【気候変動に挑む】海洋モデルで自然のメカニズムを理解する

理学研究院 准教授 佐々木 克徳

〈写真〉佐々木 克徳 准教授(撮影:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 南波 直樹)

佐々木克徳准教授に聞く、気候変動研究者への15の質問

海洋物理学が専門の佐々木克徳准教授は、海面水位の上昇、特に日本沿岸地域の水位に関する研究に取り組んでいます。海流や海面水位と気候変動の関係についてこれまでにわかってきたこと、今注目していること、そして自然のメカニズムを数理モデルを使って解き明かす研究の魅力についてお話を伺いました。

海面水位の将来変動を知る

地球全体の平均海面水位が上昇していることは、研究者の間では共通見解となっています。もう、上昇するかしないかというステージではないのです。

下の図は、全球平均の海面水位のグラフです。1880年以降の潮位計データと、1993年以降の衛星観測によるデータが併記されています。これを見ると、20世紀は1年間に約1.5ミリから2ミリメートル上昇していたものが、21世紀に入って1年間に約3ミリメートルと速度を上げています。世界的に温暖化が進んでいく中で、このスピードは今後もさらに上昇すると考えられています。

実際に、例えばフロリダなどのアメリカ沿岸ではもともと低い土地に多くの人が住んでいる上、海面上昇の速度が他の海域よりも速くなっています。そうした地域では、移住や堤防建築の検討が既に始まっています。

今研究者が注目しているのは、何が原因で、いつ、どの海域で、どの程度の海面変動が起きるかを細かく予測していくことです。

このグラフは「全球平均」なので、実はこれだけでは見えてこない部分もあります。それを明らかにするために、数理モデルを使ったシミュレーションを行っています。

全球平均海面水位の変化(1880-2014年)© Copyright CSIRO Australia全球平均海面水位の変化(1880-2014年)© Copyright CSIRO Australia

海面水位は複合的な要因の足し合わせ

海面上昇と言っても、地球全体で一様に起きるわけではなく、海域によって大きく異なります。また、地球全体の変動と一部海域の変動で、その原因も変わってきます。

海面水位の変動は海域によって異なる海面水位の変動は海域によって異なる

まず、地球全体で平均した場合に、海面上昇が起きる原因は大きく2つあります。1つは地球温暖化によって暖められたことによる、海水の熱膨張です。海水の体積が増加することによって海面が上昇します。2つ目は、やはり温暖化による氷河や氷床の融解です。これまで陸上にあった水が海に流れ込むことで海水の質量が増加し、海面が上昇します。

海域ごとに海面水位が変化するメカニズムには色々あります。例として、ここでは3つ挙げます。1つ目は海洋循環の変動です。地衡流(ちこうりゅう)という物理現象により、海流が流れる方向に対して、北半球では右側が高くて左側が低いという海面の関係が生じます。したがって、海洋循環が変動すると、高くなっている場所と低くなっている場所が移動するので、結果的に水位も変動します。2つ目は、気圧による変化です。例えば台風は低気圧なので、海面が持ち上げられるという現象が起こります。3つ目は、地盤の変動です。地盤も沈降したり、隆起したりということが起こるので、これによって沿岸水位の高さも変わってきます。

つまり、ある海域の海水面を予測するためには、これらの要因を複合的に勘案する必要があるのです。具体的には、それぞれによる影響を足し合わせることで実際の海水面の上昇をある程度、推測することができます。

北半球では、海流が流れる方向に対して、右側の海面が高く、左側の海面が低くなる北半球では、海流が流れる方向に対して、右側の海面が高く、左側の海面が低くなる

自然のメカニズムを数理モデルを使って理解する

私の研究では、アメリカで公開されている海洋モデルを用いてコンピュータシミュレーションを行っています。大気の風や気温等の観測データを与えることで、原理的には海洋の状態を再現することができます。

例えば、ある水位の変化が風の変動によって生じることがわかれば、将来、その風がどういう風に変動するかを知ることで、将来の水位変化の予測を立てることができます。

「風の変動によって」と簡単に言いましたが、これは自然のメカニズムを理解することです。私にとっては、知的好奇心を満たす非常に楽しいことです。

当然のことながら、一筋縄ではいきません。モデルは非常に複雑で、メカニズムを理解するには、まず元となるモデルで現実を忠実に再現できる必要があります。その後にはじめて、同じ状況を再現する「よりシンプルなモデル」を考えることで、自然に隠された新しい原理が見えてきます。複雑なモデルの結果を見て、何が重要かという本質を見出す必要があります。

アメリカで研究していた際に、海洋の循環が変わる新しいメカニズムを発見したことがありました。何も知識がないとただの図にしか見えなかったと思いますが、非常に長い間取り組んだ末に、突然、誰も見たことない重要な情報が見えてきたということがありました。これは、研究の醍醐味ですね。

日本沿岸の水位変動

日本沿岸の水位も現在は上昇していますが、20世紀にかけてずっと上昇してきたわけではなく、1950年頃に1度ピークがあり、その後に下降したことが知られています。

私たちの研究で、1950年頃のピークは風による影響が支配的であることがわかりました。特にアリューシャン低気圧の風の変動によって海洋循環が変動し、それによって上昇したらしいのです。一方で、近年の上昇は海面の熱などによる影響が重要であることがわかってきました。

日本沿岸の平均海面水位の平年偏差(1906年~2020年)出典:気象庁ウェブサイト日本沿岸の平均海面水位の平年偏差(1906年~2020年)出典:気象庁ウェブサイト

台風や高潮の影響を評価する

将来に向けて、台風や温帯低気圧の勢力が強くなると言われています。これまでは10数年といった長期の時間スケールで海面水位がどう変わるかを研究してきましたが、高潮などの短期的な変動が大きな被害を起こす可能性も無視できません。

そういった影響を評価するためには、台風や温帯低気圧が今後どのように強くなるか、それが海面水位にどう影響するかを正確に把握することが必要です。現在は、若い学生と一緒に取り組んでいるのですが、これを何とか軌道に乗せたいと思っています。

海面上昇は、海洋現象の一側面

今、温暖化シミュレーションの海洋モデルの解像度は、100キロメートル、一番細かくて10キロメートルくらいです。海域によっては十分な場合もありますが、地形によっては全然不十分なので、もっと細かいモデルをつくったり、統計学や機械学習などの手法を取り入れたりして推定することもやりたいなと思っています。

一方、実効的な対策と経済面との兼ね合いもあると思います。例えば、アメリカでは、海面上昇によって移住した場合のコストがどのくらいで、堤防を建てるコストがどのくらいで、どっちがいいか、というような議論をかなり具体的に進めています。ある程度のことが分かってしまえば、あとはもう科学の分野ではなくて、政治だったり、社会の分野になるということです。社会が科学にどの程度の正確さを求めるのかということも考える必要があります。

私自身は、海面上昇についてひと通りやったら、もう一度海流のテーマに戻って、海流が起こす面白い現象や重要な現象をまた探したいと思います。海洋循環だったり、海流が引き起こす面白い現象はまだまだあると思いますから。そのメカニズムを解明することが将来の夢ですね。

佐々木 克徳 准教授(撮影:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 南波 直樹)佐々木 克徳 准教授(撮影:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 南波 直樹)

コラム:ハワイで得た交友関係

北大の博士課程を修了した後、最初の就職先として、アメリカのハワイ大学でのポスドク研究員を選びました。ハワイ大学は、海洋研究では世界的に強い大学でしたが、日本語の通じない海外での研究は私にとって大きな決断でした。ここでちゃんと成果を上げないと、もう日本には帰れない、くらいの気持ちで根詰めて研究していたので大変でした。でもその分、実りは多かったです。研究面もそうですが、ハワイは観光地なので非常にたくさんの研究者がビジターとしてやってきます。そのような環境で知り合いやつながりも増え、それが今でも国際的なネットワークを作るのに役立っています。

ハワイ大学滞在時、ボスのNiklas Schneider 教授(右)と (提供:佐々木 克徳 准教授)ハワイ大学滞在時、ボスのNiklas Schneider 教授(右)と(提供:佐々木 克徳 准教授)

ウェブ特集「気候変動に挑む」
海洋モデルで自然のメカニズムを理解する


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北海道大学広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門
Sohail Keegan Pinto、南波 直樹(撮影)

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株式会社スペースタイム(文・動画編集)