【気候変動に挑む】海氷減少の巨大な影響を探る

低温科学研究所 教授 大島 慶一郎

〈写真〉低温科学研究所の前にて(撮影:広報課 学術国際広報担当 川本 真奈美)

大島 慶一郎 教授に聞く、気候変動研究者への15の質問

南極海や北極海、オホーツク海を対象に、海氷形成とその役割を研究している大島 慶一郎 教授。海氷が海の大循環や生物生産、さらには気候変動に与える影響についてお話を伺いました。

変わる海氷形成と海の大循環

海氷は、地球上の特に寒い地域において、海面が冷やされることによって形成されます。真水と違い、海水は塩分を含んでいますので、およそマイナス1.8度で凍り、海氷となります。海岸に接して定着し動かないものを定着氷、漂流するものを流氷と呼び、大方の海氷は流氷です。南極の周りは最も海氷生成が盛んな海域で、この大規模な海氷形成は、地球規模の海の大循環の起点になっていることが分かっています。海水が凍る時、真水に近い海氷ができ、その分塩分が高くて冷たい海水、従って「重い海水」が下にはき出されます。この水の沈み込みが起点となって、海の大循環が起こるのです。100年とか1000年かけて地球を一周する大きな循環です。海は大気と比べて圧倒的に熱容量が大きいですから、海洋循環の変化は地球の気候にも重大な影響を与えると考えられています。

海水の沈み込みは、北大西洋と、多量に海氷が生成される南極沿岸で起こり、地球規模の海の大循環を引き起こしている。(NOAA/NASAによる資料を改変)海水の沈み込みは、北大西洋と、多量に海氷が生成される南極沿岸で起こり、地球規模の海の大循環を引き起こしている(NOAA/NASAによる資料を改変)

急速に減る海氷形成

このような海氷形成と、それに伴う冷たくて重い水の生成が近年減ってきていることが分かっています。私たちの長年の観測により、北太平洋のオホーツク海は、海氷の形成量が減少し、海の循環が弱まっていることが明らかになりました。オホーツク海の海氷面積は、この40年で約30%も減り、沈み込む水の量も3割程度減っているのです。オホーツク海の風上は北半球で一番寒いところにあり、温暖化の影響を非常に受けやすいのです。本来、長い期間をかけて起こる変化ですが、現在、地球が経験したことのない速さで温暖化が進んでいますので、海氷や海の循環の変化も注視する必要があります。

南極大陸ケープダンレー沖で海氷形成に伴い南極底層水が形成される仕組み。南極大陸から張り出す氷山舌の下流に、多量に海氷が形成される海域(ポリニヤ)がつくられる。この海氷形成によって重い水がつくられ、沈み込んで南極底層水を形成する。南極大陸ケープダンレー沖で海氷形成に伴い南極底層水が形成される仕組み。南極大陸から張り出す氷山舌の下流に、多量に海氷が形成される海域(ポリニヤ)がつくられる。この海氷形成によって重い水がつくられ、沈み込んで南極底層水を形成する

海氷減少は漁業生産を減らす?

海氷の減少は、海の循環以外にも大きな影響を与えます。冷たい海水が沈み込むときには、栄養分も一緒に沈み込んで海全体に循環していきます。海氷形成が減ると、生物生産に重要な鉄などの栄養物質の輸送も弱まって、漁業生産に影響する可能性があるのです。

また、海氷自身が栄養物質を運ぶことも明らかになってきています。例えば、オホーツク海の北方で海氷が形成されるときに、鉄分等の海底堆積物を取り込みます。その海氷が南の方へ流れて溶けると鉄等の物質を放出し、それが植物プランクトンの大増殖を誘発することが明らかになりつつあります。植物プランクトンは生態系の起点ですので、その大増殖は全体の生物生産や、さらには漁業生産にも大きく関わってきます。従って、温暖化により海氷生成が減少すると、生物生産や漁業生産にも影響を与える可能性があります。

自身の研究について語る大島教授。(撮影:広報課 学術国際広報担当 川本真奈美)自身の研究について語る大島教授(撮影:広報課 学術国際広報担当 川本 真奈美)

こういった問題に対して私たちの研究が直接解決策を示すことはできません。ただ、まず地球がどんなシステムで動いているのか、これからどんな変化が予想されるかを示せるようになりたいと考えています。そうすれば適切な政策や対策が打てるはずです。こういった研究は物理だけでなく、化学や生物学の研究者と連携する必要がありますので、各分野の優れた研究者が揃った北大は、とても研究しやすい環境です。流氷の南限であるオホーツク海にも非常にアクセスしやすく、北大は海氷研究に適しています。

衛星で分かること、現場で分かること

私たちは、現場観測と人工衛星による観測を組み合わせて研究しています。衛星観測でもかなりのことが分かりますが、海は電磁波を通しませんので、海の中を観測するのは非常に難しいのです。そこで、現場に行って測定器を沈め、超音波を使って海の流速などを測り、1年後、2年後に回収してデータを分析します。一方、衛星観測では、現場観測が難しい地域も含め、グローバルに海氷の実態を把握することができます。衛星観測で海氷形成の場所を絞り込み、そこに出かけて行って現場観測をするといった手法をとっています。実際、衛星観測で南極の昭和基地の近くに海氷が大量に形成される場所を見出して、そこを1年間かけて現場観測した結果、南極の新たな底層水生成域を発見することができました。

衛星観測によって明らかになった南極沿岸の海氷形成域。大島教授のチームは昭和基地東方のケープダンレー沖に大きな海氷生成域があることを見出し、現場観測からそこが未知に南極底層水生成域であることを発見した。衛星観測によって明らかになった南極沿岸の海氷形成域。大島教授のチームは昭和基地東方のケープダンレー沖に大きな海氷生成域があることを見出し、現場観測からそこが未知に南極底層水生成域であることを発見した
南極観測で砕氷艦「しらせ」から観測機器を設置している様子。2011年、南極ケープダンレー沖にて。(提供:浅野圭吾)南極観測で砕氷艦「しらせ」から観測機器を設置している様子。2011年、南極ケープダンレー沖にて(提供:浅野圭吾)

海氷融解が加速するメカニズム

私たちの研究で、海氷の融解がさらなる海氷の融解を引き起こすメカニズムもわかってきました。海氷は上に雪が積もって白いので日射を反射します。ところが、北半球の温暖化の影響が大きい場所で海氷が溶けると、海面が露出する面積が増えます。海面は黒っぽく日射とその熱を吸収しますので、さらに海氷の融解が進みます。この様なフィードバックによって海氷の融解が加速してしまうのです。

現場観測の醍醐味

私はもともと地球流体力学を専門にしていました。数式やコンピュータシミュレーションを用いて、海流の変動や蛇行、渦の動きを研究していました。海氷や冷たい海を研究対象にするようになったのは、低温科学研究所に就職したのがきっかけです。就職する際に、数年後に南極地域観測隊に参加することが条件だったので、そこから現場観測の世界にも入りました。理論・シミュレーションの世界から一気に研究手法が変わりましたね。

現場で観測している間は、それに集中しているので、あまり自然を感じる余裕はありません。ただ、南極越冬隊の時は1年半ありましたので、色々なことを感じましたね。言葉ではうまく言い表せませんが、空を舞うオーロラの美しさ、セスナから目の当たりにしたダイナミックな氷河など、自然の美しさとスケールに圧倒されることが沢山ありました。その後も色々なところに行っていますが、それ以上のものは見ていない気がします。

上空から撮影した海氷を砕いて進む砕氷巡視船「そうや」。2005年、オホーツク海にて。(提供:大島慶一郎 教授)上空から撮影した海氷を砕いて進む砕氷巡視船「そうや」。2005年、オホーツク海にて(提供:大島 慶一郎 教授)

自分にとって何が本当に面白いのか

若い人には、自分独自の研究を目指して欲しいですね。皆が行く方向に行くのは安心ですし、そうしがちですよね。でも、自分にとって何が本当に面白いのか、価値があるのかを見定めて、皆が行かない方に行くのもあり、と思います。皆が行かないところにこそ宝がありますから。発見の瞬間というのは、もう何ものにも代えがたい喜びがあります。

海の循環や大気の循環を研究している人は多いのですが、海氷の役割というのは実はわかっていないことが多いのです。私は、海氷は海の循環にも気候変動にも関わっていると思っているので、その全地球的な仕組みを明らかにしていきたいです。ミッシングピースの一つ一つを明らかにして、地球の将来的な気候変動の予測に役立てたいです。

コラム:南極観測隊が人生を変えた

南極地域観測隊での研究は、長い時間を要しますし、私の場合、直接大きな成果が得られたわけではないのですが、人生経験としては得難いものでした。10年を1年半に圧縮して経験した感じですね。学んだことの一つは「段取り」です。それまで私は、例えるなら「車線変更ができない男」だったのですが、観測隊で揉まれ、常に先をイメージして観測、研究することを学びました。現場では天候が崩れたり、様々なハプニングがありますから、第一のバックアップ、第二のバックアップを考えておくわけです。実は、大量の海氷で目的の海域に入れず、バックアップとして考えていた場所に計器を設置して1年間観測したら、そこが未知の南極底層水生成域であるという発見をもたらしたのです。本当に何が幸いするか分かりませんね。

白鳳丸南極海航海のメンバーと大島教授(中央に立つ白いTシャツ)。南大洋にて。(2020年撮影、提供:大島慶一郎 教授)白鳳丸南極海航海のメンバーと大島教授(中央に立つ白いTシャツ)。南大洋にて(2020年撮影、提供:大島 慶一郎 教授)

ウェブ特集「気候変動に挑む」
海氷減少の巨大な影響を探る

[企画・制作]
北海道大学国際連携機構、社会共創部広報課学術国際広報担当
南波直樹(取材・撮影)
Aprilia Agatha Gunawan(撮影)
川本 真奈美(撮影)

[制作協力]
株式会社スペースタイム(文・動画編集)