2021年1月5日
ポイント
●上咽頭がん・中咽頭がん・下咽頭がんに対して強度変調陽子線治療を実施。
●照射中の嚥下障害などの副作用が,エックス線治療よりも軽症であることを実証。
●患者さんの苦痛や副作用の少ない陽子線治療の進展に期待。
概要
北海道大学病院放射線治療科の安田耕一助教らの研究グループは,上・中・下咽頭がん患者さんに対して強度変調陽子線治療(Intensity-modulated proton therapy; IMPT)を実施し,照射中の嚥下障害などの副作用が,エックス線治療(強度変調放射線治療,Intensity-modulated radiation therapy; IMRT)を実施した患者さんよりも軽症であることを実証しました。咽頭がんに対するIMPTの報告は日本では初めてのことであり,海外では上・中咽頭がんで個別にIMPTについて報告がありますが,全ての咽頭がんにおいて副作用低減を示したのは初めてです。
咽頭がんの放射線治療は,がんの近傍にある正常な組織にも一定の照射がされてしまうため,嚥下障害などの副作用が発生し,患者さんの苦痛につながっています。そもそも陽子線は一定の深さでぴたっと止まって,それより深部の正常組織の障害を起こしにくいという特徴がありますが,特に咽頭がんにおいては多数の正常臓器が広い範囲に複雑に配置されており,単純な陽子線治療ではこれら正常臓器をうまく避けてがんに照射することが困難でした。
北海道大学において日立製作所と共同開発された陽子線治療装置は,スポットスキャニング照射法という陽子線を高い自由度で照射する技術を備えています。小さな陽子線のスポットをどの方向からどの強さで照射すべきかをコンピューターシミュレーションにより計算して最適化し,最終的に複数の方向から強度を変調させた陽子線のビームを照射するIMPTの技術が,咽頭がん治療の副作用低減のために応用されました。これにより,従来のIMRTよりも正常組織の線量を大幅に低減させることが可能となりました。実際にIMPTで治療された15例の咽頭がん患者さんにおいて,放射線治療中の嚥下障害,味覚障害が,同時期にIMRTで治療された127例の患者さんよりも低いことが示されました。
この結果から,患者さんの苦痛が少ない陽子線治療法の確立につながることが期待されます。現在,咽頭がんの陽子線治療は保険適応となっておらず先進医療の枠組みで実施されていますが,このような知見の積み重ねにより,将来的な保険適応を目指し,より多くの患者さんに副作用の少ない治療が提供されることが期待されます。
本研究成果は,2020年12月29日(火)公開のJournal of Radiation Researchにオンライン掲載されました。
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