【気候変動に挑む】地域から始まるウシ・ヒト・地球の良い循環

工学研究院 准教授 石川志保

工学研究院 准教授 石川志保(撮影:齋藤有香)

石川志保准教授に聞く、気候変動研究者への15の質問

牛の呼気やふん尿に含まれるメタンガスは二酸化炭素よりも温室効果が高く、地球温暖化の原因のひとつとして課題になっています。一方で適切な処理を行うことでバイオマスエネルギーとしての活用も期待されています。牛舎を取り巻く様々な課題の解決と、循環型社会の構築に向けて研究を進める工学研究院環境工学部門の石川志保准教授にお話を伺いました。

工学研究院の石川志保准教授(撮影:齋藤有香)工学研究院の石川志保准教授(撮影:齋藤有香)

豊富なポテンシャルを持つ北海道のバイオマス

北海道では今、再生可能エネルギーによる発電量が急速に伸びています。下のグラフは、「北海道エリアの発電量に占める電源の割合」を示したものですが、水力、太陽光、風力、バイオマスなどを合わせた再生可能エネルギーの割合が年々増加していることがわかります。2023年は全体の40%以上を再生可能エネルギーが占めています。その中でも特に注目していただきたいのが、グラフ中では斜線で表されているバイオマス発電です。バイオマスとは「生物由来の再生可能な有機性資源で、化石燃料を除いたもの」を表す言葉で、その割合も近年増加しています。

北海道エリアの発電量に占める電源の割合(本州との連系線によるやりとりは除く)
北海道電力ネットワークの資料より作成北海道エリアの発電量に占める電源の割合(本州との連系線によるやりとりは除く)。北海道電力ネットワークの資料より作成

バイオマスには、林業などで得られる木質系のものや、とうもろこしなどの資源系のものもありますが、私が特に対象としているのは家畜のふん尿です。北海道では基幹産業として酪農や農業が発展していますので、相当量のバイオマスがあります。家畜のふん尿や生ごみを微生物の力で発酵させるとガスが発生します。天然ガスと同様にメタンが主成分で、バイオガスと呼ばれています。石炭や石油のように枯渇する資源ではなく、廃棄・焼却されるはずだったものをエネルギーとして利用できるという利点があります。

乳牛は1頭あたり、毎日約65kgのふん尿を排出します。私たちの研究成果によると、牛のふん尿1トンから約30〜35立方メートルのバイオガスが発生します。そのうち、メタンガスとして使えるものがだいたい55%ほどです。北海道では、およそ80万頭の乳牛が飼養されていますから、単純計算で1日に約120万kWhの電力が得られます。これは13万世帯分の電力に相当します(北海道は2020年時点で250万世帯)。

バイオマスからバイオガスを生産する施設をバイオガスプラントといいます。北海道の試験研究機関で最初にバイオガスプラントが導入されたのが私の母校である酪農学園大学で、次に北海道大学に設置されました。これらは、牧場の牛のふん尿のみを対象とするプラントです。現在では、農家単位の小規模なものから鹿追町など自治体が管理する大規模なものまで、およそ140基が道内のさまざまな所に設置されています。

北海道内のバイオガスプラント(提供: 石川志保)北海道内のバイオガスプラント(提供: 石川志保)

バイオガス発電機の課題

電力の需要と供給には同時同量という原則があります。これは、発電所で作る電力の量と、使用される電力の量が常に等しくなっている必要があるというルールです。このバランスが崩れると電気の周波数が変わって電気機器を故障させたり、最悪の場合は大規模な停電を引き起こす恐れがあります。そのため、需要を超える電力を生み出す可能性がある際には、火力発電の出力を抑制したり、揚水式水力発電(ダムの水を汲むこと)の揚水運転で電力の調整をしたり、あるいは本州との間に繋がっている連系線を利用して電気を道外へ供給したりする必要があります。

しかし、様々な種類の発電所の特徴を活かし、電力の安定供給を維持することはとても難しいため、再生可能エネルギーもたくさん作れば良いというわけではなく、他の発電と合わせた計画的な発電をする必要があります。

そこでバイオガス発電においても、電力が必要なときには一気に発電し、十分に足りているときには出力を抑制するといった制御技術が求められます。バイオガス発電は、メタンガスを含むバイオガスを燃焼させて電気エネルギーに変換することで発電するという仕組みなのですが、実は稼働してから定格出力に到達するまでに比較的長い時間がかかります。そのため、私たちの研究グループでは、発電機のメーカーや燃焼に用いるバイオガスの組成ごとに、指令を出してから指定値に到達するまでにかかる時間や、発電特性を調べて論文として公表しました。

バイオガス発電機(提供: 石川志保)バイオガス発電機(提供: 石川志保)

再生可能エネルギーの活用をさらに増やしていくためには、バイオガス発電の利用方法の選択肢を広げていくことも重要だと考えています。私は現在、ドイツの研究者と協働でバイオガスをもっと有効に利用する方法を検討しています。例えば発電や熱利用だけでなく、バイオガスから水素を取り出して環境に優しくエネルギーを効率的に使う方法を研究しています。一旦水素にしてしまえば、貯蔵や輸送することもできるので、バイオマスから作る新たなエネルギーキャリアとして期待しています。

ドイツの共同研究者と(提供: 石川志保)ドイツの共同研究者と(提供: 石川志保)

牛の呼気由来のメタン測定

もう一つ大きなテーマとして取り組んでいるのが、牛の呼気由来のメタン測定です。牛は飼料を胃の中で分解する際にメタンを生じさせます。これが胃の運動に伴って口や鼻から大気中に排出されます。「牛のゲップ」と呼ばれる現象です。

酪農学園大学の牛舎(提供: 石川志保)酪農学園大学の牛舎(提供: 石川志保)

牛のメタン排出量を測定する方法として現在の主流は、レスピレーションチャンバー法という方法です。非常に正確に測定できるのですが、牛を個室に入れて測定する必要があるため、牛にストレスがかかったり、牛本来の行動特性を反映しない、対象個体の範囲を拡大できないといった課題もあります。

そこで私たちは、レーザーメタン検知器を使った測定を行っています。レーザーポインターのようなものを牛の鼻に当てて、メタンの排出濃度を測定することができます。チャンバー法と違い排出量は測定できませんが、牛への負担を減らして非常に簡易に「メタン濃度」を測定することができます。これによって、牛の行動と高濃度メタン排出には何らかの関係性が見えてくるのではないかと考えています。

私は家畜にとって快適な状態というのは、環境にとっても、そして酪農家さんにとっても良い飼養管理ができているときではないだろうか、という仮説を持って研究をしています。

それを追求するために取り組んでいるのが、畜産施設のスマート化です。

IoTを使った畜産施設のスマート化

酪農家さんは、自分たちの生活空間と牛舎がある職場が非常に近接しています。そのため、お金をかけて大掛かりな管理システムを導入するというよりは、その牛舎の特性に合わせてちょっとした気づきをサポートしてくれるような仕組みが大事になります。

現在取り組んでいるのは、農学研究院,情報科学研究院の先生方と一緒にクラウドシステムを活用した酪農場におけるスマート統合システムの開発です。

これは、牛のリアルタイム映像や各種センサデータ群を横断的に記録・保管して即座に解析することで、快適な飼養あるいは労働環境のための要因を定量的に評価します。汎用品のセンサと3Dプリンターなどを活用した自作のデバイスを利用しているので、壊れたら交換すればよいという気軽さが売りです。

(左)牛舎の梁からぶら下げたIoT端末(右)IoT端末に取り込んだビデオカメラの映像(提供: 石川志保)(左)牛舎の梁からぶら下げたIoT端末、(右)IoT端末に取り込んだビデオカメラの映像(提供: 石川志保)

例えば、牛は暑さに弱く夏季には換気扇を普段はブンブン回しているのですが、牛の健康状態を定量的に評価できれば、過剰な時は自動で換気扇を止めるなんてことも可能になります。これは牛にとっても快適になるし、酪農家にとっても便利になるし、エネルギーの節約によって環境にも優しい仕組みとなります。

研究院をまたがった研究で、それぞれの先生方が自分の専門を生かして大きな目標を達成しようとチャレンジしているところです。

「循環」をキーワードに、地域から変えていく

農業の問題は、気候変動やエネルギーだけではなく、食料の問題に繋がります。実はバイオガスプラントで発酵処理された後のバイオマスからは、消化液と呼ばれる液体肥料が生産されます。これは各地域での食糧生産向上のための肥料として利用されています。

良い土を作り、良い餌を牛に与え、その廃棄物をまた農地に返すという「循環」が基本だと考えています。また、家畜ふん尿のリサイクルによって、酪農家さんがふん尿の処理にかかる労働負担やコストを軽減することができれば、そこにも良い循環が生まれるはずです。

世界的状況を見ながら、今は目の前の地域の課題を一つずつ丁寧に解決していくことに充実感を感じています。

酪農学園大学の牛舎で説明する石川准教授(提供: 石川志保)酪農学園大学の牛舎で説明する石川准教授(提供: 石川志保)

コラム:休日は無になる時間をつくる

普段、研究や学生のことを考えることが多いので、休日は何にも考えない時間をあえて作ろうと思っていて、特に体を動かすことが好きなので、ジムで運動しています。入会申し込みの際に「目的は何ですか?」とか聞かれたので、「無になることです」と伝えました(笑)。ジムトレーナーが求めてくることがものすごくきついので、良い感じに無になれています。

3年前から年に一度、学生と一緒に札幌ドームのリレーマラソンに参加しています。6時間で陸上トラックを何周できるかを競うのですが、昨年はなんと230チーム中で20位でした。私たち全員素人チームだったので、これはひとつの自慢です。道外からも卒業生が集まっているので、終わったらみんなで打ち上げをするのも楽しみのひとつです。

 

札幌ドームリレーマラソンでの集合写真 (提供: 石川志保)札幌ドームリレーマラソンでの集合写真 (提供: 石川志保)

ウェブ特集「気候変動に挑む」
地域から始まるウシ・ヒト・地球の良い循環


[企画・制作]
北海道大学広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門
Sohail Keegan Pinto、齋藤有香(取材・撮影)

[製作協力]
株式会社スペースタイム(文・動画編集)