【動画公開】総長が行く「知の探訪」Vol.4「音響学が解き明かすグリーンランドの氷河と哺乳類の秘密」

総長 寳金清博、北極域研究センター 准教授 エヴゲニ・ポドリスキ

医学博士で脳外科医の寳金清博総長が、北海道大学の魅力あふれる研究者たちを訪問する「総長が行く『知の探訪』」シリーズ。第4回目は「音響学が解き明かすグリーンランドの氷河と哺乳類の秘密」と題し、北極域研究センターのエヴゲニ・ポドリスキ准教授と対談しました。雪や氷の科学である「雪氷圏」の研究の面白さや、音響学がどのように氷河の秘密やイッカクの行動を解き明かすのかについて語り合いました。

【日英字幕付き】総長が行く「知の探訪」Vol.4「音響学が解き明かすグリーンランドの氷河と哺乳類の秘密」寳金清博 総長 × エヴゲニ・ポドリスキ 准教授


「雪氷圏」の世界へ足を踏み入れる

寳金 まず、あなたの経歴について少し教えていただけますか?そして、どのようにして北海道大学に来ることになったのかもお聞かせください。
ポドリスキ 私はクリミアのヤルタで生まれました。情報技術の専門高校で学び、その後モスクワ大学の地理学部を卒業しました。子供の頃は、日本海の海岸近くに何年も住んでいました。そのため、地平線の向こうには何があるのか、日本での生活がどのようなものかに常に興味を持っていました。その後、交換留学生として日本に来る機会があり、最終的には名古屋大学で地球物理学の研究をして学位を取得しました。そこで、雪や氷の科学である「雪氷圏」の研究をしました。その後、ヨーロッパで数年間働き、再び雪の地球物理学の研究を行いました。そして2015年に北海道大学に来ました。
寳金 長い間、地球物理学や氷河学を研究されてきたのですね。研究内容についてもっと詳しく教えていただけますか?
ポドリスキ 私の研究は伝統的な氷河学とは異なります。氷河学者は通常、数年や数百年といった非常に長いタイムスケールで気候変動に伴う変化を研究します。英語では「動きが氷河のように遅い(moving at a glacial speed)」という言葉があるほど、非常にゆっくりした変化を指します。
寳金 氷河は本当に信じられないほどゆっくり動きますよね。そのような遅い動きをどのように測定するのでしょうか?
ポドリスキ 実は、氷河はかなり速く動くこともあります。そのため、私の機器は氷河が発生させる地震波や振動を検出するのに役立ちます。これらの振動は非常に遠くからでも記録することができます。私が以前研究していた氷河は、1日に1メートルから3メートルも動いていました。これは全長数キロメートル、幅も数キロメートルの巨大な氷河で、その内部では非常に多くのことが起きています。私は、こうした「アイスクエイク(氷震)」と呼ばれる振動を引き起こす速いプロセスに興味を持っています。これらの振動を「聞く」ことで、氷河について多くのことを学ぶことができます。

ボードインフィヨルドの氷山。グリーンランドにて(提供:Evgeny Podolskiy准教授)
ボードインフィヨルドの氷山。グリーンランドにて(提供:Evgeny Podolskiy准教授)


環境と対話する氷河

寳金 これまでの研究でわかったことを教えていただけますか?
ポドリスキ 私は氷河の研究に地震計を使っています。氷の上に地震計を設置して、氷河の内部の動きを「聞く」のです。目では見えない多くのことが起きているからです。これらの振動を音に変換した場合の音をお聞かせしましょう。これを聞くと、氷河の上で何が起きているのかを感じられると思います。その後で、そこで何が起きているのかを詳しく説明しますね。

※グリーンランドの現地でセンサーが記録した氷河の音

ポドリスキ これは氷河での典型的な1日を示したものです。氷河は1日に1~3メートルという速さで海へ向かって移動しながら、自身を大きく引き伸ばしています。たとえば、北海道大学と同じくらいの長さのエリアがあるとしたら、北海道大学の南端が北端から2週間で5メートル、つまり1時間に2センチメートル離れることになります。この会話をしている間に大学全体が毎時2センチメートル伸びるとしたら、どんなことが起きるか想像できますよね。これにより多くのクレバス、つまり氷河の大きな亀裂が生じ、最終的には崩壊して巨大な氷山が生成されます。こうした現象を地震計で観測し、毎時間発生するアイスクエイクの数を数えることができます。
寳金 アイスクエイクの数を数えることで、何がわかるのですか?

ボードイン氷河の大きなクレバス。グリーンランドにて(提供:Evgeny Podolskiy准教授)
ボードイン氷河の大きなクレバス。グリーンランドにて(提供:Evgeny Podolskiy准教授)

ポドリスキ たとえば、1時間に500~600回のアイスクエイクを観測することがあります。非常に忙しくて騒がしい状態です。そして、氷河が潮の満ち引きに非常に敏感であることがわかります。潮位が約2メートル下がると、氷河の移動速度が上がり、より引き伸ばされ、クレバスが増え、アイスクエイクも増加します。音の爆発のような現象です。一方、潮位が上がると氷河の移動速度が遅くなり、少し静かになります。このような崩壊のダイナミクスをセンサーで研究することで、たとえば氷山崩壊の可能性などについての手がかりを得ることができます。これを地震学なしで理解するのは不可能です。
寳金 それはフーリエ変換や他の音変換を使って分析できるのですか?
ポドリスキ その通りです。フーリエ変換を使えば、12時間周期の完全なパターンを検出することができます。潮汐には周期があるので、潮位が下がったり上がったりすると、氷河が反応し、特定のタイミングで亀裂が発生します。実際、潮汐を知っていれば、亀裂が発生する可能性がある時期を予測することも可能です。
寳金 他の分野の研究者とも多く関わりがあると思いますが、研究において指導者や先生のような存在はいますか?
ポドリスキ もちろんです。私は低温科学研究所の杉山先生のポスドクとしてここに来ました。彼は本物の氷河学者で、私とは少し違います。私たちは一緒に野外で研究を行う中で、異なる観測方法を持ち込む形で彼と仕事を始めました。彼は、この研究の旅における私の指導者の一人です。

北極域研究センター エヴゲニ・ポドリスキ准教授 北極域研究センター エヴゲニ・ポドリスキ准教授


便利でも快適でもない場所

寳金 私は以前、病院で働いていた医師で、病院は非常に安全な場所です。時々地震があることもありますが、それでも完全に安全な場所です。しかし、あなたのフィールドは広大で危険で、気候も非常に厳しいですよね。北極地域でのフィールド研究がどれほど困難であるか、教えていただけますか?
ポドリスキ フィールドワークの世界は難しいものです。もし何かを準備し忘れて、例えば、機器のための特別なドライバーや小さなOリングを忘れたことに現場で気づくと、すべての努力が台無しになります。現場ではこの問題を解決することはできません。手元にあるものしかないからです。だから、非常に慎重に準備しなければならないのです。近くにお店はありませんからね。
寳金 セブンイレブンは全くないんですね。
ポドリスキ はい。そして、セイコーマートもありません。ですので、非常に慎重に準備し、日常生活にも気を配る必要があります。テントを立て、移動式トイレを設置し、ホッキョクグマから自分たちを守るために銃を携帯します。2〜3週間シャワーを浴びられないのは、あまり快適ではないこともあります。厳しい環境ではありますが、それでも私は北極域が大好きです。時には快適なオフィスよりもずっと良いです。挑戦的ではありますが、それでも非常に美しい場所です。

寳金清博総長 寳金清博総長


音響学を使って北極の動物を研究する

寳金 あなたは動物学の専門家でもありますが、北極の動物に興味を持ったきっかけは何ですか?
ポドリスキ きっかけは実はとても単純で、「一目惚れ」でした。私たちは夏に氷河に行きますが、この時期は海氷が消え、氷の亀裂がたくさんできます。ちょうどそのタイミングで、クジラもやって来るのです。ある日、ヘリコプターで氷河に向かっている時、私はクジラが近くに来ているのに気づきました。クジラはまるで神話の生き物のようです。私が研究しているのは「イッカク」というクジラで、英語では「Narwhal(ナーウェル)」と呼ばれています。特徴的なのは1本の牙を持っていることです。そして、彼らは「北極のユニコーン」とも呼ばれています。とても内気な動物なので、簡単には近づけません。私がヘリコプターの下でそれを見たとき、「おや、ここで何をしているんだろう?」と思いました。そして、「そうだ、私が氷の振動を研究するために使っている機器は、クジラの研究にも使えるな」と気づきました。 ですから、私たちは彼らが生息する地域にセンサーを設置するだけです。クジラが通るとき、彼らはお互いにコミュニケーションをとり、会話をしているのです。私たちはその音を聞き、どの種のクジラなのか、いつその場所にいるのか、何をしているのか、そしておそらくその理由もわかります。それは、クジラに触れることなく行う受動的な観察です。
寳金 そういった観察から、動物についてこれまでどんなことがわかってきましたか?
ポドリスキ では、いくつかの音の例をお聞かせしますので、その後にお答えしますね。超音波も含まれているので、聴き取れるか試してみましょう。

※イッカクの音(グリーンランドの海域で録音されたもの)

寳金 高い周波数ですね?私には聴こえないかも... あ、イッカクの声が聞こえる!すごい!
ポドリスキ これはイッカクの声として分類できるものです。どこにいるのかもわかりますし、音をもっと精密に分析すると、他のこともわかります。私が発見して驚いたのは、イッカクが壊滅的に騒がしい環境の中で生活しているということです。氷山の音は北極海で最も騒がしいもので、100km離れた場所でも機器で観測できます。しかし、信号の高周波部分を見ると、クジラの声が聞こえます。騒々しい北極海が彼らの家であり、彼らにとっては問題ないのです。これにはいつも驚かされます。一般的に動物は騒音を嫌いますが、自然の氷の音は彼らにとっては大きな問題ではないようです。彼らは低周波帯域を避け、高周波帯域を使って生活の中でコミュニケーションを取ることで適応しているようです。


騒がしい環境に適応するイッカク

寳金 それはすごいですね。音と動物の関係は非常に興味深い分野ですね。多くの人は北極の海は非常に静かで音がないと思っているかもしれませんが、あなたが言った通り、動物たちにとっては非常に騒がしい世界だということがわかりました
ポドリスキ そうですね。冬は海氷があり、氷山の動きが止まり、氷河も遅くなるので、とても静かになります。しかし、夏は非常に騒がしい場所になります。

6頭のイッカクの群れ(CC BY-SA 4.0 PJSC Gazprom Neft)
6頭のイッカクの群れ(CC BY-SA 4.0 PJSC Gazprom Neft)


グリーンランドでの生活

寳金 もう一つ関心があるのは、グリーンランドでの生活ですね。セイコーマートやセブンイレブンがないと言っていましたが、そこではどうやって生活しているのですか?フィールドでの実際の生活について教えてください。
ポドリスキ 時々、日本から大人数の研究者が来ることがあります。時には15~20人にもなります。非常に興奮しますね、というのも、社会科学者、生物学者、海洋学者、氷河学者、地質学者など、さまざまな専門家が集まるからです。 私たちは通常、約600人が住む小さな村、カナックに滞在します。珍しいのは白夜ですね、一日中常に明るいです。朝の3時に子どもたちが外で遊んでいるのを見たりしますが、これは日本では考えられません。夏の間、人々は外で活動する機会に恵まれます。明るいので、時間を気にせずに活動できますからね。天気が良ければ、狩りをしたり、働いたり、建設をしたりと、どんどん活動を続けます。厳しい冬の前に、できるだけ多くのことをしておける唯一の素晴らしい期間です。

ポドルスキ准教授は音響センサーを使って子ガモの生態調査もしている。グリーンランドのシオラパルクにて(提供:Monica Ogawa氏)

ポドリスキ准教授は音響センサーを使って子ガモの生態調査もしている。グリーンランドのシオラパルクにて(提供:Monica Ogawa氏)


研究のこれから

寳金 今日はあなたの研究について学べてとても楽しかったです。今後の計画について教えていただけますか?次の目標は何ですか?
ポドリスキ 今の目標は、長期的な観察を行うことです。変化には時間がかかります。例えば、新しいクジラの種がある海域に現れるか、消えるかは、長期的な観察がないとわかりません。北極で長期的な観察を行い、変化を記録することにとても興味があります。
寳金 終わりに、北海道大学で働いてよかったことについて教えていただけますか?
ポドリスキ 3つあります。まず、北海道大学には日本で最も美しく、素晴らしいキャンパスがあります。とても緑が多く、私は大好きです。次に、北極域研究センターがあり、そこで素晴らしい研究ができ、私を雇ってくれています。そして3つ目は、ここには私が知らないことを知っている、異分野のパートナーがいることです。彼らと協力することで、北極で非常にユニークな研究を行うことができます。おかげさまで、私はここで楽しく仕事ができています。
寳金 最後に、若い学生や研究者に向けて一言いただけますか?
ポドリスキ まず、自分を信じて自信を持つことです。あなたの若い心には、非常にユニークなアイデアがたくさんあります。それはとても独自性のあるものかもしれません。そして、新しいことを学ぶことを恐れないでください。そうすれば、新しい分野を開拓することができます。
寳金 素晴らしいメッセージをありがとうございました。

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英語版はこちら
English version is here.
The President's Adventures in Knowledge-Land Vol. 4 "Acoustics reveals secrets of glaciers and mammals in Greenland"