【気候変動に挑む】気候変動と民主主義のイノベーション

高等教育推進機構 准教授 三上 直之

三上直之准教授に聞く、気候変動研究者への15の質問(字幕付き)

気候変動や温暖化対策というと自然科学や科学技術の分野を思い浮かべるかもしれません。しかし、社会学の立場からアプローチする三上直之准教授は、「ドラスティックな変革を必要とする温暖化対策は、現在の民主主義の下では実現できない可能性がある」と指摘します。2022年に『気候民主主義』(岩波書店)を出版し、現在、イギリスのニューカッスル大学で調査研究中の三上先生に「民主主義のイノベーション」についてお話を伺いました。

気候変動が人類に変革を求めている

19世紀頃から産業化に伴って温室効果ガスの排出が増え、現在までに地球の平均気温が約1.1℃上昇しています。このまま排出し続けると、2100年までに最大5.7度も上昇すると予測されています。ところが、2℃程度の上昇でも氷河・氷床の融解、海面上昇、農業・漁業への影響、河川の氾濫など非常に大きな影響が予想されていて、既に極端気象などの形で現れています。

2015年、パリ協定という国際的な協定が結ばれ、気温上昇を2℃よりも十分低く、できれば1.5℃未満に抑えようという合意がなされました。これを実現するためには、2050年頃までに温室効果ガスの排出を世界全体で実質ゼロにする必要があるとされています。いわゆるカーボンニュートラルです。

空調を控えめにするとか、自動車に乗る回数を減らすとか、温室効果ガスの削減のために個人でできることもあります。ですが、パリ協定の合意を実現するためには、もっと社会全体にわたるシステムの変革が求められています。

イギリスの中心部に集まった気候ストライキの若者たち(2019年撮影、提供:三上 直之 准教授)イギリスの中心部に集まった気候ストライキの若者たち(2019年撮影、提供:三上 直之 准教授)

民主主義は機能しているか?

このようなドラスティックな変革をもたらすためには、社会的な合意が必要ですし、立法を含めた様々な政策決定が必要です。本来、選挙で選ばれた政治家が適切に政策決定できれば良いのですが、既存の代表制民主主義は気候変動対策とは相性が良くない部分があります。

国会議員でも地方議員でもそうですが、選挙で選ばれる政治家はどうしてもその選挙区の課題、数年の任期の課題に目を向けがちです。気候変動対策のように数十年先、場合によっては100年先を見据える必要のある地球規模の課題には、なかなかスポットが当たりません。また、当選した議員も、特定の支援団体や業界団体の利益を優先せざるを得ないなどの事情から、気候変動やエネルギーの問題に対して、必ずしも思い切った改革をすることは容易ではありません。

さらに、日本では投票率が50%を切っている選挙がたくさんあります。半数以上の人が色々な理由で投票に行かない。そうすると、選挙で選ばれた人たちが国民を十分に代表しているのか、残念ながら疑問符がつきかねない状況です。

民主主義のイノベーションとしての気候市民会議

このように、現代の代表制民主主義の下では、ドラスティックな政策転換やライフスタイルの変革を必要とする気候変動対策を実現するのは難しい、という問題があります。脱炭素社会への転換を実現するには、同時に社会的な意思決定のあり方の刷新、いわば「民主主義のイノベーション」が必要です。

気候変動をめぐって、こうした民主主義のイノベーションの動きが顕著に現れているのが、2019年頃からヨーロッパの国々で急速に広まっている「気候市民会議」という仕組みです。私はこの気候市民会議に注目して、研究しています。気候市民会議は、一般の人びとが国や自治体の気候変動に関する政策決定に参加するための新たな方法です。自治体レベルのものもあれば、国が行っているものもありますが、いくつかの共通したポイントがあります。

まず、市民全体の意見を反映するために参加者を無作為抽出で選びます。つまり、くじ引きです。その上で、性別、年齢、職業などが社会全体の縮図になるように人数を調整します。地球温暖化に関心の高い人や特定の業界の人だけでは全体の意見を反映できませんからね。

もう一つのポイントは、バランスの取れた情報提供と熟議です。多くの場合、参加者が議論に入る前に、数日間にわたって様々な分野の専門家から情報提供を受けます。できる限りバランスよく公正に情報提供するために、このプロセスの透明性を高めています。その後、数週間から数ヶ月にわたって参加者が議論を重ね、最後に政策提言をまとめます。

既存の参加型民主主義の形態に、住民投票や国民投票もありますが、それらと違うのは、無作為抽出で社会の縮図をつくること、バランスのとれた情報提供を通じて参加者が学習するプロセスがあること、その上で参加者同士が熟議を行うことです。そのようなプロセスを経て出された提言は、より現実的で説得力があり、多くの人の賛同が得られやすい可能性があります。

ヨーロッパの国々で広がる気候市民会議ヨーロッパの国々で広がる気候市民会議

どうやって政策に生かすのか?

では、気候市民会議で出された提言は、どのように実際の政策に生かされるのでしょうか。例えば、フランスでは全国規模の気候市民会議が2019年から2020年にかけて開かれ、そこから出てきた149項目もの提言を元に、気候変動対策のための新法が作られました。鉄道で一定の時間内で移動できる地域には国内線の飛行機を飛ばさない、一定の売り場面積を持つお店では量り売りをする(容器を減らすために)、といった政策が既に決まっています。

どうすれば、最終的な決定を行う議会や政府によって市民会議の結果が尊重され、生かされるようになるのか。一つの解決策は、提言を受け取った政府や議会がきちんと回答する仕組みにすること。決められた期間に、提言の一つ一つに回答する。政策に生かせない場合はその理由もしっかり回答する。こういった約束事を会議を開く前にすることが最低限必要です。

日本初の気候市民会議を札幌で開催

イギリスやフランスで初めて気候市民会議が行われたは、2019年とごく最近です。その動きを当初からウォッチしていたのですが、同じようなやり方を日本で活用する可能性を探る研究の一環として、まずは日本で一つ、気候市民会議を開いてみようということになりました。そして、2020年11月から12月にかけて、日本で初めての気候市民会議となる、「気候市民会議さっぽろ2020」を実施しました。翌年には、別のグループが神奈川県川崎市でより本格的な形で実施し、さらに2022年には東京都武蔵野市や埼玉県所沢市で行政が公式に実施するなど、気候市民会議を活用する動きが日本でも広がってきています。

「気候市民会議さっぽろ2020」の様子。コロナ禍のためオンラインで行われた<br>(左上)無作為抽出で選ばれた参加者、(左下)札幌市長によるオープニングメッセージ、(右)専門家や札幌市の担当者によるレクチャー「気候市民会議さっぽろ2020」の様子。コロナ禍のためオンラインで行われた
(左上)無作為抽出で選ばれた参加者、(左下)札幌市長によるオープニングメッセージ、(右)専門家や札幌市の担当者によるレクチャー

札幌でのテーマは、「札幌は脱炭素社会への転換をどのように実現すべきか」でした。3つの論点、「脱炭素社会の将来像」、「エネルギー」、「移動と都市づくり・ライフスタイル」について議論して提言をまとめました。提言は札幌市の計画策定にも活用されました。

提言をまとめるにあたり、77項目にわたる投票を行いました。その結果、学校教育の充実や省エネ建築物の普及など、ほとんどの参加者が共通して強く支持する施策がある一方、脱マイカー社会の実現など、意見が分かれる項目もありました。

参加者の感想も興味深いものでした。「最初は場違いな所にきてしまったと思ったけれど、自分たちの生活に関係することが多くて勉強になった」とか、「(温暖化対策は)生活が大変になる、制限されるというイメージだったが、生活の質を高めながら脱炭素社会を目指せることに気がつけた」といった感想が聞かれました。総じて市民会議へ参加したことを前向きに捉えている方が多かったです。

一方で、どうやって参加者を集めるか、どうやって政策につなげていくかといった点でまだまだ課題が残ります。ヨーロッパの事例を調べたり、日本で実際に市民会議を開く中で見えてきたのは、現在単発で行われているような市民会議をどのように制度化し、政策に組み込んでいくかという課題です。政治家が市民会議の提言を真摯に受け止めるための仕組みが必要だ、と言いかえることもできます。

札幌市の環境局長(右)に「気候市民会議さっぽろ2020」の報告書を手渡す三上 直之 准教授(左)札幌市の環境局長(右)に「気候市民会議さっぽろ2020」の報告書を手渡す三上 直之 准教授(左)

コラム:大切にしている「時間」と「仲間」

研究において一番大事なのはアイディアだと思いますが、ではそのアイデアをどのように生み出すか。少なくとも自分の場合、一瞬で何かひらめいたり、要領良くまとめたりということは必ずしも得意ではないので、少しでも気になったことは調べてみるとか、自分の頭でとことん考えるとか、なるべく専門外の事柄にも触れて視野を広げるとか、そういったことをこつこつやる中でアイデアを育てることを大切にしています。まさに「学問に王道なし」ですね。そういった試行錯誤を楽しみながらするために二つのことを大事にしています。一つは考えるための時間をきちんと確保すること。もう一つは、自分一人で考えるのには限界がありますので、一緒に議論したり、批判してくれる仲間をつくることです。アイデアを生み出すための「時間」と「仲間」が研究者としての生命線だと考えています。

ウェブ特集「気候変動に挑む」
気候変動と民主主義のイノベーション

[企画・制作]
北海道大学広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門
南波直樹(取材・文)

[制作協力]
株式会社スペースタイム(動画編集)