【動画公開】知のフィールド #2 北海道大学 札幌農場「地中に広がる生命力の秘密」

北海道大学の研究・教育施設は、札幌・函館キャンパスをはじめ、道内各地と和歌山にまで広がっています。研究林や牧場、臨海実験所などの総面積は約7haで、一大学の保有する施設としては世界最大級の規模です。「知のフィールド」シリーズは、こうした北海道大学の広大な研究・教育フィールドにスポットを当て、そこで育まれる最先端の知に迫ります。

静内研究牧場をテーマにしたシリーズ第1弾「森のなかの畜産研究」に続き、第2弾「地中に広がる生命力の秘密」では、札幌キャンパスに位置する「札幌農場」を紹介します。同農場は、本学の全身である札幌農学校がつくられた1876年に、クラーク博士の指導のもと、農家にとっての「模範農園」として始まりました。今回は、その一角で実験を続けている、農学研究院 植物栄養学研究室の研究者3名にお話を伺いました。

知のフィールド 北海道大学 札幌農場「地中に広がる生命力の秘密」

100年以上続く、圃場での実験

まず初めに、信濃卓郎教授(農学研究院 植物栄養学研究室)のもとを訪れました。信濃教授は、作物が栄養の少ない環境にどのような仕組みで適応しているかを、土壌に着目して調べています。

圃場を背に話す信濃教授。2020年8月撮影 圃場を背に話す信濃教授。2020年8月撮影

同研究室が管理する圃場では、「肥料の三要素」を100年以上にわたってコントロールしながら作物を育てています。肥料の三要素とは「チッ素、リン酸、カリウム」を指し、一般的な畑では、これらを人工的に与えることで作物の生育を促します。しかし、この圃場では、チッ素、リン酸、カリウムそれぞれを100年以上与えない区画、すべてを与えない区画、そして、通常の畑と同じようにすべてを与える区画というように、区画ごとにあえて三要素を制御しているのです。

植物栄養学研究室が管理する圃場。毎年違った作物を育てており、2020年はトウモロコシを栽培していた 植物栄養学研究室が管理する圃場。毎年違った作物を育てており、2020年はトウモロコシを栽培していた

信濃教授は、「長年にわたって管理し続けてきた圃場を見ると、化学肥料をまったくやらなくても作物がそれなりには育つことがわかります。ただこの場合、土壌からの養分の収奪量は多く、生育量は著しく制限されてしまうのですが。こうしたことから、作物を含めた植物が、土壌から自力で必要な養分を吸収する力に興味を持ちました」と話します。植物栄養学研究室では、歴史ある圃場での研究を継続するとともに、様々な手法を用いて、土壌と植物の間でどのような栄養のやりとりが行われているのかを解明しようとしています。

左手前の薄緑色のトウモロコシが生えている区画には、100年以上三要素を一切与えていない。一方、右端の濃緑色のトウモロコシが生えている区画には、三要素すべてを与え続けている。色や大きさに違いはあるが、左のトウモロコシも生育できていることがわかる 左手前の薄緑色のトウモロコシが生えている区画には、100年以上三要素を一切与えていない。一方、右端の濃緑色のトウモロコシが生えている区画には、三要素すべてを与え続けている。色や大きさに違いはあるが、左のトウモロコシも生育できていることがわかる

根と土壌の相互作用に着目

丸山隼人助教(農学研究院 植物栄養学研究室)は、作物の根と土壌との間でなにが行われているのかを詳しく調べています。土壌の入ったアクリル板で根を挟む装置「根箱(ねばこ)」をつかって、圃場では見ることが難しい根の二次元的な広がりを観察しています。根箱で育てているのは、マメ科植物のルーピンです。

ルーピンの入った根箱を示す丸山助教 ルーピンの入った根箱を示す丸山助教

土壌中には、植物がそのままでは吸収できない有機物のリンが多く存在します。約8割が有機物のリンであるという報告もあり、そのままではリンが不足し植物の生育に影響が出てしまいます。ところが、ルーピンは「クラスター根」と呼ばれるブラシのように密集して生える根によって、他の植物は吸収できない養分を取り込むことができると言われています。

根箱を開くと、フサフサとしたクラスター根を見ることができる 根箱を開くと、フサフサとしたクラスター根を見ることができる

丸山助教らは、根箱による実験から、クラスター根が出す分泌物に含まれる有機酸が有機物のリンを無機物のリンに変え、吸収しやすいかたちに変えていると考えています。加えて、根箱から取り出したクラスター根と土壌とを細かな区画に分け、その区画ごとに根から出る分泌物や土壌の状態を調べるという、新たな実験手法にも挑戦しています。そうすることで、根と土壌の相互作用を、より詳細に分析することができるのです。

根箱の土壌を2cm×2cmごとの区画に分けている様子 根箱の土壌を2cm×2cmごとの区画に分けている様子

不良環境土壌でも生育できる植物に着目

渡部敏裕准教授(農学研究院 植物栄養学研究室)は、栄養不足の環境や汚染された土壌でも生きられる植物たちの適応力の秘密に迫ります。トマトの実の下部が腐敗してしまう「尻腐れ」のメカニズム解明もそのひとつです。尻腐れは、土壌中のカルシウム不足が原因だと考えられていますが、詳しいことはまだ分かっていません。

約7品種のトマトを育てている渡部准教授 約7品種のトマトを育てている渡部准教授

尻腐れのトマト。実の下の部分が黒くなってしまっている。こうした現象は、トマトだけでなくパプリカなど他のナス科の植物にも見られるという尻腐れのトマト。実の下の部分が黒くなってしまっている。こうした現象は、トマトだけでなくパプリカなど他のナス科の植物にも見られるという

渡部准教授は、アルミニウムが含まれる酸性土壌に適応して成長する、メラストーマ(ノボタンの一種)についても調べています。「多くの植物は有害なアルミニウムを取り込まないようにするのですが、メラストーマは積極的に取り込んで無毒化する機構を持っています。植物にとってのアルミニウムの有益な効果についての調査は、25年ほど前から続けていて、恐らく世界的に見ても我々の研究室が一番長く研究していると思います」。

温室で栽培されているメラストーマ 温室で栽培されているメラストーマ

植物栄養学研究室が目指す未来

最後に、信濃教授に今後の意気込みを伺いました。「不良環境土壌あるいは様々な環境要因に対して、いかに頑強に植物や作物を育てていくかが、この研究室の一番のミッションだと考えています。また、世界の農業に貢献していくうえで強く意識しなければならないのは、自分たちの所属が農学部であるということです。農学は実学であり、問題がなにかを見つける学問です。圃場や温室で作物を育てるという極めて現場に近いことをやりながら、人が生きていくために今なにが問題になっているのかを明確に意識し、課題化する。そして、それらを解決するための技術を生み出していくのが我々の役目だと感じています」。

農学研究院 信濃卓郎教授。農学部の会議室にて農学研究院 信濃卓郎教授。農学部の会議室にて

札幌農学校から引き継がれてきた実学重視の精神に基づき、農業の課題を解決する研究に取り組む、植物栄養学研究室。札幌農場は、これからも、大志を抱く研究者たちを支え続けていくことでしょう。

(総務企画部広報課 学術国際広報担当 菊池優)

知のフィールド 北海道大学 札幌農場「地中に広がる生命力の秘密」

出演:大学院農学研究院 信濃 卓郎 渡部 敏裕 丸山 隼人
   植物栄養学研究室の皆さん
デザイン:岡田 善敬(札幌大同印刷)
撮影協力:岡 宏樹(北海道映像アーカイブス)
     林 忠一(北方生物圏フィールド科学センター 企画調整室)
企画・制作:
総務企画部広報課 学術国際広報担当 菊池 優(ディレクター・編集)、川本 真奈美(取材)
オープンエデュケーションセンター科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)早岡 英介(撮影・編集)