【動画公開】知のフィールド #3 北海道大学 余市果樹園「北の大地に実る夢」

北海道大学の研究・教育施設は、札幌・函館キャンパスをはじめ、道内各地と和歌山にまで広がっています。研究林や牧場、臨海実験所などの総面積は約7万haで、一大学の保有する施設としては世界最大級の規模です。「知のフィールド」シリーズは、こうした北海道大学の広大な研究・教育フィールドにスポットを当て、そこで育まれる最先端の知に迫ります。

シリーズ第3弾「北の大地に実る夢」では、札幌から60kmほど離れた、余市町に位置する「余市果樹園」を紹介します。道内では比較的暖かく、果樹栽培に適したこの場所に、果実の研究と普及のため、1912年につくられました。

知のフィールド 北海道大学 余市果樹園「北の大地に実る夢」

果樹園での体験実習

9月中旬、実りの秋を迎えた余市果樹園では、学生たちの実習が行われます。担当教員の星野洋一郎教授(北方生物圏フィールド科学センター)と、同園を管理している生田稔技術専門職員(北方生物圏フィールド科学センター)の指導のもと、リンゴの収穫や、出荷前の果樹の選定作業などを体験します。

手際よくリンゴを収穫する学生たち手際よくリンゴを収穫する学生たち
収穫したリンゴを規格品と規格外品にえり分ける収穫したリンゴを規格品と規格外品にえり分ける

生田技術専門職員は20歳のころから同園に勤めており、ふだんは薬剤散布や剪定など、果樹の手入れをしています。「実習では、学生たちが喜んで作業する姿を見られるのが嬉しいです」と話します。

リンゴの収穫方法について説明する、生田技術専門職員リンゴの収穫方法について説明する、生田技術専門職員

果樹園での最先端研究

余市果樹園では、およそ60品種の果樹を栽培しています。それらは、学生の実習だけでなく、最先端の研究にも活かされています。星野教授は、北海道の植物資源をつかった品種改良を進めており、同園の果樹もその研究に利用しています。とくに道内に多く自生するハスカップに着目し、より美味しい実の開発に取り組んでいます。ハスカップを別のベリー類と掛け合わせるなど様々な実験を続けていますが、中でも力を入れているのが染色体を操作して行う「倍数性育種」という手法を用いた研究です。

リンゴの木の前で話す星野教授リンゴの木の前で話す星野教授

倍数性(倍数体)とは、生物が生きていくのに必要な染色体のセットをいくつもつかを示す概念です。動物の多くは、両親から染色体を1組ずつ受けとり、計2組の染色体をもつ2倍体です。一方、植物には様々な倍数体が存在します。野生のハスカップには、2倍体だけでなく、染色体を4組ずつもつ4倍体があります。そのため、倍数体が異なるもの同士を交配させることで、野生種にはない新しい倍数体をつくることができるのです。例えば、2倍体と4倍体を掛け合わせると、種なしスイカなどで知られる3倍体になります。他にも、倍数が上がると花や果実が大きくなるなど、倍数性育種は品種改良の有効な手段として注目されています。

星野教授が育てているハスカップ星野教授が育てているハスカップ

しかし、受精してもうまく成長しなかったり、実が成るまで時間がかかったりと、倍数性育種にはさまざまな課題もあります。そこで、星野教授は種の中にある「胚乳」をつかうことで、それらを解決しようと試みました。胚乳は特殊な組織で、2倍体の植物の胚乳は3倍性、4倍体の胚乳は6倍性というように、他の組織の1.5倍の染色体をもっています。星野教授は、種の中から胚乳のみを取り出して培養し、胚乳から直接植物をつくることに成功しました。その染色体数を調べると、胚乳と同じく1.5倍の倍数体を保っていました。つまり、既存の手法にくらべ、より短期間で確実に新たな倍数体を生み出すことを可能にしたのです。星野教授が確立したこの手法は「胚乳培養」と呼ばれています。

余市果樹園だけでなく、札幌キャンパス内の農場でもハスカップを栽培している余市果樹園だけでなく、札幌キャンパス内の農場でもハスカップを栽培している

こうした研究には余市果樹園の存在が欠かせない、と星野教授は言います。「100年以上の歴史をもつ余市果樹園では、いろいろな品種を継続して育てています。普通は、例えばリンゴの研究がしたいと思っても、苗から育てるとそれだけで何年もかかります。それが、たくさんの品種をここで維持してくれているので、思いついたアイディアをすぐに形にできる。研究者にとって、非常に魅力的な環境です。その他にも、未熟な果樹であっても研究のために採らせてもらったり、いつも柔軟に対応していただいています」。

星野研究室の学生とともに。星野研究室の学生とともに。右:金政泰さん(環境科学院 博士3年) 中央:鈴木陽名さん(環境科学院 修士1年)。
動画では、金さんと鈴木さんの研究についても紹介している

余市果樹園は、学生たちが果樹を育てる喜びを体験でき、研究者たちが貴重な資源に触れられる、北海道大学の大切な財産です。これからも、世界に誇る新しい技術が、ここ余市果樹園から生み出されていくことでしょう。

(総務企画部広報課 学術国際広報担当 菊池優)

知のフィールド 北海道大学 余市果樹園「北の大地に実る夢」

出演:北方生物圏フィールド科学センター 星野 洋一郎 生田 稔
   農学部及び星野研究室の皆さん

デザイン:岡田 善敬(札幌大同印刷)

撮影協力:岡 宏樹(北海道映像アーカイブス)
     林 忠一(北方生物圏フィールド科学センター 企画調整室)

企画・制作:
総務企画部広報課 学術国際広報担当 菊池 優(ディレクター・編集)、川本 真奈美(取材)
オープンエデュケーションセンター科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)早岡 英介(撮影・編集)