新着情報

ホーム > 新着情報 > プレスリリース(研究発表) > mRNAワクチンのカギを"片手"で握る脂質を解明〜立体異性体の制御により、安全性と効果を両立〜(医学研究院、総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点 教授 田中伸哉、総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点 特任准教授 辻 信弥)

mRNAワクチンのカギを"片手"で握る脂質を解明〜立体異性体の制御により、安全性と効果を両立〜(医学研究院、総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点 教授 田中伸哉、総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点 特任准教授 辻 信弥)

2025年8月4日

ポイント

●ALC-0315の立体異性体を単離・合成に成功。
●異性体ごとのmRNA送達効率と細胞毒性を比較・解明。
●より安全で高性能な核酸医薬品・ワクチンの実用化に期待。

概要

北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)特任教授及びマックス・プランク石炭研究所教授のリスト・ベンジャミン氏、WPI-ICReDDの辻 信弥特任准教授、WPI-ICReDD及び同大学大学院医学研究院の田中伸哉教授、津田真寿美准教授らの研究グループは、mRNAワクチンなどに用いられる脂質ナノ粒子(LNP)の一つの「ALC-0315」について、立体異性体ごとの生物学的性質の違いを世界で初めて明らかにしました。

LNPは、核酸医薬品の生体内・細胞内輸送に不可欠で、COVID-19パンデミックでは、mRNAワクチンの迅速な実用化を可能にしました。LNPの中でも、「イオン化脂質」は細胞膜との相互作用やエンドソーム脱出に極めて重要で、その代表であるALC-0315は、ファイザー・ビオンテック製COVID-19ワクチン(商品名:Comirnaty)などで使用され、世界で10億回以上投与された実績を持ちます。しかし、従来使われてきたALC-0315は、3種類の立体異性体((R,R)-体、(S,S)-体、メソ体)を含む混合物で、各異性体が持つ化学的・生物学的特性はこれまで明らかにされていませんでした。

本研究では、不斉合成及びキラル分取技術を駆使することで、ALC-0315の三つの異性体をそれぞれ極めて高い純度で取得することに成功しました。得られた異性体を用いてmRNAを搭載したLNPを構築し、ヒト細胞への送達効率及び細胞毒性を評価したところ、いずれもmRNAの発現効率は高かった一方で、細胞毒性には明確な差があることが判明しました。特に、特定の異性体を用いたLNPでは、細胞生存率が大きく向上し、従来の混合物型に比べて有意に安全性が高いことが示されました。

本研究成果は、これまでLNP設計においてほとんど考慮されてこなかった、いわば見過ごされていた「立体化学(分子の3次元的な形状)」(脂質の手)が、送達効率や細胞毒性に大きく影響することを初めて実証した点で画期的です。また、構成脂質の立体化学を最適化することで、mRNA医薬やワクチンの安全性・有効性を一層高めるという新たな設計指針を提示するものです。

なお、本研究成果は、2025731日(木)公開のアメリカ化学会誌にオンライン掲載されました。

論文名:The Overlooked Stereoisomers of the Ionizable Lipid ALC315(イオン化脂質ALC0315の立体異性体の合成と生物学的影響の評価)
URL:https://doi.org/10.1021/jacs.5c08345

詳細はこちら


代表的なイオン化脂質「ALC-0315」の構造とその生物学的影響