2024年9月27日
ポイント
●第一原理計算による分子に働く光学力の解析から、固有電子励起状態との関係性を解明。
●分子の励起状態と光の空間構造から光学力と光学トルクの発生メカニズムを初めて解明。
●光による単分子操作の実現へ期待。
概要
北海道大学大学院理学研究院・同大学創成研究機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)の岩佐 豪助教、同大学理学部化学科(研究当時、現:京都大学大学院理学研究科)の天野里咲氏らの研究グループは、分子に誘起される光学力とトルクの第一原理計算手法を開発し、光学力と電子励起状態の関連性をシュレディンガー方程式に基づいて詳細に解明しました。
光学力とは、物質が光から受ける力です。物質に光が当たると、電場により電子が動かされるため、物質内は電子の少ない正に帯電した部分と、電子の多い負に帯電した部分に分かれます。この電荷の偏りを分極と呼びます。正電荷と負電荷は電場によって逆向きの力を受けますが、光の強さに偏りがある場合には一方の力が強くなります。この差が光学力として分子を動かす力になります。分子は非常に小さいため、通常の光では分子上で光強度の偏りをほとんど持たず、光学力は誘起されません。しかし、近接場光と呼ばれる微小領域に局在した光を用いると、分子スケールの光の強度勾配により分子に光学力が生じます。近接場光を用いて分子の位置や向きを操作できると期待されており、その実現に向けた研究が進められています。
従来の光学力理論では、分極を表現する方法として誘電体モデルが用いられてきましたが、非常に小さく形も多種多様で複雑な分子には、誘電体モデルよりも高精度なシュレディンガー方程式に基づいた第一原理計算手法が必要でした。さらに、近接場光と分子の相互作用を適切に扱う必要もあります。
本研究では、分子の電子状態を光学力計算に取り込む手法を開発し、分子に生じる光学力を詳細に解析しました。開発した手法は、分子の電子状態を量子力学の基本方程式であるシュレディンガー方程式から求め、光学力の計算式に分極として取り込む手法です。このときの分極は、電子の動きを実際にシミュレーションした結果から得られる値であり、分子の量子力学的な振る舞いを考慮していることから、得られる光学力の精度は非常に高くなります。複数の電子励起状態の干渉による光学力の減少など、従来の誘電体モデルでは得られない物理描像を明らかにすることができました。新たに解明した光学力発生メカニズムは、従来の誘電体モデルによる考えを覆すものです。また、本手法及び理論はあらゆる分子と光に対して適用可能なため、光による単分子操作の発展に大きく貢献する成果となります。
なお、本研究成果は日本時間2024年9月27日(金)公開のThe Journal of Chemical Physics誌に掲載されました。
論文名:Optical force and torque in near-field excitation of C3H6: A first-principles study using RT-TDDFT(近接場光で励起されたC3H6分子の光学力とトルクに対する、実時間-時間依存密度汎関数理論に基づく第一原理計算研究)
URL:https://doi.org/10.1063/5.0223371
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