラ(Kita Color)」と愛称を付けました。北の外れでの終着駅はなく「北から始まる始発駅」の意味を込めています。

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稚内駅再開発プロジェクトのメンバーと(2012年)

 学生の皆さん、建築は有能なデザイナーが斬新なアイデアをパッと閃かせてできると思っていませんか?実はそうではなく、建築のデザインは理詰めで考えられ、地道にカタチが組み立てられます。そして、労力の多くはデザインを実現するための調整に割かれます。素晴らしい建築デザインほど実現するための説得に苦労するので、デザインの論理がしっかりしていなければなりません。それでも建築が竣工した時には嬉しくて、それまでの苦労が吹き飛びます。今では年間100万人以上の人々が稚内駅を訪れてくれて、皆楽しそうに使ってくれています。「この仕事をして良かった」と思える瞬間です。建築は見えないところに興味深いストーリーがあります。是非これから建築を見るときには、見えない部分にも想いを巡らせてみてください。

 学生の皆さんが、自分の好きな素晴らしい職業に出会いますように。

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「風雪の影響を低減する都市設計シミュレーション手法の研究」により文部科学大臣表彰科学技術賞などを受賞。写真は、国土技術開発賞の受賞時に石井啓一国土交通大臣(当時)と撮影(2016年)。