「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」 二人のイグ・ノーベル賞受賞者が語り合う

電子科学研究所 教授 中垣俊之 / 農学研究院 准教授 吉澤和徳

人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」。1991年に創設されたこの賞は「裏のノーベル賞」とも呼ばれています。今年は9月9日(アメリカ・ボストン時間)にオンライン授賞式が開かれ、日本人が15年連続で受賞したことも話題となりました。本学には、イグ・ノーベル賞受賞者が二人もいます。2008年「認知科学賞」、2010年「交通計画賞」と二冠を獲得した 電子科学研究所 中垣俊之教授と、2017年「生物学賞」に輝いた 農学研究院 吉澤和徳准教授です。ほとんどの人にとって知られざる存在の「粘菌」と「チャタテムシ」をテーマに、世界に注目される研究に取り組んだ受賞者同士が、お互いの研究や北大という環境について語り合いました。


思わず笑えるような研究で 科学の本質的な面白さを伝える

吉澤 中垣さんはイグ・ノーベル賞を2回受賞されていますが、最初の受賞のときはどんな感じだったんですか?
中垣 イグ・ノーベル賞はノーベル賞のパロディーでもありますから、初めての授賞式へ向かうときは、もっと冷ややかなムードなのかと思っていたんですよ。嘲笑の的になるんじゃないかと。でも、いろんな仕掛けや小さなネタが満載の、すごく楽しい授賞式でした。

例年はハーバード大学で開催されるイグ・ノーベル賞授賞式例年はハーバード大学で開催されるイグ・ノーベル賞授賞式(写真提供:立教大学 古澤輝由特任准教授)

吉澤 私は授賞式には出席できなかったんですが、そのときの中継を見ていてもそんな感じでしたね。ノーベル賞をはじめ、権威そのものを笑いのネタにしていて。
中垣 人々を笑わせて、その後に考えさせるというのがこの賞のスピリットですよね。研究を通して科学の本質的な面白さを世間に伝えるということに加えて、本当に意外なものを見ると人は笑うものだ、という。
吉澤 われわれを含めて研究者たちはきわめて真面目にやっている、だからこそ面白いんでしょうね。


オス・メスで性器が逆転した昆虫の発見

中垣 吉澤さんは、オスが膣を持ち、メスがペニスを持つ新種の昆虫の研究で受賞しましたね。
吉澤 生殖というのは、お互いの利益を最大化するための熾烈な争いです。私が研究した「トリカヘチャタテ」という昆虫は、ブラジルの非常に栄養の乏しい洞窟に棲んでいるので、メスにとっては、オスの精子が貴重な栄養源なんです。なのでメスは切替弁を持つことで、精子の受け取り口を2カ所に増やし、2倍の精子を受け取れるように進化しました。そして、オスから精子を積極的にもらうための構造としてペニスが進化したんです。

農学研究院 吉澤和徳准教授農学研究院 吉澤和徳准教授

中垣 面白いですね、精子が栄養として求められる。
吉澤 交尾時にメスはペニスをオスの体内に挿入して精子と栄養を吸い取るんですが、その際はオスとメスの激しいせめぎ合いがあります。精子をよこせ、そう簡単にはやらないぞ、と(笑)。
中垣 そこも一般的な生き物とは逆なんですね。
吉澤 交尾時の力関係が逆転する中でメスがペニスを持つようになった、というのが現状での推察です。
中垣 そのお話だけでも、オスとメスを見る目が変わりますね。オスとメスの進化そのものを根本的に考え直させるような研究だと思います。

トリカヘチャタテの一種の雌交尾器トリカヘチャタテの一種の雌交尾器。青く色づけられた部分が雌ペニス本体(写真提供:吉澤准教授)


迷路を解く単細胞生物「粘菌」の賢さを表現

吉澤 中垣さんの論文が載ったのは『Nature』でしたね。たまたま雑誌をパラパラめくっていて、粘菌が迷路を解いている写真を見た瞬間に「これは面白い!」と思いました。理屈はわからなくても、研究の本質が直感的に理解できますから。
中垣 もともと単細胞生物の行動を研究していて、そのパフォーマンスをわかりやすい形で見せるためにはどうしたらいいかということをずっと考えていました。研究のために「モジホコリ」という真正粘菌を飼っていて、エサにオートミールを与えるんですが、エサの場所を遠くにしてみたり、途中に障害物を置いたり、粘菌が困るような状況を作ってみたんです。
吉澤 ちゃんと障害物を避けて進むんですか。
中垣 ええ。行き止まりにぶつかると戻るし。それで、これを迷路でやるといい実験になると思いつきました。

電子科学研究所 中垣俊之教授電子科学研究所 中垣俊之教授

吉澤 2度目の授賞は、粘菌を用いた交通ネットワークの研究でしたね。
中垣 エサ場を7カ所に増やしたときに、これを地図上でやってみたら面白いんじゃないかと思って。首都圏の地図をもとに、交通網が敷きにくい場所には、粘菌が嫌う仕掛けをしてみました。すると、そこを避けながら効率的な経路を見つけ出す。それを、社会の交通インフラ設計に応用できないかと考えたわけです。
吉澤 実際の交通網と並べると、似ていることが一目瞭然でわかる。とてもスマートな表現だと感激しました。

粘菌が迷路を解く様子粘菌が迷路を解く様子(写真提供:中垣教授)


知識と経験を積み上げた先に見えてくるものがある

吉澤 研究者をやっていて思うのは、同じものを見ていても、人によって見え方が全然違うということ。 小さな昆虫の小さな違いが、私にはパッとわかるんです。
中垣 そうそう。知識と経験によって見え方が変わってくるのが面白い。観察眼や感受性が鍛えられるというか。
吉澤 今はゲノムデータで昆虫の系統進化を推定するようになっていて、それが最も正確であるという雰囲気を醸し出しています。でも生き物の形を見ている研究者からすると「それは違う」という部分もあって。流行に逆らって、とことん形にこだわり続けていこうと思っています。
中垣 まずはしっかり観察することが大事ですよね。学生たちにも、リアルなものをたくさん見てほしい。
吉澤 その意味でも、やっぱりフィールドワークは必要です。実際の環境下でないと見えないものがある。
中垣 その点、北大はいいですよ。キャンパス内でフィールドワークができますから(笑)。

イグ・ノーベル賞創設者のマーク・エイブラハムズ氏と、クラーク像の前でイグ・ノーベル賞創設者のマーク・エイブラハムズ氏と、クラーク像の前で(写真提供:いいね!Hokudai)


「絶対にこれを研究したい」 その思いを活かせるフィールド

吉澤 取材などで「その研究は世の中にどう役立つんですか」と聞かれることが多くなったと思いませんか?
中垣 確かに。記事にしようとすると、そのポイントを結論にすると読者にもわかりやすいのかな。
吉澤 しかし、私たちがやっているような基礎研究、一見役に立たなそうな研究が実は大事なんだ、ということは声を大にして言いたいです。本当に。
中垣 具体的に世の中の役に立つというだけではなく、知的好奇心を刺激するのも科学の役割ですからね。
吉澤 イグ・ノーベル賞は、研究者がどれだけ面白い研究に仕上げるかがポイントだと思っていたので、私の研究はストレートすぎると思っていました。
中垣 私の研究も直球勝負だと思いますけど、受賞者はみんなそう言うらしいですよ(笑)。
吉澤 イグ・ノーベル賞が取れるような研究ができること自体が、北大の学問の多様性や裾野の広さを示していると思います。昆虫分類学のような非常に地味な学問が100年以上も存続しているんですから。
中垣 本当にそうですね。「絶対にこれを研究したい」という熱い思いがある人は、ぜひ北大に来てほしい。
吉澤 その中から、われわれに続く未来の受賞者が現れることに期待しましょう(笑)。

この記事は、『北海道大学 大学案内 Be Ambitious(2021年度版)』にも掲載されています。24ページをご覧ください。

2018年、イグ・ノーベル賞創設者のマーク・エイブラハムズ氏を本学にお招きし、中垣教授、吉澤准教授とのトークイベントを開催しました。そちらの様子もぜひご覧ください。