青木茂准教授を隊長とする南極地域観測隊、本日出発

 本学から初めて南極地域観測隊長が誕生しました。低温科学研究所の青木茂准教授は、第61次南極地域観測隊の隊長として、他4名の北大教員・学生と共に観測隊に参加します。2019年11月27日、日本から南極へと出発した一行。青木准教授の観測にかける思いとは―

青木准教授。本学低温科学研究所にて 青木准教授。本学低温科学研究所にて

豊富な経験から隊長に抜擢
 第61次南極地域観測隊の重点テーマの一つは、南極観測船「しらせ」を活用した南極の海と氷の観測と、その相互作用の解明です。青木准教授は南極の海と気候変動の実態とメカニズムについて研究していることから、2018年11月8日、第153回南極地域観測統合推進本部総会(文部科学省)の決定を受け、隊長に選ばれました。前線で活躍する隊員たちをとりまとめるなど、現場のマネジメントが求められます。

南極観測船「しらせ」 第58次南極観測(2017)の際に撮影《写真提供:低温科学研究所 小野数也 技術専門職員》 南極観測船「しらせ」 第58次南極観測(2017)の際に撮影
《写真提供:低温科学研究所 小野数也 技術専門職員》

 青木准教授は極地研究の豊富な経験と実績をもっています。学生時代から海洋研究に取り組んできた青木准教授。卒業後、国立極地研究所に就職し、人工衛星を使った南極の海水位の観測を任されます。「南極観測隊の資料を読み込んでいると、長年に渡り蓄積されてきた日本のデータから、南極の海が温まってきていることに気がつきました」。そうした海の変化に面白さを感じ、南極海の研究にのめり込んでいったと言います。以来、第39・43・56次観測隊をはじめ、オーストラリアの観測隊を含む多数の研究観測航海に参加してきました。

第39次隊(1997-1999:越冬)として観測にあたる青木准教授《写真提供:青木准教授》 第39次隊(1997-1999:越冬)として観測にあたる青木准教授
《写真提供:青木准教授》

南極の氷の変化が地球の海全体に影響を及ぼす
 近年、「気温が上がって南極の氷がとけ、それによって海面が上昇する」と、ニュースなどで耳にすることがあります。しかし、実はそのメカニズムと影響はもっと複雑です。まず「南極の氷」にはいろいろな種類があります。南極大陸に降った雪は長い年月によって押し固められます。これを、「氷床」や「氷河」と呼びます。氷床・氷河はゆっくりと低地に向かって下り、最終的には海へと流れ出ます。海に流出した氷がとけると、海面上昇が起きるのです。これまで、南極の西側は流出が速いとされ、様々な研究が進められてきました。しかし最近では、東側でも流出の速いポイントがあると指摘する声が上がっています。その中でも今回、青木准教授らが挑むのは、東南極最大規模を誇る「トッテン氷河」の観測です。トッテン氷河がすべてとけると地球の海面が4m程上昇すると言われており、世界的にも注目されているスポットです。トッテン氷河の詳細な観測は世界でも初めての試みです。

南極の地図を示しながら解説する青木准教授。指差している右下あたりが観測地のトッテン氷河《写真提供:CoSTEP南極の地図を示しながら解説する青木准教授。
指差している右下あたりが観測地のトッテン氷河
《写真提供:CoSTEP》

トッテン氷河《写真提供:低温科学研究所 伊藤優人 研究員》トッテン氷河
《写真提供:低温科学研究所 伊藤優人 研究員》

 また、青木准教授は、南極氷床の流出による世界の海洋循環への影響も懸念しています。南極の海水は凍ると「海氷」となります。この時、海水中の塩が取り残され、塩分の濃い重たい海水が作られます。重たい海水は海の深くまで沈み、地球全体の海流をつくりだします。この海の深いところでの流れはおよそ2000年かけて世界を巡り、地球全体の気候に大きな影響を与える存在です。しかし、青木准教授の研究チームによるこれまでの調査から、南極海の海底付近に含まれる塩分量が年々低くなってきていることが明らかになりました。「氷床がとけ、塩を含まない淡水が陸から出ていくことで、南極の周りの水が軽くなっているのではないかと考えます。これにより、海の深い場所に及ぶような循環ができにくくなり、海全体に影響を与える可能性があります」。流出の速いトッテン氷河を観測し、その流出速度とメカニズムを解き明かすことは、地球の気候変動を理解するカギになるかもしれません。

海洋のプロフェッショナルが率いる観測隊に注目
 「今までは、氷床の研究者は氷に、海洋の研究者は海にのみ着目して研究を進めてきました。しかし、海の循環と氷床の流出は密接にかかわっています。最近では、分野横断的な研究も進み、学問として面白い時期にあるのかなと思っています」と青木准教授は研究の意義を語りました。日本の南極観測は、隊次でいうと昨年で還暦を迎えました。海洋研究のプロフェッショナルである青木准教授だからこそ見抜いた、南極氷床と海との関係。新たな一次隊として彼が率いる南極観測から目が離せません。
 観測隊は、オーストラリアから「しらせ」に乗船します。昭和基地への往路と復路でトッテン氷河に立ち寄り、観測を行います。日本への帰還は来年の3月。春にまたお話を伺うのが楽しみです。

第61次隊として参加する本学の隊員たち。第61次隊南極地域観測隊員及び「しらせ」乗組員壮行会にて第61次隊として参加する本学の隊員たち。
第61次隊南極地域観測隊員及び「しらせ」乗組員壮行会にて

 後編では、本学から青木准教授とともに南極観測に挑む、4名の隊員たちの意気込みをお伝えします。

(総務企画部広報課 学術国際広報担当 菊池優
協力:CoSTEP)