【気候変動に挑む】膨大なデータの解析で大気-海洋相互作用を解明する

北海道大学大学院理学研究院地球惑星科学部門 教授 見延 庄士郎

〈写真〉居室にて(撮影:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 南波 直樹)

見延庄士郎教授に聞く、気候変動研究者への15の質問

気候変動を理解するためには、大気と海洋の相互作用についても理解する必要があります。その上で、観測されている変化が自然の変動によるものなのか、人間活動によるものなのかも明らかにすることができます。2021年5月にロイター社が発表した「世界で最も影響力のある環境科学者1000人」に選ばれた見延庄士郎教授(理学研究院地球惑星科学部門)に、大気・海洋相互作用の研究についてお話を伺いました。

互いに影響し合う大気と海洋

大気と海洋は、その流動性ゆえに太陽から受けた熱を地球上のあらゆる場所に運ぶ役割を担っています。また、大気と海洋の間では、お互いに熱や水などのやり取りも行われています。このため、地球の気候を理解するためには大気と海洋の両方、そして両者がどのように影響しあっているのかを表す「大気海洋相互作用」を明らかにする必要があります。

私たちが特に注目しているのは、黒潮や親潮などの海流が上空の大気の構造や変動に及ぼす影響です。実際に最近、非常に能動的で多様な影響を及ぼしていることがわかってきました。

日本近海で黒潮(暖流)と親潮(寒流)がぶつかる様子。ここで海洋と大気の間で活発な熱と水のやりとりがある(提供: JAMSTEC)日本近海で黒潮(暖流)と親潮(寒流)がぶつかる様子。ここで海洋と大気の間で活発な熱と水のやりとりがある(提供:JAMSTEC)

北海道に大雪をもたらした二重爆弾低気圧

低気圧は雨や雪を引き起こします。この低気圧の中心気圧が急激に低下する現象は、低気圧が爆弾化する様子から「爆弾低気圧」と呼ばれています。爆弾低気圧の発生には、基本的には一般的な低気圧と同様に、南北の温度勾配の解消や、水蒸気が大気中で凝結する際に生じる凝結熱が関係していると考えられています。一方で私たちは、スーパーコンピュータを使った解析で、黒潮によって熱帯から運び込まれた熱がエネルギー源となり、爆弾低気圧を日本周辺に集中させていることを明らかにしました。さらに、黒潮の熱エネルギーは北太平洋の大気循環と降水分布にも影響を与えていることがわかりました。

黒潮が爆弾低気圧と北太平洋の大気循環に及ぼす影響の概念図(提供: JAMSTEC)黒潮が爆弾低気圧と北太平洋の大気循環に及ぼす影響の概念図(提供:JAMSTEC)

今後、力を入れようとしているのは、周辺への被害を増大させる恐れのある「二重爆弾低気圧」の研究です。元々、日本を挟むように2つの低気圧ができることがあり「二つ玉低気圧」として知られていましたが、2017年に二つ玉低気圧の両方が爆弾化する現象が起こり、これを私が「二重爆弾低気圧」と名付けました。二重爆弾低気圧は、過去にも北海道で暴風雪、東海地方や関東地方でも積雪を引き起こす重要な現象です。そこで二重爆弾低気圧の実態を明らかにし、さらにエルニーニョなどの地球規模の現象と関係があるのかを理解したいと考えています。

2017年12月24日と翌25日の天気図。日本海と太平洋にあった二つ玉低気圧が発達しながら接近し、北海道付近で「二重爆弾低気圧」となった(気象庁ホームページ「過去の天気図」)2017年12月24日と翌25日の天気図。日本海と太平洋にあった二つ玉低気圧が発達しながら接近し、北海道付近で「二重爆弾低気圧」となった(気象庁ホームページ「過去の天気図」)

気候変動による海洋溶存酸素濃度の減少

私たちは海の中の変化にも注目しています。海水中に溶け込んでいる酸素、すなわち溶存酸素は、魚類や甲殻類などを含む海洋生態系にとって重要です。海洋への酸素供給は大気からなされ、表面水温が低いほど多くの酸素が海洋に溶け込みます。そして、その海洋表面で供給された溶存酸素が、海洋の循環や混合によってより深い海に移動します。ところが、地球温暖化によって海の表面の温度が上昇すると、大気から海に溶け込む酸素量が減少します。さらに、地球温暖化で海洋の表面が暖められ、その結果軽くなった海水が表面付近に留まろうとするため、表面よりも深い海水への酸素供給が弱まります。このように,表面の溶存酸素濃度減少と深い海への酸素供給の減少という2つの作用で海洋の溶存酸素濃度が低下します。

この影響を受けて、酸素を必要とする魚類などの海洋動物の生息域が限定されていくことが懸念されています。実際、我々の研究グループが行った北太平洋全体の海洋生態系の大規模解析では、底魚(タラなどの海洋の底部に棲んでいる魚類)の資源量の減少が、北太平洋の西部でも東部でも明らかになりました。この要因の一つに海洋の溶存酸素濃度の低下が関係しているのではないかと考えています。将来的に地球温暖化が進むと、底魚に深刻な被害が出ることが心配されます。

コンピュータで地球の気候を研究する

我々が研究している大規模な時間・空間スケールの場合、研究の手法は、基本的にシミュレーションかデータ解析になります。地球の気候条件を変えて実験を行うことは実際にはできないので、地球の気候をコンピュータの中に再現して、そこで温度や風速などの条件を変えて数値的に実験を行うのがシミュレーションです。コンピュータの発展とともにシミュレーションは大規模化しており、多くの研究者を擁し巨大なコンピュータを使うことができる気候研究センターがその開発と計算に当たっています。このシミュレーション結果こそが、気候研究のビッグデータを構成しています。我々は、このビッグデータの解析を、はるかに数は少ないものの非常に貴重な観測データと組み合わせて行っています。近年はコンピュータの発展によってシミュレーションの精度が急速に向上しています。地球温暖化が人為起源であることが否定できないと考えられている大きな理由もシミュレーションが示した証拠によります。急速に発展するシミュレーション結果を縦横無尽に駆使することで、貴重な観測データをよりよく活かし、温暖化を含む気候変動をより正確に予測できるようになると期待しています。

シミュレーション画面を説明する見延 庄士郎教授(撮影:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 南波 直樹)シミュレーション画面を説明する見延 庄士郎教授(撮影:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 南波 直樹)

大気海洋の分野で強い北海道大学

実は、北海道大学は地球惑星科学の分野が非常に強いのです。特に、大気・海洋に関する研究は世界的にもインパクトが強く、その理由のひとつは、北大には理学部だけではなく、低温科学研究所、地球環境科学研究所、水産学部などがあり、多様な分野からアプローチできるからです。私自身の研究はコンピュータで行っていますけれど、北大は水産学部が外洋航海もできる練習船を持ち、水産や他の研究者も南極海や北極海で観測研究を行っていて、現場観測に強みを持っています。それぞれの学部や大学院に優秀な先生がたくさんいらっしゃるので、学生さんが学ぶにも非常に良い環境だと思っています。

コラム:北海道大学の地球惑星科学

世界的な学術データベースWeb of Scienceをもとに、分野別の論文シェア率と被引用数を分析すると、北海道大学は地球科学の分野、特に「気象学・大気科学」の分野で多くの業績を上げ、かつ影響力があることがわかっています。ノーベル賞受賞歴のある化学や、札幌農学校からの伝統を持つ農学が有名な北海道大学ですが、実は地球科学の分野でも存在感を見せているのです。

(撮影:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 南波 直樹)(撮影:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 南波 直樹)

ウェブ特集「気候変動に挑む」
膨大なデータの解析で大気-海洋相互作用を解明する


[企画・制作]
北海道大学広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門
Sohail Keegan Pinto、南波 直樹(取材・撮影)

[製作協力]
株式会社スペースタイム(文・動画編集)