生命科学とナノテクノロジーを融合する北大とNIMSの連携

生命科学院 客員准教授/物質・材料研究機構 主幹研究員 山崎 智彦

<写真>生命科学院 客員准教授/物質・材料研究機構 医療応用ソフトマターグループ 主幹研究員 山崎 智彦さん。高精度な3D解析が可能な共焦点レーザー顕微鏡の前で

茨城県つくば市に位置する物質・材料研究機構(以下NIMS)は、物質や材料の研究に特化した国立研究開発法人です。材料系に関する専門分野の研究は一通り揃っていて、「材料研究のデパート」と評されています。北海道大学とは連携大学院制度を結び、3分野、12研究室が北大からの大学院生を受け入れています。そのうちの一つ、山崎智彦さんの研究室では、生命科学院の学生を受け入れ、生体分子を医療に応用する研究に取り組んでいます。山崎さんは東京農工大学で博士号を取得した後、スウェーデンのルンド大学、産業技術総合研究所での勤務を経て、現在はNIMSに拠点を移しています。

NIMSの前で

免疫反応を制御するナノメディシンの開発

山崎さんは特定の立体構造を持つように設計したDNAや、DNAをナノ粒子と結合させた核酸ナノメディシンを開発しています。天然に存在する生体分子の機能や作用機序を解明し、遺伝子工学やタンパク質工学でそれらの機能を向上させた新規生体分子を構築しています。その中でも山崎さんが現在力を入れて取り組んでいる研究は、ワクチンに導入してヒト免疫を活性化するバイオナノ分子の開発です。

ワクチンには、抗原の他にアジュバンドという免疫応答を強める物質が含まれています。アジュバンドを用いることで、ワクチンの効果を高め、接種量と接種回数を減らすことができます。さらに、製造の難しい抗原の量を減らすことができるため、コストを削減し、ワクチンの大量生産が可能となります。現在は、製造方法が確立しており安価で保存性にも優れているため、アルミニウム塩がアジュバンドとして最も一般的に使われています。しかし、アルミニウム塩は発熱やアレルギーなどの副反応を引き起こすことが知られています。そのため、副反応が少なく、安全性が高い新規アジュバンドの開発が求められてきました。

NIMS実験室

核酸ナノメディシンの開発

ヒトには侵入してきた病原体のDNAやRNAを認識して免疫を活性化させる機構があります。ヒトに元々存在するDNAのCG配列はメチル化されていますが、ウイルス由来のCG配列はメチル化されていません。この違いを識別するのがトール様受容体9(以下TLR9)という細胞内受容体です。細菌やウイルス由来の非メチル化CG配列を含むDNAが細胞に取り込まれると、TLR9が結合して、免疫の活性化スイッチが入ります。それにより、IgG抗体の産出や免疫細胞の活性化を誘導します。山崎さんは、この病原体由来のDNAを30-40塩基程度に短くしたものを人工的に合成し、アジュバンドとして用いる研究をしています。このような生体機構を応用したDNA薬剤は、副作用が少なく低コストですが、体内において核酸分解酵素で分解されやすいという欠点があります。

そこで、山崎さんはグアニン4重鎖構造と呼ばれるDNAの立体構造に着目しています。この構造を足場にして合成した病原体DNAは複雑な立体構造をとるため、DNA密度が高くなり、分解されにくくなります。また、免疫細胞に効率的に取り込まれるようになります。「グアニン4重鎖構造は、細胞内で染色体DNAの末端を守っている構造として知られます。天然に存在する形であるため、DNA薬剤に導入しても副反応は引き起こしません」と山崎さんは話します。この構造を導入したDNAアジュバンドの安定性と免疫誘導活性をいかに高めていくかが今後の目標だといいます。

DNAの分解耐性を高めるグアニン4重鎖構造の3DモデルDNAの分解耐性を高めるグアニン4重鎖構造の3Dモデル

連携大学院ならではの研究環境

研究室の学生は留学生が多く、グローバルな環境です。研究室間の交流も盛んで、今後の研究キャリアに繋がる幅広い人的ネットワークを構築できると山崎さんは話します。「NIMSは研究設備が充実している上に、教員当たりの学生数が少ないため手厚い指導が受けられます」

北海道大学の博士課程3年で、連携大学院制度を利用してNIMSに来ているベトナム出身のLe Bui Thao Nguyenさんは、「山崎先生の生体材料と生命科学を融合した研究に興味を持ったことと、NIMSのフェローシップ制度が充実していることから、この研究室を選びました」と話します。同じく北海道大学の博士課程2年で、インド出身のPathak Soumitraさんは、「研究のプロ集団と一緒に仕事ができ、企業との距離が近いのがNIMSの魅力です。将来は、創薬の分野で人々の生活を改善するような仕事をしたいです」と語りました。

博士課程2年Pathakさん(左)と博士課程3年Leさん博士課程2年Pathakさん(左)と博士課程3年Leさん

学生を受け入れることは、研究室にとっても大きな利点があると山崎さんは話します。「大学と違い、私の研究室は主にポスドクや社会人スタッフで構成されています。いわば研究のプロですが、それだけに視点が偏ってしまうことがあります。そこで、北大をはじめいくつかの大学と提携することで、学生視点の柔軟なアイディアが生まれることを期待しています」

連携大学院に所属する学生は、NIMSジュニア研究員に応募することもできます。これはNIMSと雇用関係を結び、研究スタッフとして働くことで、経済的サポートを受けながら研究に従事することができる制度です。

北大との連携大学院制度は博士課程に限定されていますが、大学生や修士課程の学生はNIMSインターンシップ制度に参加することができます。これは最大90日間NIMSの研究に参加し、最先端の物質・材料研究に触れ、学生に現場の雰囲気を確かめてもらうことが目的です。審査を通過すれば滞在費や日当などの補助を受けることもできるそうです。

つくばへの誘い

「NIMSにはバイオ系の研究者が少ないので、北大の生命科学分野の研究者との交流に期待しています。これからも共同研究に取り組んだりしてつながりを深めたいです」と山崎さんは語ります。NIMS外の人であっても手続きをすれば、NIMSの充実した設備を使うことができます。連携大学院制度を始め幅広いルートで学生を受け入れているので、世界トップレベルの研究環境にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。

NIMSの居室棟から臨む筑波山の景色。NIMSのロゴはこの2つの山頂からイメージされているNIMSの居室棟から臨む筑波山の景色。NIMSのロゴはこの2つの山頂からイメージされている

【文:水産学部4年(サイエンス・ライティング・インターン)立花 陽菜
写真:広報・社会連携本部 広報・コミュニケーション部門 南波 直樹】