【分野横断で描く未来#5】気象ビッグデータの機械学習で北大の地球科学をさらに高みへ

理学研究院 教授 見延庄士郎

分野横断型5チームが描く未来を紹介![創成特定研究事業]研究代表者インタビュー#5
見延 庄士郎(みのべ しょうしろう) 教授 理学研究院 気象学

創成特定研究事業とは
旧来の学問体系を超え、新たな研究領域を創り出すことを目標に2020年度からスタート。本学のトップランナーが研究代表者(Principal Investigator, PI)となり、世界の課題解決に挑む分野横断型の5チームを結成しています。

気象学・気候学における予測技術は、観測、データ解析技術の進歩とともに着実に進化を遂げ、現在では気象ビッグデータを機械学習させるフェーズに突入しています。
今回ご紹介する見延庄士郎 教授(理学研究院)をPIとするプロジェクト「フィールド科学の明日を切り開く先端・応用予測研究」は、世界をリードする基礎研究と社会に有用な産学連携を実現すべく結成されました。分野横断の知の集合体で北大の地球科学研究のさらなる発展を目指します。

理学研究院 見延庄士郎 教授 理学研究院 見延庄士郎 教授

―本プロジェクト結成の背景と目的を教えてください。

[見延]現在、気象学・気候学が提供する予測は、日常生活や農業、漁業、輸送業、自然エネルギーをはじめとする産業、国際政策など実社会に幅広い影響を及ぼしています。その一方で空間的にも時間的にも予測データの密度が増し、また予測の回数が増加したことで気象・気候予測データのビッグデータ化が進み、そこから有益な情報を引き出すには多数の数値予測モデル結果を計算処理できる強力な計算機資源とマンパワーを必要とし、世界の研究現場の課題となっています。さらに、近年急速に伸びている機械学習を気象予測と組み合わせて活用することも世界で様々な試みが行われています。
今回、この創成特定研究事業に採択され、個々の研究室レベルでは購入できないような規模の機械学習システムの環境を整えることができたのは、非常に大きな研究進展のチャンスだととらえています。

また今後、予測データの実社会への応用を考えると、本プロジェクトメンバーの小山聡准教授(情報科学研究院)のような機械学習研究者と気象・気候学研究者、応用分野の研究者たちとの有機的な連携は必要不可欠でしょう。本プロジェクトの参加者全員がwin-winの関係を得られるような協業のデザインを試行錯誤している最中です。

計算機 計算機トリミング
大量の気象データから数値予測モデルを導くには強力な計算機資源が必要

《フィールド科学の明日を切り開く先端・応用予測研究》

・国内外の数値予測モデル計算結果のビッグデータ解析

・グローバル数値計算モデルの出力を用いて、領域数値計算モデルを実行して時間・空間に解像度の高い情報を得る高精細推定

・数値モデルの出力解析と機械学習を併用し、数値計算では得られない量を推定する拡張予測

数値計算モデルと機械学習による気候予測研究で、世界最先端の基礎研究と、日本や北海道に貢献する応用研究の双方を行っていく 数値計算モデルと機械学習による気候予測研究で、世界最先端の基礎研究と、日本や北海道に貢献する応用研究の双方を行っていく


[見延]予測は、「〜について1年後(あるいは30年後)はどうなっているのでしょうか?」と聞かれた時に、いかに迅速かつ精確なデータを導き出せるかが重要です。そのためには、気象・気候ビッグデータの収集と機械学習による予測システムという両面の基盤を整備することが重要です。その基盤によって、世界をリードする基礎研究と社会に有用な産学連携を行うことが本プロジェクト最大の目標です。
さらに我々が特徴としているのは、「先端」と「応用」という二方向の研究を共に進めているところです。「先端」というとやはり、そのベクトルは世界に向いており、その一方で「応用」のベクトルは自分たちにとって身近な地域である日本や北海道に向かっています。我々が得る知見によって、「先端」と「応用」どちらも強化していこうと考えています。

―気象・気候データと実社会の結びつきとは、例えばどういうことでしょうか。

[見延]2021年1月に海洋研究開発機構 (JAMSTEC) 付加価値情報創生部門アプリケーションラボの美山透主任研究員と私の共同研究チームが発表した海洋熱波に関する研究では、2010年から2016 年までの間、北海道・東北沖で海洋熱波と呼ばれる水温上昇が毎年夏に発生し、同時期に北海道太平洋側におけるブリの漁獲量が急増していたという関連性を見出すことができました。このテーマはまだ現象を発見した段階であり、将来的には現象をもたらすメカニズムの理解が進み、それに基づいて予測が行われることが期待されます。

他にも雪国である北海道は、大雪の影響で陸海空の輸送が乱れるなどの経験は皆さんも覚えがあるかと思いますが、そうした輸送業にも予測データを活用できますし、今後さらに注目したいのは自然エネルギー産業、洋上風力発電の視点です。
現在、北海道各地で洋上風力発電の計画が進んでいるのは、北海道周辺では風が強く洋上風力発電の適地であるためです。北海道のような中緯度で風が強いのは、上空のジェット気流とも係わっていますが、地球温暖化によってジェット気流が北上することが予想されています。すると、海上での風の分布も変わり、洋上風力発電の適地も今とは違ってくるのかもしれません。高解像度数値予測モデルによる今後50年の風のデータを、本プロジェクトの初年度に整備しましたので、今後関心を持つ企業などに提供できるのでは、と考えています。

風力発電

現在すでに世界各地でいろいろな予測データが存在しており、1年程度先までの季節予報や10年程度までの複数年予測、あるいは今お話しした地球温暖化による数十年、数百年先の予測など、そのスケールはさまざまです。
それらを導き出す予測システムには必ず予測不能な不確実性が存在しており、その予測のバイアスを同定する新たな手法も、我々は開発しようとしています。

―こうした研究を北海道大学で進めていくうえでの強みとはなんでしょう。

[見延]北海道大学は地球科学の分野に強く、この分野での引用論文数を示す「インパクトの高い論文数分析による日本の研究機関ランキング」(クラリベイト・アナリティクス・ジャパン株式会社)で上位に長年ランクインしています。
実際に関連部局の数も多く、私が所属している理学研究院をはじめ、環境科学院、低温科学研究所、水産科学研究院からも関連論文が出ています。
函館キャンパスにある水産学部には、国内の大学では希少な練習船「おしょろ丸」「うしお丸」があり、北洋航海で独自のデータを集めることも可能です。
こうした地球科学の研究層が厚いという北大独自の強みを活かしつつ、我々のプロジェクトは「先端」と「応用」の両極面から北大の力をさらに底上げしていくために、それぞれの目標を力強く進めていきたいと考えています。

理学研究院 見延庄士郎 教授

[プロジェクト名]

創成特定研究事業 フィールド科学の明日を切り開く先端・応用予測研究

[研究構想]

研究構想(PDF)

PI

見延 庄士郎 教授(MINOBE Shoshiro)理学研究院 地球惑星科学部門

[研究室HP

北海道大学 海洋気候物理学研究室

[主な協力機関]

北海道大学農学研究院、北海道大学水産科学研究院、北海道大学情報科学研究院

[企画・制作]

創成研究機構(総務企画部広報課 学術国際広報担当) 川本 真奈美(企画)

株式会社スペースタイム 中村 景子(ディレクター・編集)

佐藤 優子(インタビュアー、ライティング)

PRAG 中村 健太(写真撮影 ※研究室における撮影)