2025年4月1日
ポイント
●細胞成分の偏りである細胞極性の確立が細胞分化の方向を決定するのが従来の考え。
●ウシ胚の分化制御は、細胞極性に依存しないことが判明。
●哺乳類初期胚の細胞分化を制御する多様な仕組みの一端が解明。
概要
北海道大学大学院農学研究院の川原 学准教授らの研究グループは、同大学大学院農学院博士後期課程の齋藤 隼氏らとともに、我が国で最も重要な食資源動物の一つであるウシの初期胚発生における細胞分化の仕組みを明らかにしました。初期胚の発生を制御する分子経路であるHippoシグナルの調節は、Yes-associated protein 1 (YAP1) という分子の細胞内局在によって制御されます。最も研究が進んでいる実験動物マウスの初期胚を用いた研究において、細胞の方向性を決める細胞極性の確立がYAP1細胞内局在を決定していることが明らかにされています。細胞極性の確立というイベントは、全ての哺乳類初期胚に共通して起こるため、この仕組みは哺乳類の種を問わず普遍的であると考えられてきました。本研究では、ウシ胚を用いてこの仕組みの保存性を検証し、ウシ胚に特徴的な発生制御機構を見出すことに成功しました。
ウシ胚では16細胞期以降に細胞極性の形成が開始されるものの、マウス胚とは異なり細胞分化を誘導するYAP1の核局在化は、細胞極性の確立とは連動していませんでした。さらにウシ胚では、16細胞期後半から32細胞期では全ての細胞でYAP1が細胞質局在を示すことが特徴的でした。また、胚を覆う構造物である透明帯の有無がYAP1局在に及ぼす影響を調べました。透明帯除去胚ではYAP1の細胞質局在化が抑制されるとともに、細胞分化調節因子の異所性の発現が惹起され、細胞分化制御の破綻が起きることが分かりました。
以上より、ウシ初期胚は従来の細胞極性の確立を発端とする初期胚発生制御のセオリーとは異なる機構で発生の進行が制御されており、種によって多様な分化制御機構が存在することを証明するものとなります。また、ウシ初期胚の体外生産は畜産業を支える基盤技術ですが、受胎性の高い初期胚を作製することは現在も大きな課題となっています。本研究で得られたウシ初期胚発生の進行を駆動する新たなメカニズムの解明は、ウシ初期胚の培養系の改善に資する重要な研究成果となります。
なお、本研究成果は、2025年3月19日(水)公開の米国生化学分子生物学会誌Journal of Biological Chemistryにオンライン掲載されました。
論文名:Polarization-independent regulation of the subcellular localization of Yes-associated protein 1 during preimplantation development(着床前胚におけるYes-associated protein 1の細胞内局在の極性に依存しない制御)
URL:https://doi.org/10.1016/j.jbc.2025.108429
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